このまま


「本当に助かりました。あの、できるだけすぐにお返ししますから」
「プレゼントって言っても聞かないだろうからな。ま、何時でもいいから」
「すいません」

予定の無い日は運動もかねてぶらぶらと商店街を歩く事がある。見ているだけでも楽しい。
今日もそのつもりで歩いていたら月イチであるイベントの日だったらしく、
今回は掘り出しもの市場とかでお店だけでなく個人でも出品していて賑わっていた。
ささらは特に買う気はなかったが何の悪戯か前から欲しかった絵本を見つけてしまって。
やった!と喜んで手にとってすぐに固まる。
ここへはただの散歩で通りかかっただけなので財布などもってない。

「そんな古い絵本が3500円とはなあ。分からないもんだな」
「そうですね。でも、何処にも売ってなくてずっと探してたので。良かったです」

家に帰って財布を取りに行こうとしたら代わりにお金を払ってくれた。
隣を見るとそれは右城。こんな出会いって今まで殆どないから驚いた。
彼も用事を済ませた後で後は帰るだけ。
だったら少しだけ一緒に歩きませんかと誘ったら快く了承してくれた。

「へえ。面白そうなものがあるな」
「恭一さんは骨董品なんかも好きなんですか?」
「爺さんが好きだった。よく集めてたよこういうツボとか。皿とか」
「へえ」
「俺にはサッパリ分からん世界だけどな」

そこは似なかったんですねと言ったら苦笑いされた。
買う気はないのに何気に集中してみてしまう市場。
それはささらだけでなく右城も同じようでじっくり眺めている。

「お部屋にこういう可愛い花瓶なんて如何ですか」
「何だ?花瓶を飾れって?」
「違います。お花を活けて」
「ああ、駄目駄目。花なんて誰も買って来ないんだから。埃がたまるだけだ」
「そうですか。可愛いのにな」

でもたしかに花なんてあっても枯らせてしまうだけだ。忙しそうにしているし、
外に出ることも多いようだし。せっかく可愛らしい花瓶を見つけたが諦めよう。

「花ならよく見るしな」
「あ。そっか。お仕事で」
「そういうのと向き合う仕事だからな。花には不自由しない」
「動物なんかも?」
「ああ。よく野生の動物を見る。この前もウサギの親子を」
「…う、…さぎ…っ」

しかも親子。なんてささらのツボを押さえたシチュエーション。

「どうした?」
「いえ。あの。今度動物園行きません?」
「は?…まあ、君が行きたいなら」

右城はよくわからない様子でささらを見ていたがそれ以上深くは突っ込まなかった。
そう多くは無いお店たち。喋りながらゆっくり歩いていたのにもう終わってしまった。
それが残念なような。惜しいような。もっと一緒に居たいような。

「すっかり長居しちゃいましたね。あ。私が引きとめたのか」
「たまにはいいさ。どうせ帰ったって助手に文句言われるだけだ」
「私も何か熱中出来る事探したいな」

そんな気持ちを口に出せないまま途中まで一緒に行く。

「バンドしてるんじゃなかったのか?」
「私はなにも。ちょっとドラム教えてもらってるだけで。皆みたいに全力じゃないし。
手伝えることも限られてるし。壁に当たってても何も助言なんて出来ないし」

みんなは大丈夫だというけれど、それはきっとささらに心配をかけないため。
本当は音楽の事でなにかあったに違いない。けど、だからといって何ができる?
ささらにできるのは雑用くらいのものだ。相談になんて乗れるわけがない。

「若いうちはなんでもぶち当たっておけばいいさ。そういうもんだ」
「…じゃあ、私も。恭一さんにぶちあたってやる!」

彼にそんな話をするつもりはなかったのに。ついポロっと口からでて。
それを悪いと思ったのかちょっとテンションをあげて右城にくっ付いてみた。

「おっと」

思いのほか勢いがついたようで不意打ちというのもあって彼はちょっとよろけた。

「ごめんなさい!私重たいから!すっかり忘れてて!いや、あの、すいません!」
「……」
「あの。痛かったですよね。ごめんなさいっ」

これじゃまるでタックルをしたみたい。可愛いイメージを抱いたがそれは標準の子の場合。
ささらは顔を真っ赤にして右城に必死に謝る。彼はささらを抱きとめたままジッとして。
もしかして怒った?ますます慌てるささら。

「まあ、なんだ。動物園だったか?今から行くか」
「え?」
「暇なんだろ」
「予定はありませんけど。でも恭一さん」

お仕事は?ささらはポカンとして答える。

「君の顔見てたらなんか行きたくなって来た」
「……ど、どうせ私はブサイクですよ!顔とか大きいですよ!足も太いし手も短いし!
カバとか牛とかクマとかそんなんですよ!分かってますけど酷いです!」
「そんな事は思ってない。ただ、君とこのまま別れたくないって柄にも無く思っただけだ」
「……」
「何処でもいい」

君と一緒なら。そういうとささらからそっと離れた。
他の男ならここでキスとかそれ以上の事とか仕掛けてくるのに。
やはり彼は違う。自分が線を引いたのだから当然なのだが。

「…じゃあ、行きます。あ。その前にこれ家に置きたいので」
「じゃあ、君の家を見に行くとするか」
「ええっあの。その。…そ、そんな綺麗じゃないですけど。どうぞ」
「どうせなら部屋も覗いてみたいがさすがにそれは無理だろうなあ」
「無理です」

顔を赤くしながらまたポツポツと2人で歩き出す。今日はこのままデート。
まさか一緒に居られるとは思わなくて嬉しかった。
相手の表情は見えないけれど。誘ってくれたのは彼だからなお更嬉しい。

「そういや。今日はバンド練習してるのか?」
「いえ。今日は皆でライブに行きました。珍しいんですよねそろって一緒になんて」
「仲悪いのか?」
「どうなんでしょ。男の人の友情ってあんまりわからないんですけど。悪くは無いはずです」

争いはしてもやはりお互いに音楽を通じて引き合うのか解散はしない。
兄と二色にしたって根は認め合っているのだと思う。そう思いたい。

「そうか。まあ、そうだな。男がベタベタすることもないか」
「たまに殴り合いをして血を噴出してるくらいです」
「それってかなり悪いんじゃないのか」

右城の言葉もごもっともだけど。

「恭一さんは健太郎さんと殴りあったりしないんですか?」
「何でそんな平然と物騒な事言うかね。まあ、殴りあうような諍いはないな。
たいていの人間は俺の面構えを見て喧嘩なんかふっかけないし」
「ふふ。なるほど」
「大事な姫にちょっかい出してるってバレたら殴り合いになるだろうな」
「そんなことさせませんから。私、止めます」
「それはありがたいね。じゃ、手でも繋いでいくか。お姫様」
「はい」

誰も居なくて寂しいまま終わるかと思ったら思いのほか甘い日曜日。
申し訳ないと頭の片隅で思いながらも今この喜びに浸っている自分。
自己嫌悪は後からでいい。そんなふてぶてしいことを考える。

「どうした」
「いえ。…恭一さんの手大きなと思って」
「そうか」

そんな風に強気になれるのはきっとこの手の温もりがあるからだ。
ささらはそっと握る手を強めた。

おわり

2011/02/25

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