素直な気持ち


「おはよう、片倉さん」
「おはよう高木君」
「一緒に図書館で勉強しない?よかったら、だけど」
「うん。昨日の数学あんまり分からなくて」
「俺もなんだ。よかった。じゃいこう」

最近のささらは苦手な運動も果敢にチャレンジしたり積極的に学校のイベントにでたり。
疎まれ気味だった一部の女子からの陰口やイジメにも毅然とするようになった。
男子とも少しなら会話が出来るようになって。今までとはまた違った一面を出し始めた。
そんなささらの成長を見守りながら
狼たちはそろそろ彼女の選択が近いのではと思い始めていた。



「え。ブライダルフェアの特集?」
『どうかな。ちょっと遠いんだけど見学にこない?この前は嫌な思いさせちゃったし』
「そんな。でも、ブライダルってことはドレスとかあるんですよね?素敵!でも、お邪魔じゃ」
『そこは大丈夫。じゃあ明日ね』
「はい」

結婚式場にて新作ウェディングドレスの特集を組むという健太郎からお誘い。
ささらだって夢見る乙女。結婚式や教会やウエディングドレスが嫌いなわけではない。
間近でみられるならと少し躊躇いつつもOKをだした。

「あぁ。それなら俺も呼ばれてる」
「そうなの?」

部屋を出て兄の部屋へ。話したら彼も健太郎から連絡を貰ったという。
3人で見て回るのだろうか。別にそれは嫌ではない。その後ホテルとか行って
そのままベッドへご案内とかいう怖い話でなければ。

「モデルが足りないからバイトしないかって」
「お兄ちゃんのタキシード?へえ」
「おい。何で笑うんだよ。…そんなに…変か?」

諒太郎のタキシード。想像してつい笑ってしまうささら。
それを見てふて腐れたような顔をする諒太郎。
まさかそんな反応されるとは思わず自信なさげだ。

「ううん。変じゃないと思う。…たぶん」
「たぶんってなんだよ。これでも夢が」
「夢?」
「…お…お前と、…教会で…式するんだ」

珍しく顔を真っ赤にして頭を掻く諒太郎。
恥かしいのだろう視線を合わせてくれない。
仕舞いにはその辺に置いてあった雑誌を読み出した。

「…明日は、…頑張ってね」
「あ。あぁ」

気まずくなりささらは部屋を出た。諒太郎も引きとめはしなかった。
結婚は出来なくても式は出来る。想像してささらも顔が真っ赤になった。
まだ17歳だしそんな身近に感じたことがなかったからなお更。



「で?ささらちゃんが俺の為にドレス着てくれるのかな」
「ちがいますよ。あちらの綺麗なモデルさんたちです」
「俺は君がいいな」
「俺も」
「僕も…」
「さあ、君たちは着替えてきて」

どうやら声をかけられたのは諒太郎だけではないらしく。
見学する会場へ向かうと二色、平良、高宮の姿が。彼らは着替え室に向かい。
ささらは健太郎の案内で女性用の衣裳部屋を見せてもらうことになった。
色とりどりのウエディングドレスたちにささらは大興奮だ。

「似合わないな」
「似合わないね」
「……」

着替えを終えた4人。それぞれの格好を見て辛口の批評。

「あ、あの、…僕は」
「これは」
「見事な」
「七五三」

揃って言わなくてもいいじゃないですか。高宮はちょっと涙ぐんだ。
それでも着替えて外に出ると周囲から声があがる。健太郎が思ったとおりだ。
二色は完璧に着こなしどこででも通用するし、諒太郎も大いに女の子受けする。
平良も高宮も今までにないタイプだから逆の発想でウケそうだ。

「ね。君たち本格的にモデルにならない?」
「いや」
「無理」
「…僕は七五三…」

健太郎の言葉に皆視線を逸らす。笑えるくらい思った通りの反応。
こちらとしてはモデルとして頑張っていただければいいので文句は無い。
この企画も上手くまとめればさらなるステップアップになるだろうし、
それはきっとささらへのアピールにも繋がるはずだ。
健太郎は以前にも増して向上心が高まっている。


「よろしくお願いしまーす」

最新のウェディングドレスを着たモデル達が入ってくる。
メイクもばっちり。キラキラと輝いて見えるくらいに。

「いいね。ドレス。…俺あのピンクのがいいな」
「じゃあちょっと掻い摘んで来たらどうだ」
「ははは、諒太郎にしては面白い事言うね。死ね」
「お前は本当に性格が悪い」
「お前もだろ。ブサイク」

モデルたちと写真を撮りながら合間の会話。
なんとも物騒で子どもじみていて。
傍で聞いていた平良と高宮は他人のフリをする。

「平良さんはどうして参加したんですか?」
「…あいつらが勝手に」
「あいつら?」

ウェディングなんて興味なさそうな平良が何故参加したのか。
高宮はずっと気になっていて尋ねてみる。自分は単純にバイトと割り切って。
先輩にプレゼントしたいから。ただ七五三と言われてショックを受けているが。

「妹と母親がメガネの口車に乗せられて」
「ああ。それで…あぁ」
「……アホどもが」
「そんな怒らなくても。その、女性はウェディングとか好きだし」
「ただホテルの宿泊券で買収されたんだよ。あのクソメガネぶっ殺す」
「その格好でその台詞は怖いです平良さん」

多少のわだかまりは残しつつ順調に撮影が進む中。
ささらは夢中でドレスをみていた。ここには自分にあうサイズはなさそうだが
何も今すぐという訳ではないし、その日が来るまでにダイエットすれば。
なんて、自分に言い聞かせている自分が切ない。

「ささら姫」
「あ。健太郎さん。撮影はどうですか」
「うん。彼らのお陰で上手くいってる」

そこへ席を外していた健太郎が戻ってくる。夢中でドレスを見つめている少女。
嬉しそうにしてとても可愛い。いつかは自分たちもと勝手に思う。

「そうだ。着てみる?」
「ドレスを?」
「あのね、あっちに少し大きいサイズがあるんだよ」
「へえ。で、でも、恥ずかしいし。結婚するまえにドレスなんか着て婚期遅れたり」
「君さえOKくれたら僕は何時でも君の夫になるから安心して」
「…そ、そう、…なんですか?」

ドレスは着てみたい。大きいサイズがあるなら。着せてもらえるなら。
でも、そういうのはやっぱり本番の方がいいような気もする。
乙女心のぶつかり合い。恥かしそうにするさらら。

「当然。…姫が婚期を伸ばしてるだけだから」
「でもやっぱり私がドレスっていうのは流石に」

そんな彼女を抱き寄せキスする健太郎。

「大丈夫」
「だ、だめですよっ向うに人が」
「姫がOKっていうまでだめ」

ここじゃ駄目と慌てるささらだが健太郎は手を離さない。

「で、でも…ん…」
「…観念しなさい」

大胆にもキスを重ねる。

「ん……、わ、分かりました。じゃあ」
「いま丁度メイクもいるから。ね!ばっちりだ」
「は、はい…。上手く乗せられたような…」
「じゃあ選ぼう。こっちだよ!」
「健太郎さんっ」

ささらが降参したのを見てすぐに行動開始。大きいサイズフロアへ。
上手く丸め込まれたささら。でも、やはりドレスは憧れがある。
以前三条という見た目はとても怪しい人にメイクとドレスを着せてもらって
その特別な感じにウットリした。撮影してくれたカメラマンの視線にもドキドキして。

「うーん。どれがいいかな、全部姫に似合うよ…」
「健太郎さん」
「なに?」
「そ、そんな興奮しないで、その、…皆みてます」
「え?」
「落ち着いてください、ね?」
「ごめん、…つい」

本気でドレスを探し出して本物のカップルみたいな健太郎にもドキドキ。
周囲からは笑い声がするし。ドキドキというより恥ずかしくなってきた。

「私そんな派手なの無理だし。お腹も隠してもらって…」
「姫」
「は、はい」
「やっぱり色は純白だよね」
「そうですね」
「ちょっと待ってて、他にないか聞いてくる」
「あ!もう…1人にしないでください…」

衣装ルームには衣装だけでなく当事者たちもいるわけで。
散々ハッスルしまくっていた健太郎とその隣にいたささらは大注目。
彼らは遊びでなく本当の式で着るものを選んでいるのに。
もう申し訳なくて。ささらは肩身が狭い。

「ねえ、貴方の旦那さん可愛いわね」
「え!?」

中々戻ってこない健太郎。ささらは心細くて仕方ない。
そこへ女性が話しかけて来る。大きいサイズのフロアだけに
少々恰幅がいい女性。でも笑顔が愛らしい。

「あ。変な意味じゃ無いから。私の旦那になる人ってば無関心でさ。ジミ婚でいいとか
籍いれたらいいだの。夢が無いんだよねえ、ま。男はただ突っ立ってるだけなんだけど」
「でも、結婚式はこれから一緒に生きて行くって儀式だし」
「ロマンチストだね。そんな感じするけど」

女性は笑う。一見大人っぽく見える人だが笑うと子どもみたい。
よくよく見ればささらと同じくらいに見えるのだが。
結婚するのだからやはり年上か。

「え?そ、そうですか?」
「私出来ちゃった結婚なんだわ。こう見えてまだ高3」
「え」

お兄ちゃんと同い年。そして妊娠中。色々と衝撃的な女性。

「そっちも結構若く見えるけど。でも彼は結構年上だよね…」
「あの、不安じゃないですか?まだやりたいこととかあったんじゃないですか?」

ささらにはまだ結婚という文字は見えない。
自分を深く愛してくれる男性は居るし体の関係もあるけど。
唐突な質問に女性はちょっと困ったような顔をして、でもすぐ笑い。

「仕方ないっしょこのままってわけにもいかないし」
「好きだから?」
「それより子どもの事がね。まあ、特にやりたいこともないし」
「……」
「お互いがんばりましょーってことで」
「はい…」

去っていく女性。ささらは視線を逸らす。
自分はやりたいことがある。夢がある。


「はい…ああ、メガネ」

仕事を終えて控え室に待機中の男たち。
健太郎の指示待ちで脱ぐことも出来ない。
苛立ちを押さえつつ待っているとドアが開き。

「ね。君たち」

何やらニコニコ顔の健太郎。

「なに」
「教会にいかない?」
「何で?」
「もう撮影終わったんだろ」
「いいの?ささら姫が待ってるのにな」

その言葉はあまりにも効果的だった。さっきまであんなにも
やる気なさそうに座っていたのに一気に立ち上がる4名。
今にも健太郎を殴りつけんばかりに詰め寄り教会の場所を聞く。
そして走る。ささらが待っているという教会へ。


「…はぁ」

その頃のささら。こうして教会で1人待っているのは変な気分だ。
まるで王子様をまっているような心境で妙にドキドキしてしまう。
何時かこんな素敵な場所で永遠の愛を誓う日が来るのだろうか。
場所と格好の所為かそんなメルヘンな事を考えてしまう。

「ささら!」

騒がしいドタドタという足音と複数の声で静かな時間は終わった。

「み、みんな…」

振り返ったささらは純白のドレスにティアラと大人びたメイク。
三条にしてもらったほどではないが十分美しい。先ほどまで
同じようなドレス姿のモデルを散々みてきた男たちが絶句するほど。
今にも襲い掛かりそうだった男たちが静まり返り。そして1歩前にでた。

「俺がお前を…君を、幸せにするから。俺と愛を誓ってくれ」
「お兄ちゃん…」
「俺の心を掴んで離さない君…どうか俺の手をとって」
「かなめさん」
「こういうのは苦手だ。けど、……来い。俺のもんになれ」
「平良君」
「せ、先輩は僕が一生かけてお守りします!僕は本気です!」
「元気」
「ささら姫。僕の愛する人。…どうか、僕の妻になってほしい」
「健太郎さん」

そんなつもりじゃなかったのに。彼らの心を刺激してしまったらしい。
口から出る言葉はプロポーズそのもの。純白の衣装に赤い口紅が映える。
誰の名前が出てくるのか皆の視線はそこへ集中する。

さあ、姫。

5人の王子が一斉に手を伸ばした。

「…ごめんなさい」

だが待ち続けた姫の答えは驚くものだった。
ここで答えを聞けると思っていた男たちは驚いた。
もう時期的にもいい頃だ。卒業してしまう2人もいる。
それなのに。どうして。ささらは俯く。

「私、やっと自分のしたいことが見つかったの。看護婦さんになりたい。かなえたいの。
その為には勉強して学校へ行って資格をとらなきゃいけないから、忙しくなる。
そんな時に誰かを選んだり今のままじゃきっと上手く行かない。だから」

愛よりも自分の道を選ぶなんて酷い女だ。
こんな自分を精一杯愛してくれた人たちに対して。
なんて最低な事を言っているのか。自覚はある。
罵倒されるのも覚悟できている。ささらは顔をあげない。

「おい。今更無かったことにしろなんて言わないよなぁ」
「酷いです!僕はもう貴方しかいないのに!」
「兄貴に戻りたくないんだ、…頼むよ」
「許さないよ。そんな。…俺をこんなにして」
「姫、おねがいだ。諦めろなんていわないで。君の邪魔はしないから」
「ささら」
「先輩」


5人の切ない声が教会に響く。ささらは目を閉じて深呼吸して。目を開いた。
そこにはささらの愛を懇願する哀れな男たちが5人しゃがみこんでいる。
その瞳はみんな少し潤んでいて。

「待ってくれたら…私が1人で輝けるまで待ってくれたら、私、その人と結婚します」

静かになった。ささらは覚悟を決めていた。
どこまでも自分勝手な言葉に怒り殴られる事を。
ぎゅ、と手を握り締めたら。笑い声。

「もうだめかとおもったぞ。はぁ。良かった…」
「え、お、お兄ちゃん…?」
「何年だって待つよ、待つのはもうなれてる」
「俺も。君って本当に焦らすのが好きだよね」
「人の事SだSだ言う割りにな」
「でも、僕には丁度いいです」
「僕にも。姫は少々我侭なくらいがちょうどいい」
「み、みんな」

怒らないの?散々待たせてもっと待ってと言ってるのに。
皆怒るどころか安堵の表情で笑っている。
ささらは呆然としてそんな彼らを見つめていた。

「じゃあそう言うことで」
「え」

そしたら手をつかまれる。囲まれる。見つめられる。
何時ものケダモノみたいな顔した5人。
ささらは嫌な予感がした。それはもう、物凄く。

「うーん、そそるねえ」
「着たままもいいな…」
「僕もう」
「あの、あの!皆?ここは教会で」
「何だ?あ。大丈夫ゴムあるから」

徐々に近まる男たちとの距離。ハアハアという息が頬に当たる。
何で教会でこんなにも興奮しているのだろう。新郎たちは。
流されそうになるささらだがそれよりもはっきりさせないと。

「そ、そうじゃなくて!怒らないの?私のワガママ…」
「お前の夢潰してまでモノにしてもなあ」
「それに、輝いてるささらちゃんと結婚したほうが幸せが増しそうだし」
「そうそう」
「先輩に付いていくだけです」
「みんな」
「さ」
「でもね、あのね、やっぱり教会でこういうのは良くないと思うな」

せめてホテルとかどっかもっと別の場所でしましょう。
出来るだけ冷静な気持ちで言ったささらだが、
かえって来たのは5人からのキスと。

「安心しろ、鍵かけといた」
「所詮本物じゃないんだし。俺達無宗教だから」
「衣装は何とでもなるよ、僕にまかせて」

絶望的かつ酷すぎるお言葉だった。

「純白のドレスか。俺の想像通り…」
「ド変態兄貴」
「うるさい。そういうお前こそなんだその手は」
「…エロい下着だな」
「しまった。カメラもってきたらよかった」
「携帯ありますけど」
「あ。いいね…」
「い、いや。離して。もうちょっと冷静に話し合おうよ…やめ…」

まとわり付かれ綺麗なドレスもいつの間にかボロボロに。
お姫さま気分なんてほんの数秒。素敵な教会が。ウェディングが。
ちょっとでも彼らを王子様だなんて思った自分が馬鹿だった。
彼らはやっぱり狼でした。私は愚かでちょっと太った赤頭巾。


「で。可愛い可愛いドレス姿を見て発情した男どもにプロポーズされて、
断ったら萎れて。待ってくれっていったら復活して襲ってきたと」
「姫のドレス姿みたかったな。あの、もう1回」
「駄目。あっという間に酷い姿になるから。でもよかったね。目標見つかって」

さっそくエリと理沙を呼びスタバにて愚痴るささら。
何も教会で襲わなくてもよかったのにねと言ったら
また思い出したようでささらが泣き出した。

「目標か。私も欲しいな」
「大丈夫。あんたも真面目に考える日が来るわよ」
「うん。これで本当の意味で自信が持てそうなんだ。今まで自分を甘やかしちゃってた。
けどみんなの前であんな偉そうに言ったからにはちゃんと成し遂げなきゃね」
「ささら、あんた本当に強くなったね」
「みんなのおかげだもん」
「そう、だね」

それからみんな素直に言う事を聞いて。
勉強の邪魔をしないように遠くから見守るだけになった。
それでもたまには喋ったり出かけたりはして。
彼らが寂しそうなのは分かっている。自分も寂しい。
でも、ここで諦めたくはないから。負けてはいけない。



そうしている間に時は過ぎて。ささらは高校3年生に。
諒太郎は大学進学の為に家を出る日が来た。最低限のものだけ持って。
だから部屋には多少物がある。でも主が居ない部屋はやはり寂しい。

「行ってらっしゃい」
「……」

送り出すささら。諒太郎は何か言いたげに此方を見ている。

「そんな遠くないよ」
「…何かあったらすぐに言うんだぞ」
「うん。お兄ちゃん直ぐに来てくれるもんね」
「ああ。俺がお前を守」

静かな別れの場に相応しくないゴキっという音。

「諒太郎君が遅いから迎えに来たよ」
「お前と行く約束なんかしてないぞ…」

頭を殴られて睨みつける諒太郎。
だが二色の視線はささら。

「かなめさんも。何時でも会えますから」
「うん。何時でも浚うから」
「白雪君と仲良くしてくださいね」
「うん。わかってる」
「じゃあ行こうかかなめ君」
「離せクソブサイク病気が移る」
「はあ!?」

相変わらずの喧嘩をしながらも仲良く家を出て行った。
ささらは笑って見送る。でも、振り返って何時もみたいに
お兄ちゃんが居ないのは寂しい。


「…かなめさんも居ないんだ」

学校へ行く途中何時も見てた長身でスリムな後ろ姿もない。
あの優しい微笑み。ちょっとえっちだったけど好きだった。
何て3年が始まって早々に思っている自分。

「先輩!おはようございます!」
「おはよう元気」
「…そんな寂しい顔をしないでください。僕も居ますから」
「うん。あ。…また背が伸びたね」
「はい」

後ろから追いかけてきたのは2年になった高宮。
最初はブカブカに見えた制服も今は逆に苦しそうだ。
ただ、顔立ちは未だに愛らしいままで。それがコンプレックスで。

「あ!元気はっけーーーん!」
「先輩あの人どうにかしてください!」
「んと。…1回くらい抱かれてみればいいんじゃない?」
「ひどいです!…で、でも、…そんな意地悪な先輩も好きです」

頬を赤らめながらエリに追いかけられて逃げるように校舎へ走っていく。
すっかり日常的な光景。
ささらは笑いながらゆっくりのんびりと向かう。

「……よぉ」
「あ。おはよう。早いね」
「…早寝早起き強化週間」
「え?そうなの?」

後ろから現れたのは平良。ささらと同じ時間帯に来るなんて珍しい。
でも今にも立ったまま眠りそうな雰囲気で欠伸ばかりしている。

「小学校のな」
「ああ」

どうやら妹たちにつき合わされ強引に早く寝かされ起こされているらしい。
その光景を想像すると面白くてつい笑ってしまう。やはり兄妹はいい。

「笑ってんじゃねぇ」
「ごめん」
「…めんどくせぇ、…帰る」
「駄目だよ。もう3年なんだよ?平良君居ないと寂しいし」
「じゃあ今日」
「ごめんなさい。今日は健太郎さ」
「……」
「あー!帰らないで!ね?ね?平良君。…賢児。一緒に頑張ろ?」
「……じゃ、お先」

急がないとやばいチャイムの音。そしてムギュッと揉まれる胸。
ビックリしている間もなく平良はさっさと教室へ入っていった。

「い、…いじわる、するっ」

ささらは涙まじりに言いながらも急いで教室へ向かった。
流れは止められない。別れは寂しい。けれど前に進む事も大事だ。
それでも何時かは訪れる決断の時を考えると少し切なくなるけれど。
今は自分に出来る事をしようと思う。
あの頃の自分には無かった自信を持って。



「君も18歳か。18歳。…うぅん。若い」
「変な事想像すると怒りますよ」
「若いって言っただけだろうに」
「顔が物語ってます。いやらしい」
「じゃあ俺が何したいか当ててみろ」
「そうですね。事務所のお掃除と洗濯とあと禁煙」
「はぁ。可愛げがないねぇ…」
「ごめんなさい。だからこの煙草は全部ゴミ箱へポイっ」
「ああっ」
「これでいいでしょうか先生?」
「…はい」


おわり

2007/06/19

無事に完結。長いお話でしたが
ここまで読んでくださいましてありがとうございました。

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