訪問者


ご近所で頂いたというりんごを剥いて2階へ上がったささら。
自分1人で食べるには量が多い。
真ん中の広くてテレビがある部屋に入った。

「りんご食べませんか?」

先ほど兄がそこへ入って行くのを見ていたから居るのは知っている。

「お。いいな。もらうもらう」

ソファに寝転がってテレビを観ていた諒太郎。起き上がってささらを呼ぶ。
隣に座ってもらい一緒にりんごを食べる。冷たくて甘くて美味しい。

「何ですかその口は」

美味しそうに食べるささらを見ていたら何かひらめいたようで。
りんごをくわえると食べずにそのままの体勢で彼女を見つめる。
口に入っているから喋れない。けど彼女なら分かるはず。
少しして照れながらも差し出された方のりんごを少し齧るささら。

「もっとかじってくれよ。キスしたかったのに」
「やっぱり」
「もう1回な。今度はちゃんと最後まで来いよ。な?な?」
「しょうがないな」

恥かしそうにしながらも嫌がるそぶりは無い。
もう一度りんごをくわえてささらと食べあいをしてキス。
何て甘い食べ方だろうと諒太郎はご機嫌だったが。

「お兄ちゃんちょっといい?」

タイミング悪く母親がノックもなしに入ってくる。
慌ててちょっと離れるささら。諒太郎もりんごを皿に戻す。

「なんだよ」

邪魔されてちょっと不機嫌。

「あら。ささらも居たの。丁度いいわ、明日正義君がくるからよろしくね」
「正義君が?」
「何でだよ」
「大学こっちにしたいんだって、その見学」

諒太郎と同い年だから高校3年。進路は進学らしい。
それも地元ではなくてこっちに出てきて。
ささらはまた会えるんだと嬉しそうにするけれど、
何も知らない諒太郎はあまり喜べない。

「わあ!で、カナメちゃんは」
「聞いてないわ」
「来なくていいよ。面倒だから」
「お兄ちゃん」

どうせ部屋に勝手に入ってきて引っ掻き回される。
カナメを解き放ったらロクな事が無い。諒太郎は
散々な目にあったから手に取るようにわかる。

「かなめとカナメに挟まれたら俺生きていけない」
「大げさだよ。そっか、正義君来るんだ、…たのしみ」
「この部屋で寝てもらうから、あんまり汚さないでね」
「はーい」
「何だよそれどっかに泊まれば」
「何言ってるの。向こうでお世話になったのにそんな事できますか」

よろしくね、と母親はそれだけ言うと1階へ下りて行った。
諒太郎は疲れたような顔をして深いため息をついた。まだカナメが来ないだけいい。
でも正義とささらが仲良しなのが嫌。まさか想われているとは知らない諒太郎。

「じゃあ明日は3人でお話できるね」
「やけに嬉しそうだな」
「嬉しいもん」

そんな笑顔を見せないで欲しい。

「……従兄は結婚出来るんだぞ」

俺は出来ないのに。

「りんご食べないの?さっきの続きしよ」
「どうせならささらのえっちな所にりんご置いて」
「そういう変な妄想する人嫌い」
「…食べるから食べて」
「うん」

妬きながらもささらとりんごをかじり合ってちょっと機嫌を直す。
我ながら単純なつくりだ。このまま明日が来なければいいのに。
そう思いながら1日はあっという間に終わってしまった。



「正義君、いらっしゃい」
「急にお邪魔してすみません」
「いいのよ。好きなだけ居てちょうだいな」

翌朝。父親が駅まで迎えに行き家にやってきた正義。
暗いけれど大人しくて礼儀正しい彼の評判は悪くない。
いい子よねと母親は何かとヤンチャな自分の息子と比較している。

「ね、正義君。学校見学は明日でしょ?今日はせっかくだから出かけようよ」
「え。あ。…ああ」

従兄とはいえ男性に対して珍しく積極的なささら。
彼は年上だが自分と性質が似ているからかお友達感覚。

「じゃあ俺も行くよ、お前らじゃ心配だし」

すかさず諒太郎が間に入る。

「大丈夫だよ。そんな危ない所なんて行かないし」
「でも」
「練習もあるんでしょ。私に任せてよ」

ニコニコと笑って強引に正義を連れて家を出た。諒太郎には悪いけれど。
彼が居たら正義が緊張して何も見学できなくなる。何て言えないけど。
どう扱ったら良いか分からない。デリケートな問題だ。

「まずは散髪だね」
「散髪?」
「正義君髪長いから、さっぱりと切っちゃおう」

街へ出ていきなりの散髪。何で?と不思議そうな顔をする正義。
だがささらに押されると弱いらしく言われるままにサロンへ。
ささらが美容師に注文をしてざくざくと髪が切られていく。
1時間後。無事に終了。

「うん。やっぱり正義君はサッパリ切っちゃった方がかっこいい」
「そうか」
「そうそう」

再び街を歩く。彼が見たいと言っていた建物や
ここでしか売っていない限定品を買ったり。
彼の為に服を選んであげたり。パッと見デート。

「で。ここがガレージ」
「へえ」
「バンドを組んでここで練習してるの」

最後にご案内したのがリシアの本拠地。というか家の隣。
最初に言っておけばよかっただろうか。今は休憩中だろうか。
中からは何の音もしない。
家に入ると疲れたようで正義は部屋に入っていった。


「やあ。従兄は?」
「疲れたから部屋で休むって」
「残念」

正義と別れてからそれとなくガレージに入る。
練習してないのかと思ったらみんな居て驚いた。
近づいてきた二色に事情説明。

「会いたかったですか?」
「君にほどじゃないけど」
「かなめさん」

二色は微笑みはにかんだささらの頬を軽くつつく。

「ささらお帰り」
「ただいまお兄ちゃん。後でお饅頭食べようね、お土産に美味しそうなのもらったから」
「…うん」

凄く心配したような置いていかれて寂しそうな複雑そうな諒太郎の顔。
正義の為とはいえ、あんな風に強引に引き離されたら嫌だったろう。
ささらの言葉に諒太郎は少しだけ笑みをみせた。

「あ。そうだ。かなめさん」
「ん?」
「これどうぞ。お土産。正義君と喋ってたら貴方の事が頭に浮かんで」

俺の事を想ってくれたんだ、と一瞬思ったが直ぐに考えなおす。

「あのさ。それって、…カナメちゃんとか言う子」
「あ。もう知ってました?奇遇ですよね」
「…まあね」
「かなめさんもカナメちゃんくらいお兄ちゃんの事好きになってくれたらな」
「やめろよささら」
「うん。ごめん、…気持ちが悪い」

青ざめた顔をする2人にそうですか?と不思議そうな顔をするささら。
カナメのように諒太郎に懐いてくれたら喧嘩もなくなるだろうし
音楽活動ももっとスムーズに行くと思うけれど。

「じゃあ私夕飯の準備手伝ってくるね。練習頑張ってみんな」

軽く手を振ってガレージを出て行く。
それは可愛らしい。けど、4人全く練習にはならなかった。
正義が気になって。散髪して帰ってきた彼を皆が窓から見ていた。
聞いていたよりもいい男に驚き、ささらとの仲良し具合にも嫉妬した。


「ささら」
「なに?」

微妙な気持ちのまま今日はもう解散しようとメンバーは帰り。
夕飯も終えた片倉家。ささらは片づけを手伝って終えたところ。
ずっと様子を伺いそれを待っていた諒太郎はささらに近づく。

「ドライブいかないか?」
「これから?正義君いるのに?」
「…頼む」

余裕の無い辛そうな兄の顔を見たらささらは断わることが出来ない。
ちょっと散歩に行くと母親に言って諒太郎のバイクに乗った。
会話がないまま到着したのは海。時間の所為か人が居なくて静かだ。
堤防に座って海を眺める。風に吹かれながら遠くを見つめる諒太郎。

「風、涼しいね」
「ああ」

そんな横顔を見たらやっぱりカッコよかった。
本当の兄なのに。自分とは全然似てない。

「お兄ちゃん?」
「寂しかった」
「……」
「寂しかった。たまらなく。どうにかなりそうなくらい」

ささらを見られないのか海を見つめたまま苦しそうに諒太郎は言った。
何時になく積極的に正義と2人きりになりたがって。世話を焼きたがって。
食事中だってずっとアイツとばかり話をしていた。
話しかけたって今忙しいとか正義に話があるとかで避けられて。

「正義君1人で出てきてあんまり勝手が分からないだろうし、
分からない事があってもお兄ちゃんたちじゃ遠慮しちゃうだろうから」
「あいつがそんなに好きか」
「え?えっと…昔は結構遊んでくれたし優しいし。好きだよ」

ささらの言葉に諒太郎はやっと此方を向いた。寂しそうな辛そうな顔で。
ずっと不安だった。何かと一緒に居る正義とささら。
軽い言い方だったが好きだよという言葉はあまりにも重たい。

「俺よりもか?」
「正義君は好きだけどお兄ちゃんとはラブラブだもん。お兄ちゃんの勝ち」
「ラブラブ?…そっか。…うん、俺の勝ちだな」

やっと微笑んでくれた兄に寄り添う。すぐに肩を抱かれた。
心地いい温もり。ささらは改めて好きな気持ちを感じて。
諒太郎の手を握った。そして囁く。

「…お兄ちゃん」
「ん?」
「今日は川の字ね」

兄は真っ青な顔をした。


「何で川の字…正義1人で寝たら良いだろ…」
「お兄ちゃん煩い」
「でもな」

ソファを移動させて布団を敷いて雑魚寝。
ささらを真ん中になんかさせられない。だから諒太郎。
それはまだよかったのだが。でも。

「狭いから仕方ない」
「…お兄ちゃんが真ん中が良いって言ったんだからね」
「おかしくねぇか?」

何で正義が背中にピッタリくっ付いて来るんだ。
抱きしめたいささらはちょっと離れて寝ている。
これじゃまるで正義と寝ているみたいだ。

「おかしくない。はい。寝る」
「……ううん」

翌朝の正義曰く諒太郎の背中は広くて逞しかったとのこと。


「かなめさん?何ですか用って」
「会いたかっただけじゃ納得してもらえないのかな」
「いえ。そういう訳じゃ」

電話で二色にガレージ前に呼び出されたささら。
正義は今諒太郎とリビングで話をしている。
今日は大学の見学に行く予定。

「最近冷たくない?デートもしてくれないしさ」
「そんな事ありません」
「そうかな」
「はい。今白雪君に靴下を編んでいる所で」
「…犬のか」
「冬になったらお揃いのニット帽も編みたくて練習してます。
かなめさんとデートするのが楽しみ」
「そう。…じゃあ、…いいか」

抱き寄せてささらにキスする。彼女も抱き返してくれた。
その後ろではささらの様子を伺いに来ていた平良や高宮が居て
偉そうに俺が聞いてやると息巻いたくせにと苛立ちの視線。

「…何か視線感じません?」
「気のせいでしょ。ね。今週」

誘おうとしたらすぐさま後ろから小石が飛んできてささらは驚いたが
二色は軽く舌打ちして。ささらには笑顔で去っていった。
そんな中正義は大学のオープンキャンパスに向かう。
何故か母親の指示で付き合わされる諒太郎。渋々一緒に出て行った。


「大学か。俺もちゃんと考えないと駄目だな」
「1年はあっという間だぞ」
「そうだよな」

大学を一折見て周り家に帰る途中の道。
諒太郎も進路について考えるきっかけになったらしい。
真面目な顔をして大学のパンフレットを見つめている。

「……」
「なあ、お前さ。彼女とか居るのか」
「え!?」

まさの質問にビクっと反応をする正義。

「そんな驚くことか?ほら、地元に彼女居たらこっち出てきた時さ」
「あ、ああ。彼女は居ない。諒太郎はいるのか?」
「彼女じゃねぇけど、…好きな子は居る」
「可愛いのか?それとも美人か?」

正義の質問にパンフレットをカバンに入れて考える。
彼女はどっちだろう。凄く可愛いけど美しくもあって。
どう形容すべきだろうかと悩む。

「お兄ちゃん。正義君。お帰りなさい」
「うわっ」

家の近くで買い物帰りのささらと出くわす。
ずっと考えていた相手が目の前に来て諒太郎は驚く。

「どうしたの?」
「諒太郎の彼女の話だ」
「馬鹿。まだ彼女じゃ」
「へえ。お兄ちゃんの彼女」
「ささらは知らないのか」
「いいだろそんな事。ほら、さっさと家入れよ」

強引に正義を家に入れるとささらの手を引っ張りガレージ脇へ。

「なに?」
「あのな。さっきの話しだけど別にその」
「彼女…か。…辛かったろうな」
「ささら?」
「明日も正義君のことよろしくお願いしますね」
「え。あ、明日も?俺はお前と」
「おなかすいたー」

彼女の話をしたのになんとも思ってない様子のささら。
それはそれで寂しいような。家に入ると正義と何やらコソコソ話。
何となく気になって近づいたがささっと隠れてしまった。怪しい。


「お前の好きなタイプってどんなだよ」

翌日。幼稚とは思うがささらから引き離すべく繁華街へ出てナンパ。
だが正義は中々動こうとしない。可愛い子が通っても美人が通っても。
男同士座っていても面白くないだけだ。

「…優しい女は嫌だ。優しい女は誰にでも優しい、情に流されグラグラする。冷たい女は
自分しか愛さない。一緒に居ても面倒だ。バカな女もイラつく。頭のいい女も鼻につく」
「お前えり好みしすぎだろ」

それじゃナンパなんて無理だ。諒太郎は呆れた顔をして視線を逸らす。
行きかう人の波。中には自分らと同じように2人で歩いている女の子たち。
此方の様子を伺ってナンパを待っているのだろうか。でもこの調子じゃ無理。

「ささらはどれとも少し違う」
「当たり前だ。一緒にすんじゃねぇよ」
「カナメもささらみたいになってくれたらな」
「あいつには無理だ。…ささらはこの世に1人でいい」
「諒太郎はささらの事になると人が変わる」
「そ、そうか?えっと…あの子らに話しかけてみるか。な!」
「年上過ぎないか」
「いいから来い」

諒太郎に引っ張られ生まれてはじめてのナンパを経験した正義。
家に帰ると疲れたといってすぐに部屋に入ってしまった。
それでもカナメへの土産を選んだ所はちゃんとお兄ちゃんらしい。


「信じられない。正義君をナンパに誘うなんて」
「怒るのそこ?」
「そうだよ。正義君かわいそう」

想ってる相手にナンパに連れ出されるなんて。
口に出来ないとはいえつらい時間だったろうとささらは思う。
つられて自分も土産を買ってきた諒太郎だったが怒られてしょんぼり。
それも自分がナンパしたからじゃなくて正義も参加させたから。

「……やっぱり正義のが好きなんだな」

渡すはずだった土産を握り締めて部屋に行こうとする諒太郎。

「諒太郎は私が1番なんだから。分かってるもん」
「……」
「違ったっけ」

それとなく振り返ると恥かしそうにしながらも怒ったような顔をしているささら。

「そうだけどさ。ちょっとくらい、構って欲しい」
「お土産くれないの?」
「やる」
「……お兄ちゃんの部屋で貰おうかな」
「うん。…行こうか」

ささらを抱き寄せて幸せな気持ち。部屋に入ったら思う存分甘えよう。
彼女もきっと許してくれる。頬をくっつけて柔らかな肌を感じる。

「諒太郎」

キスしようとしたら母親が階段を上がってくる音。
慌てて離れる2人。見られてないと思う。
けど。凄いドキドキした。

「な、なんだ?」
「電話。カナメちゃんから」
「カナメ?」
「もしかして今度はカナメちゃんが来るとか?」
「かもねえ」
「嫌だぞ」
「わーい」
「ほら、電話。はやくとりなさい」
「いやだ!俺はこの家を出て行くぞ!…ささらも連れて」
「いいから出なさい!」

正義が帰った後日。自分も諒太郎の所へ行きたいと
カナメが駄々をこねて家にやってくることになる。
甘やかすなよと絶叫する諒太郎。嬉しそうなささら。

「逃げよう」
「それよりお兄ちゃん部屋片付けたほうが良いよ?」
「何で」
「だって一緒に寝るって言ってたもん。セクシーネグリジェ買ったんだって」
「そんなもんいらん。俺のベッドはささら専用だしな」
「じゃあ川の字しようか。あ。それじゃカナメちゃんせっかくネグリジェ」
「冗談じゃない。俺は逃げる。お前を抱きかかえて逃げる!」
「もう覚悟しちゃったほうがいいって」
「やだ!」


つづく

2007/06/19

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