ふつう


ささらの望む事。意地悪な人が居ない穏やかで静な暮らし。
人によっては刺激がないと思えるような暮らしが今は望ましい。
普通の暮らしとはちょっと遠い今だから思うのだろうか。
最近何となくそんな風に思う。


「先輩」
「元気」
「これ、どうかと思って。先輩に」
「買ってくれたの?」

昼休み。
教室まで来て何やら可愛らしいラッピングをされた箱。
事前に何も聞いていないし誕生日はまだ先の事。
ささらの好みを考えてファンシーなものだと思うけれど。

「先輩、ネコウサギ好きでしたよね。昨日可愛いハンカチを見つけて」
「いいの?ありがとう。凄くうれしい」
「本当は大きなヌイグルミが良かったんですけど、ちょっと、…へへ」

笑ってごまかす高宮だがささらも大きいヌイグルミの値段は知っている。
彼は特にバイトをしているようには見えないからお小遣いでは足りないだろう。
自分の物やギターも欲しいだろうし。でもプレゼントは嬉しい。

「私も何か返せたらいいんだけど」
「そんな。先輩には色々頂いてますし」
「せめてデートの費用を折半させて?」
「そんな事させられません。…僕に付き合ってくれるだけで」

ほんのりと頬を赤らめて先輩との思い出に浸っている高宮。
その姿はとても愛らしいけれど。
でも毎回お金を出してもらってばかりで申し訳ない。
みんなにお願いしてもこればかりは聞いてくれない問題だ。

「逆だよ。…私なんかに付き合ってくれて」

楽しませようとしてくれる彼らに何も出来ないなんて寂しい。
すべては最後のえっちで補ってるからとエリに言われるけれど。
デートというのはそれだけじゃないはずだとささらは思う。


「私?うん。してるよ」
「そっか。エリちゃんなら何処でも出来るよね」

高宮が去った後。
さりげなくエリに近づいてバイトしているか聞いてみる。
やはりやっているらしい。あっさりと返事が帰ってきた。
彼女は見た目もよければ器量もいいし明るい。

「でもささら父親と兄ちゃんのダブルブロックなんでしょ?」
「うん。でもね、ここは心を鬼にしてバイトして私も出来るって所を見せたいの」
「いいと思うけどなあ。無理にする事ないって。だいいち…」

やる気を出したのは凄いと思うけれど。このポカンとした顔で
見つめてくる可愛らしいお嬢ちゃんに何が出来るか。
エリはしばし見つめ結局何も出てこなくて苦笑いした。

「ケーキ屋のバイトなんてどう?」

そこへ割って入る最近出来たお友達の木。

「え」
「よかったら紹介するけど」
「高木君ってケーキ屋さんに知り合いでもいるの?」
「うちケーキ屋」
「え。そうなんだ」
「片倉さんなら是非手伝って欲しい」

これなら軽い面接で行けそうだ。ささらもお菓子関係なら乗り気。
エリとしても悪くない場所だと思う。しかし問題は家族その他諸々。
どう説明するか。



「何だささら。俺の顔がそんなに好きか?」
「…あ、あのね」

家に帰るとさっそく1番の難関である兄の元へ。
ソファに座ってテレビを観ていた諒太郎の隣に座る。
言うタイミングがわからなくてチラチラと顔を見てしまう。

「ん」
「…私」
「どうした?顔色よくないぞ、何処か悪いのか」
「バイ」

切り出した途端に携帯がなった。ささらのものだ。
何て嫌なタイミング。
諒太郎に話すのは後にしてまずは部屋を出た。

『片倉さん、俺、高木』
「あ。う、うん。…どう、したの?」
『親に話したらちょうど忙しい季節だからぜひ手伝って欲しいって」
「…う、うん」
『あ。…勝手なことしちゃったかな、その、片倉さんの家って厳しいんだったっけ』
「ううん、ありがとう」
『じゃあ、また決まったら教えて』
「うん。じゃ」

とんとん拍子に場が整っていく。これで諒太郎に駄目だといわれたらどうしよう。
それでも貫く意思を持たなければ。これは自分の為だけでなく、
みんなの為でもあるのだから。そう言い聞かせ兄の元へ戻る。

「そんな顔するな。何をしたいかわかんないけど…やってみたらいい。
お前は危ない事や悪い事をする子じゃない。兄ちゃん文句いわないから」
「ほんとう!?」
「ああ。ただし無茶はするなよ」

ささらの様子から察したのだろうか。諒太郎は何も聞かず了解だけくれた。
何時も過保護に守ってくれる兄だけど、自分を認めてくれた気がして嬉しくて。
ぎゅっと抱きついたら抱き返され何度もキスをした。
ここが終わればあとはもう頂いたようなもの。母にも話したら頑張れと言ってくれた。


「へえ。そんじゃケーキ屋でバイトすんだ」
「うん。一応忙しい間だけのお手伝いなんだけど」
「そっか。ささらもついにバイトか。まあ、大変だろうけどファイトよ」
「うん」

翌日。家族の了承を得てはじめてのバイトをする事になった報告をする。
エリはまさかここまで来るとは思わなくて驚いている様子。
でも彼女もその周囲も成長しているのだから当然の流れかもしれない。

「そのままケーキ屋の嫁なんていいかもね」
「え、エリちゃんっ」
「はははは」
「今日からなんだ。放課後すぐにお店へ行って」
「門限大丈夫?」
「お母さんには話をしてあるから大丈夫。そんな遠くないし」
「諒兄ちゃんもOKだすなんて凄い進歩だわ」

ささらを家に隠してしまいそうなくらいの過保護具合なのに。

「私も。怒られるんじゃないかと思ったの。でもね、私の事信じてくれてるみたいで」
「そか。うん。良かったね」
「うん!」
「じゃあ、私もいこうかな。ケーキ屋さん」
「うん」

ささらは終始うれしそうにしていた。始めてのバイトというのもあるけれど、
認めてもらったという気持ちも大いにあって。
放課後足早に学校を出て木に教えてもらった店へ到着。
もう緊張で足がガクガクである。説明を聞いて息を整えて。


「よう」
「お兄ちゃん!」

長かったような一瞬だったような。
そんな初バイトを終え裏から出ると何故か諒太郎が迎えにきていて。
なんでここが分かったのだろう。不思議に思っているとヘルメットを渡された。

「母さんから聞いた、…ほら、後ろ乗れ」
「…うん」
「おつかれさん」
「うん」

ささらがやりたいことがバイトだと知っても怒る気配はなかった。
後ろに乗って家に帰る。その背中の温もりが好きだ。
ささらのバイトは家族みんなに知られる。父は渋ったままだったが
期間限定である事を前面に押し出して無理やりに納得させた。


「どういう心境の変化なの」
「何が」
「てっきり怒って反対するかと思ったけど」
「いろいろ学ぶもんなんだよ、兄貴ってのはさ」
「ふうん」

メンバーにも話をした。放課後一緒に帰れないし休日もあまり会えない。
やはりいい顔はしなかったけれどささらの気持ちを尊重して文句は出なかった。
ただ代わる代わる店にやってきてはケーキを購入してゆくようになったが。

「期間きまってるし、それに」
「ん」
「凄く嬉しそうに話すんだよ。客に褒められたとか。新しいケーキの作り方教わったとか。
試食させてもらったとかドジった話しとか。あんなに嬉しそうに話すの久しぶりだ」
「……」

ガレージ内。ドラムの調整をしている諒太郎の隣にさりげなく座った二色。
彼もあまりささらのバイトは好ましいと思っていない。
兄である諒太郎が駄目だと止めれば終わったのに。そこが分からなかった。

「ちょっと兄貴ヅラしちまったけど、でも、たまには悪くない」
「そのまま兄貴に戻ればいいのに」
「無理だな」
「あっそ」

でもささらの話した事を嬉しそうに言う彼の顔を見て何となく分かった。

「けどさ」
「なに」
「お前さ、ケーキ買うのはいいけど買いすぎ。おえぇ…気持ち悪い」
「ささらちゃんが作ったと思えばいいじゃん」
「つうか何で俺も食うんだよ。差し入れというより嫌がらせだろこれは」
「勧められると断れないからさ、俺」
「ウソつけ」

メンバーの下には大漁のケーキ。甘い香りがプンプンするガレージ。
そんな日が続いて。数日後の夜。

「お兄ちゃんどうしたの?何かこう、…その」
「なんだ?」
「ぷ、ぷく…っと…したような…してないような…」

諒太郎の部屋に来たささら。何気なく諒太郎をみていた。
普段はスリムで背が高くて文句なしにかっこいい自慢の兄。
でもここさいきんん何でか違和感を感じていた。そう、何か、太くなってる。

「なあ、ささら」
「なに?」
「少しだけ、…少しだけな?兄貴ヅラしてたんだ。お前がバイトして色々勉強して。
人付き合いとか上手くなって。明るくなって。楽しそうで。そういう顔見て凄い安心して。
これでささらが辛い思いしなくていいって、純粋に満足してて」
「お兄ちゃん」
「俺は何時も自分の事ばっかで。お前の事…ちゃんと、分かってなかった」

正確には分かりたくなかった、かもしれない。

「……」

ささらの手をギュッと握る。彼女が今よりも強く明るく成長するには
ただ守られているだけじゃ駄目だという事は本当はずっと前に気づいてた。
でも男としてささらを手放したくなかった。上手く兄を利用していた。
それが今回はあっさりと手放しその成長を喜んでいる自分が居る。

「ほんと、混乱するよ。…俺、…ゴチャゴチャする。頭の中」
「……」
「でもお前が好きだ。愛してるんだ。わ…笑うなよ。これでもありったけの勇気だしてるんだぞ」
「だって。真面目な顔してえっちしてるんだもん」
「あ…あはは」
「じゃあ、…諒太郎って呼んだら?」
「お。そう来たか。じゃあ、もう目いっぱいお前を愛してやる」

どんなに葛藤しようとも結局は男が勝つ。悲しい性か。
ささらの誘惑ほど抗いがたいものは無い。そこも成長した。大いに。
彼女に溺れているのが自分でも分かる。兄としても男としても。



「…はあ」

ケーキ屋のバイトも残り僅か。せっかく慣れてきたのにとささらは少し残念な気持ちになった。
でも期間限定で親を納得させている以上それは無理というもので。
皆と同じ事をするって、大変だけど面白い。世界が広がるというか視野が広がるというか。
とにかく少しだけ大人になれた気がした。なんて笑われそうで誰にも言えないけど。

「……」
「……はあ」
「……」
「…は」
「気づけよ」
「うわああ!…た、平良君何時の間に!?」

席に座ってぼーっと黒板を眺めて居たら隣に立っていた平良。
全然気づかなくて大げさに驚くささらに彼は呆れた顔。
軽いため息までつかれた。

「…バイト、もうすぐ終わりか」
「うん。ミスも少なくなって来たのになあ」
「…助かる」
「そんな言い方しなくっても」
「妹らがケーキケーキうるせぇんだよ」
「ああ」

彼も時折店に来てささらの様子を見てケーキを買っていく。
兄のように食べすぎてぽちゃっとしていないのは妹たちの分だからか。
ちょっとだけ期待していたりした。柔らかそうな平良君。

「…お前、なんかムカつくこと想像したろ」
「し、してないよ!」
「とにかく。…これで安心できる。……色々と」
「え?」
「……じゃ」

結局何が言いたかったのだろう。バイト終了を確認したかった?
首をかしげるささらだったが直ぐにエリが来て別の話題に。
つい話し込んでしまうと忘れてしまってよくない。

「か、かなめさん…」
「ん?なに」
「少し、…少しだけ、ぽちゃっと…しません?」
「え?そう?」
「…柔らかそうなかなめさん」

ただ、どれだけぽっちゃりしようとも暫くすると元のスリムな彼らに戻る。
これが俗に言う太らない体質というやつか。
ささらはスタバでやけ酒ならぬやけモカを煽りエリに慰められた。

「しょうがないよ。ほら、男だしさ」
「どうせ私は食べたら食べただけ肉になります!」

いっとき普通の生活を手に入れたような気になったささらだがその前にまず
普通の体型になりたいと思った。エリはそれも気にするなというけれど。
彼らと同じ太らない体質である彼女に言われても虚しいだけだ。

「ささら、これは脂肪じゃなくて夢と言う名の希望なのよ」
「…希望ってこんなに重たいの?じゃあいらないよぅ」


つづく

2007/06/19

inserted by FC2 system