六番目


「ささら」
「ん?」
「何かまた悩んでるみたいだけど。どしたの」

ツンと頬を突かれる。気が付いたら放課後で隣にエリ。
ああ、もう1日終わってたんだと他人事のように思った。
他の皆はそれぞれに予定があるようで誘われなかったらしい。

「…悩んでるっていうか」
「酒でも喰らって吐き出しちまえ!楽になるよ」
「吐き出す」
「そ。溜め込むのは体にも精神的にもよくない」

確かにこのままじゃ何れまた兄たちに迷惑をかけるかもしれない。
現にエリに心配をさせている。自分の所為で皆を振り回すのは嫌だ。
ささらは決心したように立ち止まる。

「私、寄るところがあるから。ここで」
「そう。じゃあ、またね!」

エリは何かを察してか深くは聞かなかった。
そんな彼女に手をふってささらは歩き出す。道はまだ覚えている。
ただ教えてもらうだけ。それだけ。聞いたら直ぐに帰るし。
他は何も考えなくていい。悪い事じゃないはずだ。


「……」

階段を上がりドアを開けてあの事務所へとこっそりはいる。
お邪魔します、と心の中で言って。まるで不法侵入のようだが
説明すればわかってくれるはず。たぶん。弱気なままささらは奥へ進む。

「すまないが助手に話をしてくれ。今手が離せないんだ」
「……っ」

バレてないかと思ったのに。後ろから声がしてささらはビクっと震えた。
まだ心の準備が…なんて今更な緊張をしながらもゆっくり振り返る。
だけど彼は忙しそうに他所を向いていて此方に気づいてない。

「ん?編集の奴じゃないのか?」

返事をしない客を変に思い振り返るとそこに立っていたのは少女。

「か、片倉ささら…です」
「君か」

真っ青になったり真っ赤になったり忙しなく表情を変えながらも深く礼をする。
勝手に入ってごめんなさい、と言いたいのだろうが口が回ってない。
それほどに緊張しているのだと右城は察した。

「あ。あの…いえ、すみません、じ、邪魔をして、か…帰ります!」
「丁度休憩する所だ。話があるんだろ、座ったら?」
「…すいません事前に連絡も、しないで。勝手に、きて、迷惑」
「連絡も何も知らないだろ。ここに来れたのも正直凄いと思ってる。
見学は自由だから怒ってもないしな」

といってもこの通りの有様だけど。右城は自虐的に笑った。
ささらは彼に言われるままに来客用だというソファに座る。確かにまだ綺麗だ。
もう心臓がはじけ飛びそう。そして葛藤。
来るんじゃなかったという後悔とまた会えたという気持ちの間でグラグラする。

「で。俺に何か用か?」
「…その」
「また会えるとは思ってなかったから驚いてる。色々、あるみたいだしな」
「……」

その言葉に怯えた表情をするささら。そういえば彼は健太郎と話をしたみたいだから
自分の事も聞かされたのかもしれない。ささらと5人の男たちの話。
出来れば綺麗なイメージのままで終わりたかったささらは少し健太郎を恨んだ。

「そりゃ疲れるわな。そんな子にちょっかいだす俺が悪い」
「右城さん」

許して欲しいと謝られてささらは面食らった顔をする。
5人も相手にしていると恐らく知っているだろうに。
右城はささらを変な目で見る事はなかった。
ただ、物悲しげな瞳でささらを見つめている。

「…君は、根っから人が好きなんだな」
「え?」
「あぁと。気が効かなくて悪い、何か出そう」
「そんな、お構いなく」

勝手に邪魔したのはこっちだ。寧ろ何か買ってくれば良かった。
本当はちょっと話をしてすぐに帰るつもりだったのに。
まさかここまでゆっくり座って話をするとは思わなくて。

「こんな汚い所じゃ飲む気もうせるよな」
「…ふふ」
「……」

つい笑ってしまうささら。右城はそんな彼女を見つめる。

「ご、ごめんなさい!違います!あの!」
「なんでもない。えっと、コーヒー…いやココアでも」
「はい」

手伝いたいけど勝手が分からなくてささらは座ったまま。
ドキドキは最初よりは収まっていた。でも、まだ緊張はとけない。
ガチャガチャと奥の方で作業している音がする。

「良かったらまたその辺のもの好きなように見てかまわないから」
「は、はい」

奥からそんな声がして、実は見たくてウズウズしていたささら。
立ち上がり傍にあった彼の写真を眺める。先日見たものとは違う。
人物が無いと言うのは同じだけど。

「気に入って貰えたかな」
「は、はいっ」
「そ。はい、あんまり熱くはしてないよ」
「ありがとうございます」

熱心に眺めていたら右城が来てシンプルなカップに入ったココア。
いただきますと言ってからひと口貰う。甘さ控えめ。

「ん?」
「あの、勝手に押しかけて何も用意しないで…すいません」
「まあまあ。そのことはもういいんじゃないか?」
「…はい」

カップを持ったまま写真を眺める。やっぱり彼の撮る世界が好きだ。
写真は元から嫌いではないささら。でも、これは特別に思う。
もしも写真集なんてあったらきっと買ってしまう。

「…それが気にいったのかな」
「はい」
「じゃああげよう」
「え。でも」

ささらが熱心に見つめていたのは大地に咲くの一輪の花の写真。
右城自身も気に入っているもので、共感してくれた事が嬉しい。
でもクライアントの会社からは地味だと却下を喰らったものだ。

「焼き増しするよ」
「ありがとうございます」
「じゃあちょっと待ってくれる?」
「はい」

右城はその写真を取るとまた奥へ。焼き増ししてくれているのだろうか。
プロだけにそんな部屋があるのか。ささらはまた興味津々。
警戒心が徐々に薄れていく。自分でも駄目だと分かっているのに。

「この写真何が良かった?」
「たくさんある写真のなかでこの写真はいつまでも見ていて飽きなかったから、かな…」

暫くして写真を持って戻ってくる右城。何故?と聞かれてささらなりに答える。
強い力を感じたとも言えるけど。
それはプロに対してあまりにも生意気な気がして。

「他は飽きられたか。…残念」
「あ!ち、ちが」
「ここに飾っている写真は相手の都合で決められた構図で撮っただけだ。
その君が選んだ写真だけは違うけどな。…見破るとは中々やるな君」
「そ、そんな事はないです…何となくですから、ほんとに」

褒められて照れる顔が可愛い。つい右城も笑みを作る。
写真を受け取ってもまたうれしそうに微笑んだ。

「帰るのか」
「はい。…その前に教えてください」
「何だ」
「どうして、あの時、キスしたんですか」

すっかり忘れていた当初の目的。
どうして自分にキスをしたのか?それを知る為に来たのに。
つい彼と話をしてしまって。写真に見蕩れてしまって。

「自分でもよくわからない」
「え」

その返事にささらはどうしてかガッカリした。もっと何か、それらしいものが
あるだろうと思っていたのかもしれない。変な期待をしていた自分。

「分からない、が。君に興味がある。とても」
「……」
「何時でも歓迎するけど、君はもう来ないんだろうな。そんな顔だ」
「…ココアご馳走様でした。失礼します」
「気をつけて」

じっと見つめられて胸が苦しかった。申し訳ないとかそういう意味じゃなくて。
何か別の。違う感情。でもこれはきっと気のせいだ。違う。絶対違う。
ささらは自分で強引にフタをして彼の元から去る。もう二度とここには来ない。


「これがいいかな」

帰り道さっそく貰った写真を飾る写真たてを買いに店に入る。
大事な思い出。素敵な写真。切ない気持ち。

「よう」
「わあ!平良君!い、いつの間に」

思い出に浸っていたら肩を叩かれてビックリした。
振り返ると平良。何でここに?

「お前見えたから」
「そ、…そう」
「写真たてか」
「うん。お花の写真をね」
「へえ」

ささらの手にある写真。平良にはただの花にしか見えないが
彼女はとても大事そうに愛しいそうに時折見つめている。
よっぽど花が好きなのだろうか。それとも別の意味があるのか。
分からないままに彼女は購入し店を出て途中まで一緒に帰った。



「ささら。風呂入らないか」
「うん」

部屋に入るとすぐに写真を写真たてに収めジッと眺める。
間髪居れずドアがノックされて。相手は諒太郎でお風呂のお誘い。
もう少し見つめていたかったが戻ってからでも出来るから。

「どした」
「え」
「ボーっとして」
「そう?…うーん」
「臭いのか。小さいのか。次は何なんだ!」
「ど、どうしたの急に」

暖かい胸に抱かれるのは大好きだ。優しく頭を撫でてもらうのも、おでこにキスされるのも。
お風呂場でエッチするのも。はじめは厭らしくなる自分が嫌でしょうがなかったのに。
今では積極的に。みんなはそれでいいというけれど、ちょっとまだ後ろめたい。


「なるほど。そうこと」
「ごめんね。ちゃんと話しなくて」

翌日。学校終わりのスタバにてエリに全部白状した。
何となく自分の中でためておくことが出来なくて。
エリは会いに行った事を攻めたりはせずただ頷いていた。

「ささら?あんた…もしかして、さ」
「ん?なに?」
「…言い難いんだけど、その人の事」
「え」

ドキンと心臓が跳ね返るくらいの驚き。そんな分かりやすい顔をするささらに
エリは何でもないと言葉を濁した。それからは話題をかえて。
バンドの話や好きなアイドルの話、メンバーの愚痴などで盛り上がった。



「すごいね。元気ピアノも出来るんだ」
「従姉のお姉さんがピアノ講師をしていて。それで」
「そっか。いいな。私には無理」

あれから数日経ったけれど、ささらは気持ちが落ち着かなくて、
何か音楽を聴きたくて。CDなんかじゃない生の曲。
リシアの練習を聴きにいくとそのまま襲われる可能性がある。
よって昼間の学校の音楽室へ向かう。隣には高宮。

「何がいいですか?」
「じゃあ猫踏んじゃった」
「……もう少し、頑張れます、僕」
「あ。そ、そう!そうだよね!ごめんね!」

吹奏楽部の友人が居るという彼にお願いして入れてもらう。
高宮はピアノの前に座って演奏してくれた。
幼い頃から教わっていただけあって上手い。

「こ、こんな感じで」
「凄い凄い。こんな演奏出来るのにどうして吹奏楽部に入らなかったの?」
「先輩と一緒に居たかったから。そんな不純な理由は嫌いですか」
「そんな事ないよ。ぜんぜん」
「料理は得意じゃないし邪魔ばっかりしてるかもしれないけど。
それでも、やっぱり傍で頑張っている先輩を見ているのが好きだから」
「元気」
「傍に居ると胸が苦しくて、ドキドキして、でも見つめていたい…なんて」

我がままですよね、と苦笑いして隣を見たら固まっている先輩。
悪い事を言ってしまったろうかと必死にささらを呼ぶが答えない。
さすがに頬を叩くなんて事は出来ないからさりげなく肩を揺らす。

「…あ、うん、…ありがとう」
「先輩ごめんなさい。僕調子に乗って」
「泣かないで。そんな風に思ってくれて嬉しいよ」
「先輩」
「それだけ私を想ってくれてるんだよね」
「はい。先輩の事好きです」

ありがとう、と微笑んでくれる先輩は何処か無理をしている気がした。
もうすぐ昼からの授業が始まると音楽室を出る。心配する高宮だが、
いつの間にか暗い表情はなくなって何時ものささらに戻っていた。


「あ。健太郎さん?」

放課後、誰かに誘われる前にささらはこっそり健太郎に電話する。

『わるいがソイツは酔い潰れたよ』

出たのは別の男性。

「そうですか、…じゃあかけなおします」
『君は?』
「あ。私は片倉です、あの健太郎さんとは…その」
『やっぱり君か。俺だ、もう忘れたかもしれないが』
「……」

まさか行き成り彼と話す事になるとは思わなくてささらは声を失う。

『元気そうでなにより。ああ、北川に用事なんだったな』

でもこれはチャンス。

「…あの、…今週の日曜日あいてませんか」
『暫く忙しいんでね、ちょっと難しいかな』
「そうですか。ごめんなさい、忘れてください」
『夜ならあいてる』

夜、か。ささらは少し迷い。でも。

「分かりました、夜、伺います」
『わかった』

電話を切る。頭がおかしくなるくらいの心臓の鼓動。
日曜日まではまだ日にちがあるけれど、あっという間に過ぎ去るのだろう。
その間のささらは気が抜けたようになっていて。

「大丈夫?顔色よくないよ?」
「全然平気です」
「そう?白雪も心配してるし無理しないでね」
「はい。あ。白雪君可愛い。…一緒に帰る?」
「うん」
「貴方じゃありません」

皆を心配させていたけれど。
何故かエリの家に泊まりに行くという土曜日辺りから気合が入り。
シャキシャキと動いていてそれはそれで周囲を驚かせていた。
それくらい電話してからのささらは挙動が怪しかった。



「開いてる」

またしても気配を見破られた。彼は仕事をしているのに。
来る事をOKをだしたとはいえ、忙しそうだ。
真剣に作品を見ている。向かい合っている。プロの目。

「…お邪魔ですから、すぐに帰ります」
「わるいな」
「一言いいたくて」
「なんだ」

そっけないのは忙しいから。嫌われているからではないと思う。
右城はささらが後ろに居ても仕事を続ける。視線も机。
そんな右城を見つめたまま彼女はがんばって深呼吸をした。

「貴方が好きです」

彼女の言いたいことはそれだけ。

「え?」

突拍子もない告白に持っていたものを全部落としてしまう右城。そして少女を見た。
顔を赤くしてカバンを強く握り締めて今にも泣きそうだ。
もう二度とここには来ないだろう。会う事もないだろう。そう思った相手なのに。

「じゃあ、帰ります」
「ま、まって」
「帰ります」

恥かしいささらは逃げるように去ろうとする。

「待てよ。それだけ言って帰るのは卑怯じゃないのか?」
「忙しそうだし、それが言いたかっただけですから」

我がままは承知。でも、気持ちに嘘がつけなくなった。
心が満杯になった。爆発しそうだった。
その気持ちに気づきたくなかった。けど、もう遅い。
ささらは一歩踏み込んで気づいた。この気持ちが何なのか。

「君も俺に興味を持ってるって事か」

ささらの前に来てそっと彼女の頬についた髪をないでやる。
興味、というと言葉が悪いかもしれない。特別な感情とでも言うべきか。

「貴方の側に居たい。それだけなんです」

胸が苦しくなって。ドキドキするけど。でも、見ていたい。

「見学したいなら好きにするといい、こんな所だが」
「……」

ささらの精一杯の告白。右城は可もなく不可もなく。
やっぱり5人も相手が居るような子では困るだろう。ちょっと後悔。
でも心はすっきりしている。答えを求めるつもりはなかったから。

「…ただ」
「はい?」
「君の身の安全は保障しかねる」

少々乱暴にささらを抱き寄せるとそのまま唇を奪う。
最初のキスよりもしっかりとして深いもので。
抱きしめる力が強くささらはカバンを地面に落とした。

「ん…ぅ…まっ…て」

まさかこんな激しいキスをさせるとは思わなくてささらは焦る。
このまま体の関係まで飛ばされる訳にはいかないから。
抵抗してみるが簡単に飲み込まれて。またキスされて。

「で、何だ?」
「もう」

散々ささらの唇を味わってからやっと唇だけ離してくれた。
何処か冷めた人だと思っていたのに。秘める熱は熱い。
腰砕けになってしまったささらはそのまま右城の胸に身を寄せる。

「さっきのは冗談だから、何時でもおいで。待ってる」
「ありがとうございます」

自分の気持ちを押しとどめておく事は出来なかった。皆への裏切り行為だとしても。
告白して、抱きしめられてキスをされた時の喜び。ささらに悔いはない。

「ん?結婚?」
「今更なんですけど、もし、してたら申し訳ないので」
「いや、まだだ。というか予定もナシだ」
「そうですか」

良かった。と内心喜んでまた身を任せる。幸せな気持ち。
ささら右城にキス以上の事はしないでと言った。彼は了承する。
ただ傍にいたい。時には触れることもあるけれど僅かなもの。
そんな2人だけの秘密のはこの先ずっと続くことになる。



「恭一さん凄いの。戦場にも行った事あるんだって」
「29の自称プロカメラマンか。それも188の巨人、ロリコン、はあ」
「じ、自称じゃないよ。本物だもん!その世界じゃ有名なんだって」
「そうねそうね」
「ろ、ロリコンってなに」
「ささらちゃんのような純粋なオコチャマが好きなおっさん」
「お、おっさんじゃないよっ」

本気で怒るささらにエリはまた増えたねと苦笑するばかりだった。
ただ、今回は彼女からの告白で毛色が違うけれど。


つづく

2007/06/19

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