日常 2


「お願い…」

ウルウルとした瞳。ぷるんとした魅惑の唇。
ぽっちゃりした愛らしい姿。
これで彼女の願いを拒否できる男がいるだろうか。

「でも…」
「こいつらと」
「一緒じゃなあ」

恐い映画をエリから借りたものの、1人で見るのは恐いから一緒に観て。
そういわれて一瞬喜んだがどうやら自分だけではないと悟りがっくり。

「観るなら俺の部屋でどう?この人数だし広いほうがいいだろ」
「いいんですか?」
「構わないよ」

二色の申し出にささらは喜び。お願いしますと場所決定。
メンバーたちは練習を切り上げて二色のマンションへ向かう。
何度か来ているささらはやっとこの広さに慣れてきたというのに
他のやつ等はふてぶてしい限り。

「映画っていったらポップコーンですよね」
「コーラもいるよなあ」
「あ。そっか。ごめんね気が利かなくて。すぐ買ってくる」

自分から誘っておいて何も用意しないのは申し訳ない。
場所も二色の部屋を借りる。コンビニに行けばどちらも売っている。
ささらは立ち上がり買いに行こうとするがその手を二色が止めた。

「君が買うことないよ、電話すれば」
「だめ。かなめさんにそんな」
「気にしないで」
「よかったら隣座ってください。私、恐いから」
「うん」

二色のさりげない優しさにほだされてかささらのお隣ゲット。
そして2人はいい雰囲気。

「何だよ、コロっとだまされやがって」
「食い物で釣られるかフツー」
「先輩…、やっぱりお金持ちがいいのかなあ」

不平不満が出るその他の男。だが映画を観る空気を壊せない。
テレビを観るのに丁度いいようにソファを移動させてから
部屋の電気を消し部屋を暗くする。目の前にはポップコーンとコーラ。
席はささらを真ん中に右にかなめ左に諒太郎。違うソファに平良と高宮。

「観る前からこんなに震えて」
「だって。…とっても恐いって」
「大丈夫。全てはフィクションさ」
「恐がりだから。手、離さないでくださいね」
「もちろん」

二色と手を握り合って怯えているささら。
まだテロップも出ていない状態なのにブルブルしている。
よほどの怖がりらしい。

「平良さん怖い」
「俺に触るな」

高宮も何気に怯えていたが平良に睨まれて黙った。
そんな中でDVDの再生ボタンを押す。

「ふうん、心霊モノか」
「ささらの一番恐がる奴だな」
「でもさ、何でまたそんな怖いの借りたの」
「エリちゃんが今度お化け屋敷のバイトをするんだって。それで、借りたんだって」
「お前はしないのに」
「すっごく面白いし一度来てもらいたいから免疫つけろって」
「なるほど」

劇的に恐がりなささらは最初の字幕でさえも怯える。
こんな具合で最後まで見られるのだろうか。折りしも外は雨。風も少し強い。
絶好のホラー映画日和。ささらは音が鳴るたびに怯えて二色に抱きついた。

「たたたたたた…平良さんっ」
「抱きつくのはやめろ」
「だ、だって」

傍らでは平良にしがみつく高宮。

「それでよくささらが欲しいなんて言えるな」
「せ、先輩のためなら幽霊の1人や2人!」
「とっとと離れろ」

ささらや元気はともかく、他の3名はそこそこに映画を楽しんでいる模様。
かなめにいたってはささらが抱き付いてくるのでそれこそ上機嫌だ。
諒太郎は不愉快そうにそれを見ているが。やはり邪魔は出来ない。
映画が終わったら蹴りでもパンチでもなんでもかましてやるつもりだが。

「コーラ飲む?すごく汗かいてるし」
「あ。でも、私」
「ほら。これ飲め、お前はコーラ駄目なんだよな」
「ありがとう。お兄ちゃん買ってくれてたんだ」
「お前の事は俺がよくわかってるからな」

ささらの具合を見ながら飲み物を勧めるが彼女はコーラではなく
諒太郎が渡したお茶を飲んだ。どうやら炭酸系は苦手らしい。
ちょっとイラっとする二色だが構わず食べ物を勧める。

「食べさせて」
「え。あ。…はい、どうぞ」
「お前調子に乗りす」
「きゃあああ!」

諒太郎の文句がささらの絶叫でかき消される。
すかさず二色は彼女を抱きしめて落ち着かせた。
その表情は勝ち誇った実にムカつくもの。

「落ち着いて、大丈夫だよ」
「うううう…」
「俺がいるじゃない」
「…うん」

よしよしと頭を撫でてやるとささらは落ち着いたようで。
怖いながらもなんとか映画に視線を向けた。

「毎回思うけど、ヤりながら死ぬってすげえな」
「平良君そういう場面好きなの…?」
「好きな訳ねぇだろ」

何でやってる最中に殺されなきゃならいんだ。
疑いのまなざしを向けてくるささらに呆れていると
後ろから落雷の凄まじい音がして部屋も一瞬光った。

「わーーー!」
「だからお前は抱きついてくるな」

幽霊が出たわけじゃないのにそれで抱きついてきた高宮。
ささらでさえちょっとビックリしたくらいだったのに。
だがその衝撃でブレーカーが落ちたらしく全体的に真っ暗闇に。

「ブレーカー戻してくる」
「早く戻ってくださいね」
「うん」

部屋の事を把握している二色が立ち上がりブレーカーの元へ。

「平良さん不味いですよ真っ暗ですよ。これじゃ幽霊が来た時先輩を守れない」
「幽霊は光るんじゃね」
「ああ。なるほど!流石ですね!」

何回振りほどいてもくっついてくるので諦めた平良。
それよりもこの闇の中でささらが怖がってないか心配だ。

「ささら」
「平良君?」
「大丈夫か」
「うん。なんとか」

大丈夫、と言おうとした彼女を抱きしめる何か。
二色は戻っていないようだから恐らくは諒太郎だ。

「俺がいるから安心しろ」
「あ。…うん」

ここぞとばかりに、がっちり諒太郎の膝の上。

「こっちのほうが安心するだろ」
「…うん」
「次からは兄ちゃんの所でおいで」

他には聞こえないように小さな声でささらに囁く。
闇の中ささらの感触と温もりと匂いがよくわかる。
オデコ同士をくっつけての会話はドキドキする。

「でも」
「俺じゃ嫌か?」
「ううん。そんな事ない」

そのままこっそりと闇の中でキス。
気づかれないようにゆっくり。しっとり。

「じゃ」

もうちょっとで上手く行きそうだったのに。
いい所で二色が戻り。
部屋も薄っすら明るくなってテレビもついた。

「さ。続きを見ようね」
「おい!」
「喧嘩するつもり?」
「…くそ」

ささらをもとの位置に戻す二色。

「おにーちゃん…」
「いいよ、な、見よう」
「うん」

何てしているうちに後半戦。
怖さもどんどん加速してくる頃だ。

「うう…」
「ここが見せ場なんだから逸らしちゃ免疫できないよ」
「そ、そうですよね」
「でもこれグロすぎだぞ」
「ううう」
「無理するな」

本当はもう怖くて仕方なくて目を背けたいけど。
二色の言うように免疫をつける為に観ているのだから。
ここは我慢しようと必死に握る力を強めた。

「さ、ささらちゃん…そこ、…あ、あんまり強く…握らないで」
「う…あ!ご、ごめんなさい」

手だと思ったら違った。恥かしくてすぐひっこめる。

「そのまま不能にさせちまえ」
「そうなる前にぜひとも種を仕込みたいね」
「…誰がさせるか」
「俺がする」
「テメエいい加減にしろよ、ささら独り占めしやがって」
「何だ、自分だって隣に座ってるじゃない」

ホラーで涙が出ているささらを他所についに我慢できず喧嘩勃発。

「お前が邪魔してんじゃねえか」
「喧嘩しないで、ね」
「お前ささらから離れろよ」
「どうして」
「じゃあその手はなせ」
「イヤだ、と言ったら?」
「上等だ!」

お互いにたまりに溜まった苛立ち。
もう映画なんてどうでもいいとばかりに立ち上がり
ソファのうしろで盛大に殴り合いをはじめた。

30分後。

「…先輩、酷いですぅ…」
「両サイドに男なら怖くないだろ」
「違う意味で恐いです…」

場所交代。ささらのところに高宮。

「この方がいい」

平良の隣にはささら。これでこそ映画。

「平良君はホラーとか好き?」
「まあまあ」
「いいな。私どうしても恐くて」
「今度一緒に観るか」
「うん」
「そん時は2人でな」
「そうだね」

2人分のソファだから平良とささらが座れば満員。隣で恨めしそうな男2名と
逃げ出したい真ん中の男1名。平良の隣でどうにか最後まで観ることが出来た。
怖くてあまり内容は覚えていないけど。少しは克服できたろうか。


「ごめんな」
「ごめん」
「もう喧嘩しないでって何度も言ったのに」
「反省してます」
「ゆるして」

映画が終わって世界が明るくなってもささらは中々許してくれない。
何とか許しを請おうと謝る諒太郎と二色。

「罰として2人で仲良く遊んでください」
「あ、遊ぶ…」
「2人で」
「昼から2人で遊びに行ってきてください。さらに親交を深めるの」
「絶対?」
「じゃなきゃ、もう二度と許してあげないもん」
「…仕方ない、か」

姫さまのご命令どおり、2人は仲良く出かけて行きましたとさ。

「ということで。元気と2人で遊びに行くといいよ。もっと仲良くなれるし」
「は?」
「そうですね。そうします」
「お前正気か」
「さあ参りましょう平良さん」
「…帰る」

平良と高宮も何とか上手く過ごせる。だろうか。
こうして怖い映画を観る会は無事に終了した。
ささらは連絡して昼からの予定をエリと過ごすことに。


「そう。皆でみたら恐くなかったでしょ」
「うん。途中で喧嘩しちゃったし」
「そりゃするわ」

DVDを返すと同時に先ほどの話を彼女にした。
皆で観るなんてささららしい。

「でもね。今日は凄い日なの!」
「5Pでもした?」
「違うよ!お兄ちゃんとかなめさん。平良君と元気がデートなの」
「な、なんですってぇ!?アンタ薬でもヤらせたわけ?」
「ううん。普通に、頼んだの」
「へ、へえ…」

あの組み合わせは鬼門だろうと思うのだが。
ささらのお願いだから聞いてくれたのだろうか。
想像するとかなり怖い映像な気もするけれど。

「やっぱりバンドは仲がいいのが1番だよね!」
「ま、まあ、…確かにね」
「このまま今よりずっと仲良くなってくれるといいんだけど」
「絶対無理だと思うな」

同じものを争っている限り。

「あ。そういや、ささらお化け屋敷誰誘うの」
「へ」
「まさか4人誘おう何て考えてないよね」
「う」
「1人だからね」
「うーん」
「4人じゃ恐くないし何より絶対何か問題起すんだから」
「はい」

数日後、ささらが選んだ相手は。

「おいおい、父さんはそんな走れないぞお」
「だ、だって恐いよ」
「可愛いなあ、ささらはやっぱり女の子だ」
「お父さん!こんな所で頬すりすりしないで!先すすめないよ!」
「わかってる、わかってるよ♪」


娘大好きの親父であった。4人がっくり。


「姫。酷いじゃないか僕をのけ者にして」
「ごめんなさい。あの、忙しそうだったから」
「君の為なら休みでも何でもする」
「すいません。でも、だからって、あの、何で吸血鬼?」
「セクシーな女吸血鬼なんて姫に似合うかなって」
「そうでしょうか…」

つづく

2007/06/19

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