クリスマスイブの出来事


一般的にはまだ早い時間帯でもささらはもうぐっすりと眠っている。
でもその日に限って何となく眠れなくて。薄っすらと目を開ける。
するとドアの向こうからかすかに呼ぶ声がした。まさか原因はこれ?

「さーさーらー」

幻聴だろうか。

「ささらちゃーん」

気にしないで布団に入る。

「ささら姫―」

まだまだ。

「ささらお嬢様―」
「もう…なに?こんな時間に」

仕方なくベッドから出てそっとドアを開けてみると、
案の定そこには諒太郎の姿。今日は小さなイベントに呼ばれていて
ささらは行けなかったけれどその様子からして成功だったみたいだ。
それはよかったけどお願いだから小声で呼ばないで欲しい。

「だって、1日1回は顔みたい」
「朝みたよ」
「そんな冷たいこと言うなよ」
「もう」
「な、クリスマスなんだけど」

さあ来た。どんな酷い予定を出されるかもう寧ろどんとこい。
妙な所で気を引き締めるささら。

「なに」
「クリスマスは予定入ってさ、一緒に過ごせないんだ」
「そっか。残念だね。じゃあお休みなさい!」

最初はあまりの事に呆然として、だんだん嬉しくなってきて最終的に笑顔。
今日はいい夢がみれそうだ。クリスマスはのんびり家族でケーキとプレゼント。
ツリーも飾り付けたいな。歌なんかも歌ったりして。神様ありがとう。
勢いよくドアを閉めようとしたら速攻で諒太郎にドアを掴まれた。

「お前、顔とセリフと声があってないぞ」
「そんな事ないよ?」
「俺は寂しい」
「うん私も」
「うそつけ」

何て言いながらも丸っきりの棒読み。
諒太郎は渋い顔をした。

「他の人も?」
「ああ。メンバーでクリスマスライブに参加してくれって」
「そっか。それなら仕方ないね」
「やっぱり喜んでるだろ」
「まさか」

ごめんね。大喜びもいいところだ。

「でもさ。何もしないってのも嫌だし、前日にパーティをしようって事になって」
「ああ、その日は丁度予定が」
「ウソをつくな」
「…またガレージ?」
「いや、かなめの家。あいつんチ意味もなく広いだろ」
「そっか」
「な。行くだろ」
「お兄ちゃんにサンタさんの格好してもらいたい」
「笑いたいだけだろーが」
「へへ」

それだけ伝えると諒太郎は部屋に戻っていった。下手な事をすると
みんなにも平等だからささらが大変だ。部屋に戻りやっと静かに眠れる。
でもささらの頭の中はパーティのことでいっぱい。祝うならやはり飾りや料理を凝りたい。
翌日からさっそく色々本屋へ行って調べたり、
皆に何をプレゼントしようかを考えたり。いっきにささらは忙しくなった。

「嬉しいな、俺に何かよう?」
「二色さんに連れて行って欲しい場所が」
「いいよ。どこへでも連れて行く、さ、中へ」
「ち、ちがいますよ!そう言う意味じゃなくて」
「わかってる、車用意させるから待ってて」

二色を誘いに行ったらいきなり部屋に案内されそうになって冷や汗をかく。
冗談だよというがこの男なら笑顔でやりそうだ。
生憎諒太郎という足はバイトで居なくて平良も高宮に強引にくっ付かれてライブへ。
正直な所あんまり乗り気ではないが二色のところへきた。

「ここからは来ないでください」
「了解いたしました、お姫様」

ついたのは手芸店。かなり遠くの店だが品揃えがよくてその上安い。
よく諒太郎に連れて行ってもらっては毛糸をかったものだった。
欲しいものをいくつか物色して店を出る。
長居するつもりはなかったのに、やはり楽しくてつい見てしまう。

「ごめんなさい、遅くなって」
「いいよ。さ、帰ろうか」
「はい」
「いっぱい買ったんだね」
「はい」
「誰かさんにプレゼントかな」
「そのつもりです」

袋の中身は秘密。それから、お礼に夕食をご馳走して帰ってきた。
危うくささらまで食べられそうになったが時間がもったいないので断った。
これから一生懸命やらなければいけないことがある。

「ささら、一緒にゲームしよう」
「ガレージで練習してきなよ、ライブあるんでしょ」
「拗ねるぞ」
「いいもん」

ドア越しの会話。ちゃっかり鍵をしめているので中にははいってこない。
諒太郎はしばらく諦めきれなかったのか問答をしていたが
結局諦めてガレージへ行ってしまった。

「ささらが最近めっきり遊んでくれない」
「昼も断られるしね」
「なんでだろう、どうしたんだろう…」

ガレージでは何となく集まったメンバーたち。
別に練習をするわけでもなく話題は冷たくなったささら。
少し前までは忙しくても少しくらい相手をしてくれたのに。

「この前手芸店に買い物にいったのに意味があるのかな」
「よく毛糸を買いに行った店か」
「じゃあ誰かに編み物をしてるってことか」
「誰かな」
「クリスマスプレゼントとしたら、やはりクリスマスに渡すんだろうな」
「…俺たちはクリスマスいませんよ」

じゃあ、誰に。嫌な気分になって、3人は無言のまま別れた。



「ささら…」

何も分からないが勝手に傷心して屋上で空を見つめていた諒太郎。
ささらが遠くなったようでもう今にも泣きそうだ。

「ここに居たんだ。お兄ちゃん」
「ささら」

そこへ自分を探して来てくれたささら。
振り返るとちょっと嬉しくて瞳が潤む。

「…キスして欲しい」
「え。今?ここで?」
「駄目なら後でい」

駄目な訳がない。すぐに抱きしめてキスする。
ささらも諒太郎の首に手を回してきた。してなんて言ってくれてうれしい。
冷たいと思っていたのはきっと自分の思い過ごしなんだろう。きっとそうだ。

「かなめさん」
「おはようささらちゃん」
「キスして」
「え?…うん」

その後二色の前にも姿を現したささら。
諒太郎と同じようにキスをせがみしてもらう。
その時もやはり彼の首に手を回していた。

「…んーなるほど」
「え?」
「ううん、ありがとう」
「どういたしまして」

その後ももちろん平良の前にも現れキスをしてもらい、
ガレージに練習に来た高宮にもこっそりとキスをしてもらった。
それで冷たくなったとささらに抱いていた不安が飛ぶのだから安易だ。

そしてパーティ当日。

「はい、…いらっしゃい」
「お邪魔します」
「君だけが訪問者ならどれだけよかったろうね」

二色の家には巨大なツリーがおいてあって飾りもちゃんとしてあって。
クリスマスさながらの素敵な雰囲気があった。
後はささらの手料理とターキー。クリスマスケーキまで自家製。
荷物を持っている諒太郎を他所にささらを招きいれ幸せそうな二色。

「ささらにあんま触るな変態」
「どっちが変態なのかな。ドシスコン」
「なんだと!」
「喧嘩する人は嫌い」
「…ごめん」
「あ。お客さんだね」

続いて平良やエリ、高宮も到着してパーティらしくなってきた。
ささらは嬉々としてテーブルの上に料理を置いてセッティング。
飲み物はシャンパンといいたいがここはジュースで。

「うっわー!マジひろーーー!」
「だね」

初めて二色の部屋に来たエリは大興奮。

「ねえ、あんた逆タマのっちゃえば!」
「ははは…。あ。先に食べてて」
「ささらどうしたの」
「ちょっとねー、えへへ」

さあパーティを始めようという所でささらが一端部屋に入って、
仕方無しにみんなで彼女が作った料理を頂く。
さすがにプロ級のささらが作っただけあって本格的だ。
数分後、ドアが開く音がして。一斉に其方を振り返ったら。

「じゃーん!サンタさーん!」

多分それがささらの夢だったのだろう。
可愛いサンタコスを着て子ども達にプレゼントを配ったりするのが。
純真で無垢な彼女らしい。だが、相手は無邪気な子どもではないのだ。

「…おばか」

飢えた狼たちはその可愛らしいサンタさんを見て箸を置いた。
料理も美味しいけれど、それよりも美味しいものが目の前にある。
当の本人は全くそれに気づいていない。エリは直ぐに察したが。

「あれ?だめ?」

あまりにも反応が薄くてサプライズ失敗だったかと心配になるささら。
サンタコスなんて確かにちょっと調子乗ってるかもしれないけど、
せっかくのパーティだし夢だった。今は大きいサイズでも売っている。

「…いいよ、おいで」
「俺のところへおいで」
「僕のところへ」
「こいよ」
「え?なに?何その手…い、いや!いやああああああ!」

ジリジリと近づいてくる4人。あれこの光景どっかで見たことあるぞ?
ささらはプレゼントの入った袋を地面に落としジワジワと後ろに逃げる。
相手は腕力も繁殖能力も人並み以上にもった獰猛な獣の群れなのである。
そこへそんなプリティで美味しそうなサンタさんが飛び込めばどうなるか。

つまり、食い放題である。

残されたエリはごめんよと呟いて部屋にあったステレオをヘッドホンで聴いて
その悲鳴とも嬌声ともつかない声を掻き消した。ああ、食事が美味しい。


「ごちそうさまでしたー」
「…お…おそまつさま…でした…」
「やっぱりささらの料理は美味い」

フラフラなのにがんばってもってきた袋を引きずってくるささら。
中からは色とりどりのマフラーが出てきた。

「これ、エリちゃんに」
「あ、ありがとう…」
「これ、お兄ちゃんに」
「お。さんきゅ」
「これ、二色さんに」
「ありがとう」
「これ、平良君に」
「ん」
「これ、高宮君に」
「ありがとうございます!」

こんなフラフラよれよれのサンタ初めてみた。
なんとかソファに座ってエリがもって来てくれた料理をたべている。
さすがにそんな彼女に近づく男はいない。健気にも微笑むささら。
狼どもも少しはこのか弱い赤頭巾を労わるだろうとエリが振り返ると。

「ささらの匂いがする…」
「本当だ」
「いいな」
「長さも丁度いい、ああ、それでキスを。…ふふ、素敵だね」

だめだ。余計興奮してやがる。
それからは普通にケーキを食べたりプレゼントをもらったり。

「やー!」
「ほら、赤だよ、赤」
「お兄ちゃんワザと腰ぶつけないで!」
「仕方ないよ、こうなる運命なんだ」
「硬いよ!硬くなってるよーーー!!」
「じゃ、俺緑だから」
「あ、あっ…だめ…!」
「しょうがない」
「ほら、次は俺だから」
「僕も!」

何故か5人でツイスターゲームをやったり。
疑問はいっぱいあったけれど、それなりに楽しいイブだった。と、おもう。

「私、遊ばれてるきがしてならない」
「何をいきなり」
「……労りって、大事だと思うんだ。ほんとに。…さ」
「ささらっ」

食器を片付けながらささらはぼやく。
サンタルックは何時までもしているとまた犯されるので速攻でやめた。
エリはただ彼女の言葉に頷いてあげるしかできない。無力な親友だ。
聞いているうちにエリまで涙がでる。



「じゃあ、行ってくるな」
「うん」
「これ、暖かいよ」
「…がんばってね」
「なあ、お呪い」

もう、と拗ねてみせるが、結局キスすることになる。
それも今までのとは違いちゃっかりねっとりと。

「…ん…んぅ…ん」
「じゃあ、行ってくるな」
「うん」

クリスマスは家族で。何て素晴らしい響きだろう、もう恋人となんていわない。
エリも同じ思いだったのか英太ともあまり楽しめなかったらしい。

「さーさら」
「なにお父さん」
「お前にプレゼントだ」

兄を見送って直ぐ父親に引きとめられる。
その手には何か箱。もしやプレゼントか。
この歳になってもやはりドキドキする。

「わ!」
「はい」
「わーい!前から欲しかった…ア…アブフレッ●ス…だ」
「無理しちゃ駄目だぞ!ママがな、これしかOKくれなくてな…そのパパは」
「いいの、ありがとう!」

それを買うんだったらお兄ちゃんを独立させてくれ。
そうしたら劇的に痩せるから。でも離れたら寂しいと思う。
から、やっぱりアブフレッ●スなのかな。



「お前さ、ささらに何プレゼントするか決めたか」
「お前は」
「ん。決めた。もう買ってあるんだ」
「そ。俺もなんだ」

イベントに向かうバスの中。さりげなく諒太郎が二色に声をかける。
別に喧嘩を売っている訳じゃない事はその口調から分かった。

「よかったらこっそり置いてやってもいい」
「ささらちゃんの部屋入っていいの?」
「あいつまだ時々無防備でさ、あけてんだよね」
「まさか」
「いや、あいつに手ぇだしたらお前らにもしなきゃなんないからさ。そうそうにはしませんよ」
「じゃあ、たのんじゃおうかな」
「ん」
「壊すなよ」
「素直にありがとうって言えよ」



朝。ささらが目が覚めると置いた覚えの無い靴下があって。
中を見ると小さな箱が四つはいっていた。
『可愛い最愛のささらへ。よい子なのでプレゼントを置いていきます。サンタより』

「もう。これお兄ちゃんの字だよ」

『追伸。机の上のモノはお前にはいらないものなので処分しておきました』

「…へええええ!?」

勝手に部屋に入ったのも今日は許そう。なんて素敵な気分でいたのに。
机の上といったらアブフレッ●ス!お父さんからもらった大事なアブフレッ●ス!
買うの恥ずかしかったに違いない、アメリカ産の有名なダイエット用品!!!!!
急いで確認をしたら商品の代わりに『お前は可愛い!』と、書かれた紙が一枚
かわりに置いてあるだけだった。南無阿弥陀仏。

「あ。綺麗…」

最初のプレゼントを開けるとペンダントだ。雪の結晶をかたどった繊細なトップ。
箱の裏に名前とメッセージ。『俺の白雪姫に』とある。

「これは二色さんだね。ありがとう、二色さん」

次にあけると指輪。ささらの好きな翡翠が小さく埋め込まれた指輪。

『俺の愛しいささらへ』

「お兄ちゃんだ。ありがとう、お兄ちゃん」

次にあけると、携帯ストラップ。キラキラと星のオブジェがついている。

『多分好みだろ』

「ふふ、平良君らしいな。ありがとう、平良君」

とくれば、最後の箱は。

「あ。リップだ」

『僕の女神様へ。これでもっと麗しい唇になってください』

「もう。…でも、嬉しいな。ありがとう、高宮君」

全てを身につけるとさすがに校則にひっかかるのでリップを軽くして
ネックレスに指輪をかけて登校した。
こんなにも沢山のプレゼントを貰えるなんていいクリスマスだった。
お父さんには本当に申し訳ないけど、でも、私の所為じゃない。たぶん。



「へえ。いいもん貰ったじゃん。良かったね」
「うん」

学校に向かう途中エリに会って一緒に歩き出す。
自慢するわけじゃないけど彼女に全部話した。
ケダモノにもまだ良心が残ってたのかと彼女は笑っていた。

「おはよ」
「あ。二色さん。…マフラーしてくれたんですね」
「当たり前さ」
「よかった」

校門を前にして二色とも出くわす。
そんな彼の首にはささらが編んだマフラー。
頑張った甲斐があったとささらも嬉しそうだ。

「お気に入りなんだ、昨日はこれを抱きしめて寝たくらいだから」
「そ、そんな。…そこまで凄いものじゃ」
「あ。平良っちだ。マフラーしてるよ。良かったね」
「ほんとだ。…よかった」
「諒太郎のブサイクもしてたんでしょ?皆気に入ったんだよ」
「ブサイク言うなー!」
「うわっ」
「お兄ちゃん何時の間に」

物凄い勢いで後ろから走って来てその勢いで二色にパンチ。
なんでかよく分からないけれど、2人のスイッチが入った。
校門での突然の大乱闘にささらはもう涙すらでなくなっていた。

「必殺他人のフリ!」
「うん!」


つづく


2007/06/19

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