話したいこと








何時もは気遣って前日にメールをくれるのにその日は突然やってきた。
もちろんそれを怒るつもりはないし、来たい時に来ればいいと言ったのは自分。
ただ生憎その日は仕事で立て込んでおり何時に無くカリカリしている助手は
今にも彼女を怒鳴りそうで。適当に買い物を言いつけて事務所から追い出す。


「すみません」
「悪いが適当に寛いでてくれ、今ちょっと」
「やっぱり今度にします」
「話があるんだろ。それも結構大事な」


図星だったようで来客用のソファに座っていたささらは俯いて黙った。制服姿のまま、
突然彼女がここに来た理由は右城も大いに興味がある。出来れば仕事を一端とめて
彼女の隣に座ってゆっくり聞きたいけれど。その為に仕事の手を抜くのも見せかけだけで
中身は適当に仕上げるというのも右城には到底無理な事。彼女だって余計気を使う。
結局話の相手もろくに触れることも出来ずささらをポツンと待たせてしまう形になる。




「……」


何時もよりさらに散らかっているように見える部屋。苛々していた助手。
話しかけることを躊躇うほど言葉の少ない右城。ピリピリした空気が漂う。
かなり居心地が悪いささら。隙あらば帰る気満々。だけど。
こっそり振り返って奥で仕事をしている彼の背中がかっこよくて。
写真と真剣に向き合う姿はやっぱりプロなんだなと素人なりに思う。


「なあお嬢さん」
「うわっ…な、なんですか…」


つい見蕩れて何時までも見つめていたら彼が振り返って。
ささらは慌てて顔を前に戻す。かなりドキドキ。顔も熱い。息を整え
顔を手でパタパタ仰いで冷やし出来るだけ平静を装い
何ですか?と再び振り返る。


「おっさんの背中はつまらんだろ、良かったら昔の作品でも見ないか」
「え。いいんですか?見たいです!」


後姿は飽きないけれどさらに奥へ入ってしまうと彼の姿が見えなくて、正直暇。
右城の作品も好きなささらは喜んで立ち上がる。


「俺も一応プロだ。本来なら金を頂く所だがまあ…」
「そうなんですか!?い、いくらくらいですか!?あ、あの、私今あまり持ち合わせが!」
「あははははははっ…あぁいいね。その素直なお返事。冗談だよ、冗談」
「そ、そんなお腹抱えて笑わなくても」


寂しそうだったり笑ったり驚いたり、ちょっと拗ねてみたり。
コロコロと表情を変えるささらに右城は何時までも楽しそうに笑っていた。
流石に怒り出しそうな顔をしたので急いで作品を収めたファイルを取り出して渡す。


「これは秘蔵もんだぞ」
「またそんな」
「何せ俺の学生時代の写真だ」
「え。アルバムなんですかこれ!」
「そうじゃなくて。俺が学生の時に撮った写真だ」


確かに写真の入ったファイルはアルバムみたい。
軽い勘違いをする彼女に右城は少々呆れた顔で
そんなもの見せてどうすると言うが。


「えぇ。素敵じゃないですか」


といって目をキラキラさせ見せてくださいとおねだり顔をするささら。


「生憎人間には興味ないんでね。ここにはそんなもんありゃしない」
「……」
「いや、その、……君にはあるさ。あるとも」
「これ、お借りします」
「飲み物とか適当に飲んでいいから」
「ビール飲めません」
「あー、…まあ、…適当にな」
「はい」


今度はささらがクスクス笑って席に戻る。
苦笑いしつつ右城も仕事へ戻った。


「こんな忙しい時に来るあの子のも問題だしそれ通しちゃう先生も馬鹿ってか暢気だし
私が居なきゃ出来ないこともあるのに買出しとかさせてもう!ほんとに最悪!」
「おお、帰ってきたのか。早かっ」
「ほら!買ってきましたよ御所望の品々を!」


暫くは静かな事務所が続いていたがそこへドカドカと荷物を持ってくる足音。
そして近づくにつれて大きくなる怒声。入口前から誰が何処に来るか分かった。
ささらが夢中で写真を見ているその横を足早に右城が過ぎ高部が事務所に入る前に出迎える。
何時も以上にブチキレた顔をする彼女。投げつけるように買ってきた袋を右城に渡す。


「帰ってきたとこ悪いが適当に飲み物買って来てくれ、甘い奴」
「はああぁ!?」


先生は言うだけ言ってさっさと事務所へひっこんだ。そして虚しく響くドアが閉まる音。
残されたのは怒りとも悲しみともとれる引きつった顔の高部。
帰ってきたら覚えてろよと呪いの言葉を残し再び来た道を戻った。


「いま声が」
「ああ、いいんだ」


助手の気配を感じソワソワしているささらを座らせもう少しだけ待ってくれと言い仕事に戻る。
だが彼女がここに来てからもう2時間ほど経過していた。学校が終わって直ぐに来たから
親よりも兄が心配しているはず。そろそろ家に帰らなければならない。
ささらは窓から見える夕日を見てフウとため息。もう少し居たかったけれど仕方ない。


「作品見せてくださってありがとうございました、今日はもうこれで」
「あーー、…君を引き止める材料が欲しい」
「また来ます」


ニコっと笑顔で応える。たとえこのまま無理にここに居ても邪魔だろうし、
かといって何も手伝えることはないし。ファイルを彼に戻し鞄を持って深く礼をする。
着々と帰る準備をするささらに右城は腕を組み少し考えるそぶりを見せ。


「…話は夜聞こう、電話ってのはあんまり好きじゃないが」
「はい」


見つめたら見つめ返すささらにたまらず彼女を抱きしめる右城。
今日はここに彼女が来てから触れ会う事は殆ど無かったから
お互いその温もりに暫し浸って。どちらかともなく唇を合わせる。


「ほんと最悪!ついてない!何でこんな何回も買い物に行く必要があるの!」


甘い空気に水を差す怒声。
恐らく飲み物を買ってきた助手だろう。この怒り具合はそれ以外ありえない。
惜しみつつもささらの唇を離し彼女を無事にここから出すため一緒に玄関へ。


「ご苦労さん」
「ああどうもお2人揃ってお出迎えですか。買って参りましたよ甘いやつ」
「悪いな」
「じゃあ」
「また」
「はい」
「……なにこの空気」


土産とばかりに買ってきたジュースをささらに渡し、
意味ありげな視線をかわしてささらは帰って行った。
また仕事へ戻る右城。助手もそれに続く。
どうやらもう無意味に買い物に出されることはないらしい。




「今日はちょっと遅かったな」
「寄り道してたの」
「1人でか?」


家に帰るとガレージ前で帰りを待っていてくれた兄の姿。もう少し戻るのが遅かったら
バイクに乗って迎えに来そうなくらい心配そうな顔。ささらの顔を見てやっと微笑む諒太郎に
苦笑いしつつ。その隣に行きただいまと笑顔で言う。


「うん」
「こら。そういう時は兄ちゃんに連絡しとけって言ったろ」
「ごめんなさい。…あ。よかったらこれ飲む?甘いよ?」
「ん?ジュース?」
「お土産」
「……」
「お兄ちゃん?」
「俺の為にっ!ありがとう、本当に優しいなお前は」
「え。な、泣かないで…あの、それ…」


本当の事を言えないままとりあえず泣き出した兄を宥めて一緒に家に入った。
見るからに甘すぎるジュースはささらには飲めなくて。
諒太郎が喜んで飲み干した。それを横目にフウと息を吐く。
いったい今日は何をしに彼の所へ行ったのだろう。邪魔だったろうに。
でも、真剣な後姿や昔の写真を見る事が出来たし。ささらとしては満足。




『さて。君の話を聞こうじゃないか』
「もう大丈夫なんですか?」
『ああ。思う存分喋っていいぞ』
「じゃあ、恭一さん」
『ん』
「沢山あるから覚悟してくださいね」
『望むところだよお嬢さん』


だけどやっぱり声を聞くともっと話したかった自分に気づいて。
ベッドに転がってクスクスと笑った。




おわり

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