ドラマーな彼女










それは、ささらがメンバーたちの想いにやっと気付いた頃のお話。


「片倉さん」
「は、はい」
「ちょっといい…?」
「え。あ。……はい」


放課後、帰る準備をしていたささらを呼び止める違うクラスの女子3名。
ささらを苛めていた子たちではないものの皆自分とはまるで違う、可愛くて明るくて人気のある子たちだ。
それが何故自分を呼んだのか。怖いけど、断わる事も出来ず彼女たちについていく。
教室を出て、囲まれるように廊下を歩き、普段は物置かと見過ごすような廊下の隅にある部屋に通される。


「ようこそ。軽音楽同好会へ!」
「え?え?え?」


何の事だろうとキョロキョロすると自分も知っている外国の歌手たちのポスターがずらり。
音楽雑誌に楽器に、これはまるで家のガレージだ。でも彼女たちが音楽をやっているなんて知らなかった。
まあ、接点が無さ過ぎて知る機会もなかったけれど。


「貴方ドラム出きるんでしょ」
「……すこし、だけ」
「あの片倉先輩の妹だもの、凄い腕前なんでしょうね」
「そ、そんな事」
「貴方、見返したくない?」
「え?誰を?」
「貴方を馬鹿にしてる連中全部よ」
「……いえ、あの、意味が」


椅子に座らされて、3人に囲まれるように見つめられる。何だが尋問されているようで怖い。
何となく言いたいことは分かるような気がするけど、いや、恐れ多くて絶対に無理。無理。
帰らせてもらいます、の一声が出ずただいやな汗をかきながら座っているしかできない。
もっと自分に自信が持てたら、勇気を出せたら。


「貴方、うちのバンドのドラムにならない」
「絶対人気出るから」
「モテるよー」


やっぱりそう来たか。


「で、でも、私はまだ披露できるほどじゃ」
「確かめてあげる」
「え」
「明日の放課後音楽室に集合、ドラムは音楽室の借りるから」
「あの、困ります、私」
「人気者になりたいでしょ」
「今のままよりずっといいんじゃない?」
「せっかくの特技を披露できないなんてもったいないし」
「明日、絶対来てね」
「え。あ。……あの」


人気者になんかなりたくないし、今の自分は過去の自分の中で一番マシだとおもっている。
それでも彼女たちのように輪の中心にいる華のある子に囲まれて言われてしまうとそうなのかのもしれないと思えて。
結局断わる事も何も出来ず、カバンを抱えて無言で同好会の部室から出た。




「ささらちゃん」
「……二色さん」


1人歩き出した所に二色の姿。


「良かった、何もされてない?言われてない?」
「見てたんですか」
「君を誘いに来たら連れられて行くのが見えて」
「……大丈夫です、なんでもないです」
「ほんとうに?」
「はい」


それから2人で帰る。他の奴らも居たようだが二色だけがささらの居場所を知っていて、
それを敢えて言わずに待っていた。何てささらには言わないけど。学校を出てからそれとなく彼女の手を繋ぐ。
気持ちを伝えて、それが本物だと分かってもらってからは彼女の態度も変わってきた。いい事だ。


「やっぱり何かあったんでしょ?」
「別に」
「教えてくれないかな、じゃないと気が気でないよ」
「二色さん」
「ね」
「……明日の放課後、ドラムを演奏してくれって」
「へえ、さっきの子たちが?」
「軽音楽同好会…だそうです」
「ふうん」


でも、隣は恥らう所かさっきよりももっと元気の無いささら。これはやっぱり何かあったのだ。
少しキツめに問い詰めると彼女は白状した。苛めではないものの、彼女を苦しめる結果には違いない。
まだまだ自分に自信などない。ましてや自分とは正反対に華のある子たちと一緒なんてなおさら無理。


「お兄ちゃんがドラム凄い上手いから妹の私も凄いと思ってるんです、困っちゃいました」
「ささらちゃんだって十分上手いじゃない」
「上手くないですよ、平良君にいっぱい怒られちゃうし。皆と音を合わすときも1人外しちゃうし。
お兄ちゃんに教えてもらっても頭に入らない時とかあるし、ほんとうに、駄目なんです……」
「それは君が決めるんじゃなくて周りが決めることじゃない」
「…そう、ですね」
「俺はいいと思うよ。他の奴にも聞いてみたら」
「そんな。出来ません、怖くって」
「じゃあ俺がそれとなく聞いてあげる」
「いいですってば!」


絶対にやめてくださいね!と顔を赤くして言うささらにニコニコと笑顔を向けて、その頬にキスする。
彼女が思っているほど周りは低い評価はしていない。努力は着実に報われていると感じている。
今日も夕方からガレージで練習がある、ささらは最初参加する予定ではなかったけれど。明日を思い参加。





「ん。何だ?」
「お兄ちゃん……」
「どうしたささら。……まさか、学校で何かされたのか」
「そうじゃないんだけど、あの、ね」
「よかった。で、何だ?」
「後でもうちょっとだけドラム教えて」
「ああ、いいよ。何なら手取り足取」


ゴスッ


「俺も付き合うよ」
「でも二色さん」
「ってーー!マイクスタンドで頭叩くな!」
「いい?こんな夜にガレージで2人きりなんかしたらこの万年発情期の獣に美味しく食べら」


ゴスッ


「テメエが言うな」
「お、お兄ちゃんそれゴミ箱」
「さ。2人で仲良く練習しような。俺が何でも教えてやる、なんならもっとこう…肌と肌を合わせる方法とかも」


ゴスッ


「死んだら?ううん、死ね」
「この……野朗」


また始まった。





「また始まりましたね、先輩」
「うん。ただちょっとドラム教えて欲しかっただけなのに」
「何かあるのか」
「あ。うん。まあ、少し」
「へえ、お前もバンド組んだのか」
「とんでもない。私なんか出来ないよ、あんな、……可愛い人たちの中で」


年長の癖にガレージで暴れる2人を横目に片づけをはじめる面々。ささらは物が飛んでくるのが怖いのでそっちへ逃げる。
いつもの事だからと淡々と片付ける平良、最初は戸惑っていたけれど今や立派にスルーできるようになった高宮。
後ろからの騒音も気にせず、この際言ってしまおうと今日の出来事を2人に話した。


「ああ、あいつら」
「知ってるの?」
「まあな」
「その人たちに誘われてるんですね、先輩。すごいな」
「ただドラムが抜けちゃっただけだと思うけど。それに、私にはあの人たちとは合わないと思うし」
「そうだな、お前が居たら何かバランス悪い」
「平良さんそんな言い方しなくても」
「ううん、いいの。本当にそうだもん、可愛い子に紛れて私が居るとね。なんか悪い気がするし」
「そうじゃなくて、質だ。質」


先に片づけを完了した平良がギターケースを担ぎ。ポカンと見ているささらと高宮を見る。


「質…?」
「1人だけ飛びぬけていいバンドなんてつまんねーだろ、じゃ。また」
「……あ。うん、またね」
「あ!待ってください!僕も行きます!じゃあ、先輩また!」
「うん、……またね」


そういうとけだるそうに軽く手を上げてさっさと出て行ってしまった。慌てて続く高宮。
ドアが閉まって、姿が見えなくなってから平良の言葉をもう一度思いだす。あれって。もしかして。
あの厳しい平良が、殆ど褒められた事ないのに。少しは褒めてくれたということだろうか。
だとしたらこんなに嬉しい事は無い。その嬉しい気持ちのまま振り返ったら血だらけの2人が居て一気に冷めた。






「なるほど。そーいう事」
「うん。だから、お兄ちゃんに教えてもらおうと思ったんだけど」
「お前なら出きるさ、気にする事ない」
「でも」
「俺もお前も天才でも才能があるわけでもない、努力してここまで来たんだ。努力は絶対自分にかえってくる」
「……お兄ちゃん」
「自信もて。兄ちゃんが居るだろ。だから今日は一緒に寝て勇気を分け」


ボフッ


「いやっ。そもそもお兄ちゃんが上手だからこうなっちゃったんだからね!」
「あ。そうなの。うん。ごめん……でも添い寝してやるから安心!」
「きゃ!」
「寝るだけ。ね。寝るだけ」
「……もう」


最後に諒太郎に事情を話す。やっぱり兄だけに心強い事を言ってくれる、と思ったその隙をついて強引にベッドに入ってくる。
こうなるとどれだけ抗議しても動かないので仕方なしに部屋の電気を消した。何気にお尻を触ろうとする手を弾きながら。
明日の放課後、どうなるのだろう。怖いけど、何とかなるかな。




翌日。


「ささらちゃん」
「二色さん」
「大丈夫?」
「ええ、まあ、……大丈夫、です」


昼休み、図書館にでも行こうと廊下を歩いていたら二色とでくわす。どうやらささらのクラスへ行く途中だったようだ。
そのまま一緒に行くよといわれて。周りの視線が気になるけれど、かといって断わっても来る人だから。
図書館に入り借りていた本を返し新しい本を探す。後ろには二色。見つめられている視線を感じて振り返れない。


「良かったら俺も一緒に居ようか」
「そんな、大丈夫ですから。ちゃんとお断りしますし」
「いや、君の事だから。流される可能性がある」
「そんなこ」


ぎゅ


「でもさ、皆の気持ち聞いて流されちゃったじゃない」
「に、二色さんっ…やめてくださいっ」


ささらを後ろから抱きしめてその熟したトマトのように真っ赤になった頬にキスする。
誰に見られるともしれない場所での行為にジタバタしてみるが男の力には勝てず結局胸に収まる。
それでも必死に何とかしようともがいている。今また何か変な噂を立てられると困る。静まってきたのに。


「俺が助けてあげるから、これ以上流されると溺れちゃうよ」
「うっ」


耳元で甘く囁くとカプっと甘噛みする。ゾクゾクっと背中が気持ち悪くなるささら。
暫くして満足したのかやっと解放される。もう涙目だ。


「可愛いんだもん」
「か、可愛くないです。それに、私はちゃんと、その、…皆の事、……か、考えてますから」
「ほんとに?」
「で、ですから顔を近づけないでくださいっ」
「だってささらちゃん可愛い顔するんだもん、こうすると」
「うーっ」


なのにまだ続く苛め。


「放課後何処に集まるんだっけ」
「……音楽室です」
「わかった」


今度は軽く唇を奪う。それと同時にチャイムがなって、またね、と言って去っていった。
もうどうしたらいいのかさっぱりだ。好きになってくれたのはとても嬉しい事だけれども。
二色の求愛にちょっと、いや、かなり惑わされているのも事実。彼はきっと真剣なのだろうけど。


キスなんかされたら心臓が幾つあってもたりない。





「あ。来た来た」
「片倉さん」
「よかった、来てくれて」
「あ、あの、……私は」
「いいからいいから、はい。これ」


放課後、恐る恐る音楽室へ。彼女たちだけかと思えばそうではなく、吹奏楽部の部員も居て。
これは不味いと引き返したくなるけれど、彼女たちと思い切り目があってしまい中へ。
入るなりドラムスティックを渡され、課題曲の楽譜を渡される。


「ふー。間に合った」
「二色先輩」
「何でここに?」
「どうして?」
「あ。うん、見学」


そして二色も。やっぱり来たか。でも、この中で知っている人が居ると少しは違う。
これで安心、というほどではないけど1人ぼっちでやるよりは勇気が出る。


「あーよかった間に合ったー」
「か、片倉先輩!?」
「何で?」
「あ?いや、偶然」


間に合ったーと大声で叫んでおいて何が偶然なのか。そんな皆の視線を笑顔でかわして席に座る。
何気に先に来た二色とは離れて座っているのが彼らしいというか。でもなんでここがわかったんだろう。
兄と二色に見守られながら、楽譜を読み軽く練習をして。


「じゃあ、片倉さん。おねがい」
「は、はい」
「慌てずね」
「頑張って」



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「ささら上手いな。…何より可愛い」
「兄貴はかなり気持ち悪いのにね」
「そうそう……って違うだろコラァ」
「ねえ、もし彼女が他のバンドに行ったらどうする」
「え?まあ、ささらが行きたいなら」
「困るんだよね、会える時間へって」
「それはお前のエゴだろ」
「お前はいいさ、毎日会えるんだから。ゴミみたいなツラして」
「……ツラは関係ねぇだろ」


必死に演奏するささらを眺めながら隣で話しかけて来る男に返事する。出きれば静かに聴いていたいのに。
二色の表情は何処か冷めていて、何時ものおどけた雰囲気もなく。真面目にそう考えているのだと察する。
確かに自分は一緒に住んでいるから会えるけど彼らにとってみれば大問題、か。


そう思うとどちらも応援しにくい。


「まあ、本人は断わるって言ってたから」
「そうか。でもあの3人相手に断わるなんて出きるかな」
「俺がかわりに断わる」
「お前な」
「女の子だから穏便にね」
「……物騒な表現は使うなよ」


何て会話をしている間に演奏は終了。殆ど聴けなかったと悔しがる諒太郎。
こうなったら今夜当たりもう一回演奏してもらおう。演奏を終えたささらは緊張から解放された顔で。
聴いていた3名はその技術に驚いたのか盛大に拍手。ついでに聴いていた吹奏楽部の部員も拍手。
つられて諒太郎と二色も拍手。


「じゃあ、決まり!片倉さんメンバー決定!」
「あ、あの、すみませんが私は遠慮します」
「どうして?」
「何も不満なところなんてないじゃない」
「うちらとバンド組めるなんてそうそう無いチャンスだよ?」
「私には無理です、それに3人ともその、何か、音楽性も違うし」
「ドラムなんて後ろの方で叩いてればいいんだから。気にしない気にしない」
「うちらのバンド男子も結構来るんだよ」
「もしかしたらさ」
「でも、私には私の」
「そんなの気にしなくていいから」


ちゃんと言わなければ。自分の思っている事を相手に。今までの自分なら逆らえず流されていたけど。
今は違う、ちょっとだけ違う。その流れに抗うだけの勇気がある、…はず。でも3人の攻撃は収まる事を知らない。
立ち上がる諒太郎と二色、そこにまた音楽室のドアが開く。


「嫌だってんだろ、いい加減にとけ」
「け、賢児君」
「何でここに」
「平良君…」
「今のお前らにそいつの演奏に見合うだけの技術があんのか」
「そ、それは」
「ふざけんな。問題外。……聴きそびれて苛々してんだよ、また怒鳴られたいか。あぁ?」
「じゃ、じゃあ、また気が向いたら……ね!」
「う、うん。じゃあね!」
「さよならっ」


平良の凄みにそそくさと逃げ出す3名。どうやら過去に何かあったようなのだが。今聞いたら怒られそうだ。
凄まじく不機嫌な顔をしている。ささらでも話しかけるのを戸惑うくらい。


「ま、拍手聞こえたから。良かったんだろうけどな」
「もう必死で、何が何だか」
「わかんなくなってる間はまだまだだって事だな」
「だね……へへ」
「帰ろうぜ」
「うん。あ。これお返しします」


スティックを部員にかえし、そのまま平良と出て行くささら。


「ああ、良かった。ささら……あ!?違う違う!ささら!まって!お兄ちゃんも帰るーー!」
「中々やるねあいつ」
「かっこつけてる場合じゃねえだろ!まってーー!」
「そうだった。俺も行かないと」


あんまりにもあっさりとささらを掻っ攫われてポカーンとしてしまう2人。でも慌てて気付いて走り出す。
でも追いついたはいいが一緒に帰る相手は1人と決まっているので結局見送り。


「何でお前と帰るんだ」
「方向が一緒だから」
「お前俺の家でささらを待つ気だな」
「うん。そうだけど」
「……」
「ささらちゃんの演奏褒めてあげないとね、……全身全霊で」
「やめろ!……それは俺の役だ」
「変態エロ馬鹿兄貴」
「ばーかばーーーか!家にかぎかけてやるー!」
「アホが!」


悔しいはずなのに、何げに仲よさげに帰った2人であった。
といっても家に到着してからまた血を見る喧嘩をして帰ってきたささらを怖がらせ。
それでも今日のささらを褒めてやろうと近づいたら。


「……何か、2人の顔が怖いからエリちゃんの家行く」


と言われ去ってしまった。
それから直ぐにどっちが悪いかで喧嘩が勃発したのは言うまでも無い。


おわり


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