バレンタイン前








「おい!そこのにーちゃん!」
「ちょっとつらかしな!にーちゃん!」

バイトの帰り。
後ろで声がして振り返るが何もなくて首をひねる。
確かに声がしたはずだが。と。何かがズボンを引っ張った。

「あ」
「あじゃねーぞ!」
「ねーぞ!」

そこには幼稚園児くらいの実に可愛らしい双子が立っていた。
ただその口調は褒められたものではないし何処か覚えがあった。

「平良の妹か?」
「そうだぜ!」
「だぜ!」
「何でそんな喧嘩腰なんだ?」
「なめんじゃねーぞ!」
「ねぞ!」
「……はあ」

何で街中で因縁つけられたみたいな事になっているのだろう。
園児相手に俺が何をしたというのだ。2人との関わりは殆どない。
ささらは平良の家に泊まるたびに遊んだりお菓子をあげたりしている。
とても可愛くて素直でお兄ちゃん思いの良い子たちと聞いていたが。
睨んでくる顔も確かに可愛いが、良い子にはあまり見えない。

「たいやきくらいでかったきになんなよ!」
「うまぁーい」
「リセっ」
「はっ…なんなよ!」

とりあえず突っ立ったままもナニかと屋台でたいやきを買って与えてみる。
粋がっても子どもなので素直に受け取って美味そうに食べていた。
ささらもたいやきを買ってやると嬉しそうに食べた。
そして見つめていたらアーンと一口くれる。ああ、早く会いたい。

「そんで。俺に何の用だ?ツラかせってくらいだ。何か言いたい事あんだろ」
「おうよ!」
「よ!」
「食いながらでいいから、言ってみ」

そのためにはこの子たちの会話をさっさと切り上げる必要がある。

「もうすぐにーの誕生日なんだが」
「マコとリセはにーのためにプレゼントを用意したいのだ」
「でもにーはお姉ちゃんとデートなのだ」
「……帰ってこないのだ」

本人が徹底的に嫌がるのでケーキでお祝いなんてこともしない。
ご馳走もでない。プレゼントもしない。平和に過ぎていくバレンタイン。
爺さんが冗談めかしてチョコを買って来てからかったり
要らないからと逆に妹たちに女子からもらったチョコをくれるくらいだ。

「俺にどうしろってんだ。まさかささらを引き留めろとか言うんじゃないだろうな」
「ちがう。にーはお姉ちゃんと一緒に居たいの。分かるもん」
「にーがベース以外であんな好きになったのお姉ちゃん初めてだもん」
「マコもリセもにーの邪魔はしないもん。…でも、こんかいはプレゼントしたいのだ」
「お姉ちゃんの兄貴」
「言いづらいだろ。諒太郎でいいぞ」
「諒太郎!」
「たろー!」
「最後おかしいだろ」
「にーをここに連れて来てほしい!」
「ほしい!」

手渡された紙には「遊園地」の文字。

「遊園地…?なんだ。遊園地行きたいのか」
「それ違うよマコ!こっちだこっち!」
「うわわ」

慌てて訂正し別の紙を渡す。

「…こども音楽会、ねえ」
「にーにはないしょでオーディション受けたんだよ!ね」
「うん。おどろかしてやろうと思って。な!」
「予選を勝ち抜いたってわけだ。凄いな。で、ステージで兄貴に歌をプレゼントってか?
喜びそうだな。でもこれなら俺じゃなくても自分で誘えば」
「にーは今まで幼稚園のおんがくかい来てくれたことないもん」
「さそったけど。ジジイとかママしか来てくれないもん」
「…そら、なあ」

あの平良が幼稚園のお遊戯会に参加するというのは観てみたい光景だが
彼の性格上行くとは思えない。考えたら子ども音楽会というのも難しいかも。
ならば上手く他人が誘えば来るかもしれない。と、双子は思っている。

「お姉ちゃんに頼もうかと思ったんだけど。やめたの」
「にーにプレゼントしたいから。ちゃんときいてほしいから」

その時だけはにーを独占したい。双子の小さな我儘。

「そうか。わかった。じゃあ、俺がなんとかして誘ってやるよ」
「ありがとう」
「ありがと」
「平良もこんな可愛い妹居るならガレージ連れてきたらいいのに」

ささらも喜ぶだろうし。でも、無理か。あいつの性格上。
双子を家の近くまで送り届けかなり遅れたが家に帰る。
ささらにはこのことは言わないでおこう。
我ながら嫌な役回りになったが兄貴は妹にとことん弱いらしい。

「遅かったね」
「ああ。ちょっと寄り道」
「……」
「でもほら。土産にたいやき」
「……はんぶんこ?」
「はんぶんこ」
「食べる。あとで…一緒に」

それでいいと思っている自分はかなりの重傷だ。自覚はあった。


「あ。ここに居た。平良君」

翌日の放課後。ささらは教室を出て屋上へ上がってそれから
裏庭へ出て目当ての人物を探し当てる。彼はささらの声に反応せず
ただ目を閉じて今にも寝てしまいそうな顔。たぶん夜遅くまで作曲してた。

「…ん」
「今年のお誕生日は何曜日ですか」
「知るか」
「金曜日だよ。だから」
「……」
「もう。寝ないで。…学校終わってから2人で遠出しない?」
「…遠出?」
「うん。電車のって。バレンタイン限定のイルミネーションが」
「パス」
「言うと思った。けど。絶対に行くの。絶対!」

平良の隣に座っていつになく熱弁するささら。平良は目を閉じたまま。
イルミネーションとか音楽と関係ないイベントとか興味が全くないのは知っている。
でもせっかくのお誕生日を記念に残したい。ささらは。

「…バイクのが楽だ。そのままホテル直行できるし」
「うん」
「しょうがねえな」

といいつつ平良は妹やらこの花畑女やらに付き合わされていろいろ行ってる。
少し前の自分なら相手が泣こうが喚こうが絶対に行かなかったのに。

「それにね。速攻で学校を出ちゃえばチョコもらわなくて済むんじゃない?」
「意味ねえ。勝手に靴箱やら机んなか入ってんだ」
「それお兄ちゃんも言ってた。…かなめさんや元気も一緒なんだろうな」
「俺は要らない。お前から甘い匂いするから。それで十分」

何時も何かしらお菓子の甘い香りをまとっている彼女。
その日だけはチョコの匂いに支配される。
自分の誕生日を特別と思ったことはないけれど。

「ん…眠いんじゃないの?」
「ああ」
「……この手は?」
「さあ」
「…もう」
「ちょっと用事あるからお前の家に迎えに行く」
「そう。分かった。…あ…嫌…」
「分かったんだろ。……ほら。…もっと」
「……ぁ」

バレンタインの予定は決まった。それまでにチョコを買って来てみんなの分を作る。
去年から買ってくるチョコの数が一気に増えて両親は訝しがったけれど。
そこは適当にごまかして。それぞれに工夫したチョコと包装を買ってきている。
メッセージも添えて。年々手が込んできたとエリに驚かれたくらいだから。


「平良。ちょっといいか」
「何すか。バンドの話なら」
「いや。そのさ、今月の14日の話なんだけど…さ、お前の、その、予定を」
「……」
「何だよそのドン引きって顔は」
「いや。別に」

放課後、帰る準備をしている所へ珍しく3年生の先輩が入ってきた。
ささらは既にエリと材料の調達の為に教室を出てしまって居ないのに。
珍しいと思ったら目当ては自分だった。平良は訝しむ。

「よかったらさーちょっと時間あけてくれないか」
「申し訳ないんすけど、…いくとこあるんで」
「ささらとか」
「いや。うちのアホな妹どもが何かするらしくてそれを見に…周りが糞うるさいんで」
「へえ!」
「…何でそんな嬉しそうな顔してんすか?」
「いや?別に?」
「つってもちょっと見てすぐ帰るんで。それからあいつを浚って行きますから」
「分かってる。……いい兄貴してんじゃねえか、お前も」
「はあ?」
「じゃあな」
「片倉さん?」
「仕方ねえからバレンタインはお前に譲るがささらは譲らないからな」

釈然としない様子の平良に捨て台詞を吐いて去って行った。
何処までも謎な人だ。でも、自分だって譲る気はない。

「平良さん!これ!」
「は?」
「僕も作ってみましたチョコクッキー!」
「高宮」
「はい!あ。勿論美味しいですよ!皆さんに味見してもらったんで!」
「…とりあえず、殴らせろ」
「ほげっ」

良い感じで去ろうとしたら馬鹿が来たので1発いれておいた。少しスッキリ。




「にーにあげるチョコ選んでるの」
「るの」
「にしちゃあ明らかに自分の趣味って感じするけどぉ?」
「エリちゃん。いいんじゃない?ハート可愛いよ?きらきらネックレスもついて」
「いじわるババア」
「ばばあー」
「ば。…ババアだと!?あんたの兄貴と同い年なんですけど!!」
「エリちゃん落ち着いて声大きいよ」

偶然お店で鉢合わせた双子とささらたち。
彼女の小さいカゴにはピンク色の可愛いハート形のチョコ。
おまけが玩具のネックレスという明らかにそれ目当て。
たぶんチョコは兄にあげるのだろう。要らないから。

「諒太郎にも買ったの」
「ったの」
「え。お兄ちゃんにも?」
「うん。諒太郎は優しいしかっこいいからすきー」
「たいやきーうまかったー」
「あ。でもにーには負けるけどね」
「けどね」
「……、そう。そっか」
「あ。あかんやつや。これあかんやつや」
「なに?どうしたのエリちゃん」
「ブラックささらが出てきた」
「ん?なにって?」
「なんでもないですごめなんさい」

終始特に気にしてないそぶりをしながらも実はそうでもない事を
知っているのはエリだけだ。

「…お帰りお兄ちゃん」
「ただいま…てか、その、…ごめんなさい」
「……どうしたの?行き成り謝るなんて変なの」
「何だろう何時ものささらじゃない…俺なんかやらかしたか?」
「今年はお兄ちゃん幾つチョコもらえるのかな。楽しみだね」
「お、俺はお前のチョコだけが楽しみだよ?マジで。ほんと。マジで」
「……、へえ」
「だからほんとマジでマジですいませんごめんなさい!俺はささらが一番好きです!」
「ありがとう嬉しい」
「……」

その後、彼が速攻でエリに電話をかけたのは言うまでもない。

おわり



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