金木犀



散りゆく金木犀 前編 ...21




「思ってたより若かったじゃん」
「いや、37って言ってたし」
「あんた37ったらまだ若い方だって。遠かったけどかっこよかったし」
「だとしてもそれがどうしたって話じゃない。…え?かっこいいか?」

朝からずっとこの調子。確実に話のネタにされるだろうと予想は出来たけれど、
こんなに興味を持たれるとは。
借金の事だけは伏せてくれと頼んだがどうだろう、怪しいものだ。
教室でボリューム大で堂々と叔父さんの話をされて亜美は内心ヒヤヒヤしている。
借金で半夜逃げ状態ですなんて現状を皆に知られたくない。心配されたくないし、
今のまま穏便に終わりたい。由香がそんな言いふらす事はないと思うが。
とにかくマズイ奴に見られてしまった。

「何買ってもらったの?服?靴?カバン?アクセ?」
「別に」
「もったいぶっちゃって」
「は?よく知らないおじさんの話で盛り上がるとか意味分からん」

もったいぶってなんか無い。さっさとこの話を終わりたいんだ。
心の中で突っ込みをいれる。だけど、
こういう時に限って察してくれずに延々語り続けるから嫌になる。

「あ。もしかして妬いてんの?」
「はあ!?」
「そんなふて腐れちゃって。ははん、図星か」
「なにを言ってんのか」

確かに今は叔父さんと嫌々一緒に居るわけじゃない。
でもそう言われると反射的に否定してしまう。とにかく苛立つ亜美。
だがそれがまた肯定にとられたようでニヤニヤする由香。

「だって今にもキスしそうな感じだったじゃんあんたたち。
実は付き合ってるとか?禁断の愛に溺れているのですかー?」

怒鳴ろうと熱くなっていたものが急激に冷え込んだ。
見られてないだろうと楽観視していたが、やっぱり見られてた。
またまたニヤニヤする由香。

「何いってんの、目の錯覚だって」
「まぁいいけど。今度紹介してよ」
「いや」
「けちー。間近でオジサマと豪邸みたい」
「すんごい汚いから。おじさんああ見えてズボラで何するのも私に命令する人だから」

自分では目に見える場所しか綺麗にしない。後は全部家政婦である亜美任せ。
その前は業者に頼んでいたようで。亜美からしたら掃除が面倒だしだいたい
独り住まいなんだからあんな広い豪邸に住む意味がわからない。そこは変な人。

「じゃあさ、私も住み込みで働かしてもらえないかな」
「あほ」
「いいじゃない1人増えたって。短期でもいいけど」
「人がどんな思いであの家に居ると思ってんの」

辛くて泣いたんだから。とは、さすがに言えなかった。

「でも実際は楽しいんじゃない」
「た、たのしいって」
「別にオジサマが殴ってくる訳でも襲ってくる訳でもないんだから。
その上いろいろ買ってもらえてお屋敷に住めて。けっこう幸せじゃない?」
「し、幸せなもんか!」
「ね。ね。だめ?」
「だめ!」

言われてドキっとした。そんなの考えた事も無かったから。
今、自分が幸せだなんて。
何も告げられないまま家族に置いていかれて、まったく知らない会った事も無い
叔父さんの家に行かされて知らぬ間に借金の形になって。そんな自分が辛くて
外であることも人前である事も関係なく泣いて弱音を吐いて、
今まで以上に家族の事を考えながら悩みながら何とかここまで来たけど。
慣れてしまえば確かに最初ほど自分が不幸だとは思えない。恵まれている。


「亜美」

モヤモヤとした気持ちを引きずりながら迎えた放課後。家ではなく
あの屋敷へ戻る事に少し戸惑いながら廊下を歩いていたら先輩に呼び止められた。

「明日空いてる?」
「え?明日ですか?」
「放課後君の家に行きたいんだけど」
「え?だ、だめですよ。家今売りに出てるんで……あ、いえ、ちょっと用事で」
「そっちじゃなくてオジサマの方」
「先輩それなんで知ってるんですか」
「昼に由香が来て愚痴っていったよ。亜美が教えてくれないって」
「あのアマ」

何が私口は堅いほうだ。知ってたけどゆるゆるじゃないか。
ただこの先輩は今までの経験上彼女ほどお喋りではない。
そこはまだ安心していいと思う。

「別にオジサマに会いたいわけじゃなくて今描いてる漫画に屋敷が出てくるんだけど。
その雰囲気を掴むのにちょっとつかわせてもらえたらと思ってさ」
「えー。外観は結構綺麗ですけど中はきったなーいですよ?」
「外だけ見せてくれたらいいから。外観だけ軽くスケッチしたい。駄目かな」
「おじさんに聞いてみないと」
「わかった。じゃあ聞いてみて結果をまたメールで教えて」
「はい」

今まであの屋敷に来たお客といえば造園の人とあの威圧感たっぷりの女の人。
他といえば時折小包が届いてそれを受け取ったり新聞代を払ったりするくらい。
本当に人気の無い静かな屋敷。自分が居なかったらもっと静かだろう。学校を出て
スーパーで買い物をしながら亜美は何故だか叔父さんに断わって欲しいと思った。

でも、どうして?

外観を描くだけなら彼も了解してくれるに違いない。なにも悪いことじゃないはず。
なのに、どうしてこんなに嫌な気分なんだろう。自分でもよく分からないこの気持ち。

-つづく -

2008-03-01

....初稿2008年3月 / 加筆修正2015年7月.....


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