金木犀



日曜日の出来事 ...11




朝、目が覚めると恐ろしいほどの激痛が全身を襲った。
何も無ければこのまま昼間で眠る所だが何とか起き上がって着替える。
これから顔を洗って洗濯物を干して朝食を作るのに。何でこうなったのか、
考えるまでも無い。昨日の重労働の所為だ。遊びに行く気も失せる。

「どうしたの?腰痛いの?」
「お、おじさん何で平然としてるの」
「え?別に」

壁を伝いながら必死に歩いてきた亜美の前に平然と立っている叔父さん。
暢気におはようなんて挨拶してきた。信じられない、彼も動いていたのに。
そう見えただけで実はサボっていたのかこの人。

「私、筋肉痛で…」
「ああ。そうなの」
「…朝ごはん自分で作ってください」
「洗濯代わろうか」
「結構です!…あたたた」
「無理しないでね」
「はい」

自分と同じように筋肉痛で酷い目にあってると思ったのに、自分だけで悔しい。
中腰になりながら洗濯物を干してひーひー言いながらキッチンへやってくる。
朝食の準備といいつつトーストを焼くだけ。

「遊びに行くのに大変だね」
「まあ、何とかやります」
「若いんだしね」
「おじさんは今日どっかいくんでしたっけ」
「昼から少し。でも夕方までには戻るよ」
「はい」

何時もと何ら変わりないシンプルな朝食をとりながら自然に会話が成立する。
あれだけ反抗してたのに、気付いたらそうなっていた。
だんだん彼がどういう人か分かってきた事もあってか対応にも慣れてきたのかも。
相変わらず目があうとニコニコしているのが少し気味が悪いけど。

「もしかしたら夕方お客さんが来るかもしれない」
「げー」
「そんな言い方しなくても」
「何か日曜日なのに忙しいな」
「はは、そうかもね。まあ気の持ちようさ」
「そういうものですかね」
「そうそう」

朝食を終えて、片付けも済ませて部屋に戻る。足や腰や腕が痛くて仕方ないが
このままで行くのは嫌。余所行きの見栄えする服に着替えてカバンを持って。
忘れちゃいけない財布に1万と4780円を入れて。

「もーやだな…玄関遠いよ」
「亜美」
「あ。はい」
「気をつけてね」
「はい」

雅臣に見送られつつ屋敷を出た。
主の癖にこの人なにかと自分の周りに居るような気がするのは気のせい?
体中が悲鳴を上げながらもなんとか待ち合わせ場所へ向かう。それでも時間ギリギリ。

「どうした亜美。来る途中車にでもはねられたの?」
「不気味な事言わないでよ、…筋肉痛」
「なに?全身の筋肉を使うようなことしたの?」
「まあね」

叔父さんの膨大な本をせっせと片付けてましたとは言わない。面倒だから。

「大丈夫?」
「大丈夫。何とか生きてます」
「そんじゃ張り切っていきますか!」
「あんたは気楽でいいよ。ほんと」

こっちは家政婦なんて慣れないものさせられているというのに。
暢気に笑っている友人がちょっと恨めしい。
痛みを引きずりつつ電車に乗って駅から出てるバスに乗りやってきたのは
最近出来たばかりというだけに人だらけのショッピングモール。

「この前映画観に行くっていったでしょ?ここで観たんだ」
「ふうん」
「広くて綺麗でねなかなかよかったよ。亜美もさ、彼氏作って映画くらい行かなきゃ」
「そうだね。借金払ってくれる金持ちなら誰でもいいや」
「借金ってあんたまだ高校生じゃん」
「で。どうする?」
「ここブランドもの置いてるフロアあるんだって」
「ブランドもの?それこそあんた高校生じゃん」
「いいからいいから」
「はいはい」

映画なんて何年も観てない。もともとそんなに好きじゃないし。
ブランド物にもたいして興味が無い。雑誌で見て名前は知ってるけど
やっぱり手が届かないものばかり。たとえ気に入っても眺めるだけだ。
買えなくても構わない、見れただけでもいいと思う。わびしいけど。

「そういえばさ」
「ん」
「その後のオジサマはどう。元気?」
「信じてないくせに」
「信じる信じる」
「とってもお元気ですよ」
「オジサマって金持ちなんでしょ?何か買ってもらったりしないの?」
「ぜったい嫌」
「そう?」
「それに、今はそんなものより…」

亜美の目に弟が好きなキャラクターのグッズが目に入る。
そのすぐ傍には妹が好きな人形。何時もは買ってくれとせびられても
少ない小遣いだからと無視していたけど。今どんな生活をしているのか。
玩具とかがまだ欲しい年頃、今もちょっとは買ってもらったりしてるんだろうか。
何を見ても家族に結びついてしまって困る。心配でたまらない。

「亜美?」
「これ…買おう」
「あんた恐竜なんか好きだっけ」
「え?あ。うん。まあ結構」
「へえ」

結局自分のものは買わないで小さい玩具と人形を買って、お昼。

「あんたが誘ったんでしょうが!こっちは筋肉痛の中きたのに!」
「だって彼が会えないかって言うんだもん」
「ひどい奴だよあんたは」
「この埋め合わせは必ずするからさ。ごめん」
「いいよもう、…行け行け、いっちまえ」
「また明日ねー」

食べている最中に由香の携帯が鳴ってごめんねと席を立った。それから暫く
帰ってこなくて苛々していると。どうも彼氏と会うことを優先したらしく
自分の分の会計を済ませるとさっさと行ってしまった。

「…別れろ」

足取り軽く去っていく由香に呟きつつ、仕方ないのでもう少し見てから帰る。
バスの時間を確認して、まだ時間があるなと店をうろうろ。
どれも選ばれた店だけに品もよければ値段もいい。
まだ余裕があるのでお金の心配はないがとても気軽に買える品物ではない。

「……」

可愛いコートやカバンを見つけても値段で回れ右。
家族連れを見れば自分の家族とダブって落ち込んでくるし。
まあ、屋敷から出て気晴らしにはなったから良しとしよう。

- つづく -

2008-03-01

....初稿2008年3月 / 加筆修正2015年7月.....


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