金木犀



はじまり ...00



あんなに暑かったのが嘘のように気づいたらもう10月です。
これから来る本格的な冬に向かって
徐々に寒い風が吹きますね。皆様は今どちらにおいででしょうか?

「何だこの坂道…どこまで続くの…体育よりきついんですけど」

母と幼い弟妹だけをつれて家から忽然と姿を消したお父様。
朝起きたら誰も居ないなんてひどすぎじゃないですか?
貴方は鬼です。人でなしです。
何故私だけ置いていったのですか?本当は私だけ実子じゃないとかですか?

ここへ向かえというメモと地図とお小遣いのつもりか1000円だけ残して。
そこへ行けば会えるのでしょうか。もし会えたらこうなった経緯をちゃんと教えてくれますか?
さもないと一生恨み続けますよ、お父さん。

聞いてんのかこの馬鹿野郎。

「…あ、と、ここ?」

見慣れた家が並ぶ道からそれて長い坂道を只管に登れば、
そこは自分とは明らかに無関係なお金持ちの家が並ぶハイソな地域。
広い庭付きの、何人家族なのか巨大なお屋敷が右にも左にもならんでいる。
こんなのテレビの金持ち紹介番組くらいでしか見たことが無い。

ピンポーン

でもメモはこの家を指している。
娘の自分が言うのも何だが金に全く縁がないウチの父とこの屋敷の人との接点が全く分からなくて
間違いではないかと何度も確認した。来た道も表札も地図の通り。やっとの思いで来たのに
その豪邸に暫し呆然とした。迷っているとまだそこまで冷える季節ではないのに意地悪く寒い風が吹く。
もう何が何だかわからないけど、ここでボーっと突っ立っていても仕方ないから。

もしかしたら家族がここで待っているかもしれないから。

ピンポーン

勇気を出してインターフォンを押した。いったい何が出てくるのか。
メイドみたいな人とか居るのだろうか。執事とか?
家の人はどんな人なのだろう?家とどういう関係なのだろう?
出来れば怖い人は勘弁してほしいのだが。

「…返事ないな」

ピンポーン

もし居るなら置き去りにしたこととか全部許してやるから。
だから、誰か出て。こんな訳わからん所で1人にしないで。
ここに何もなくて振り返っても家には誰も居ないのだから。

「居ない、のかな」

何度もインターフォンを押すが返事が無い。もしかして留守なんだろうか。
事前に話しとかしてなかったのか。それとも故障してるとか、そんな事ないか。
頼むから出て。ここがだめとなったら次はもう何処へ行けばいいか分からない。
調子に乗って先週お小遣いを浪費したのが辛い。
とにかく今する事は父が残したメモの場所へ行くだけ。

「どうしよう…帰れないし…」

こんな寒空で、ひとりぼっちで、誰も出てこなくて。泣きそう。

『はい。何方ですか』
「あ。あの、私」
『あ。もしかして亜美ちゃん?」
「はい。…そうですけど、…あの」
『今あけるね』
「……」

目が潤んできた所でやっと帰ってきた声は男のもの。それもけっこう年上。
相手は自分の事を知っているようだが、声だけではどうも判別できない。
重々しい門が開いて玄関まで少し歩きますます謎が深まる。
本当に何で一体どういう関係の人?お金持ちなのは確かだけど。

「いらっしゃい」
「…あの、こんにちは」
「はいこんにちは」
「……」

玄関は開いていて、恐る恐る中に入る。こんな広い玄関初めて見た。天井も高い。
シャンデリアが綺麗。キョロキョロしていると男性が1人此方に向かって歩いてきた。
でも緊張して上手く言葉がでない。相手はニコニコと微笑んで亜美を見ている。

「あれ。その様子だと分かってない感じだね」
「すいません、何方でしたっけ」
「私、叔父さん」
「はい。おじさんです」
「だから、叔父さん」
「はい、おじさん」
「君、もしかして頭の中の漢字変換間違ってないかな?」
「え?漢字あるんですか」

男性は苦笑いして腕を組む。亜美はテンパって軽い混乱。
おじさんはおじさんだろう。正直そこまで若者には見えない。
怖くて意味がわからなくてその顔をよく見る事ができないが。

「…ええと、君のお父さんの弟になるわけで」
「あははは、またそんな嘘言って。お父さん見たこと無いでしょ?アレと兄弟って。あはは」
「豪快に笑うね君。信じないなら構わないよ。それより、手紙預かっているよね」
「あ。はい、これです」

亜美へ、と書かれたメモと一緒にこの大野さんへと書かれた手紙も預かっていた。
その封筒を渡すと丁寧に破いて中の手紙を読み始めた。
亜美には父から弟を紹介された事はないし、もちろん会った記憶もない。
この自称叔父さんは顔も見た目も家の40代後半の父親の弟には見えないし。

「どれどれ」

何故か昔から親戚関係とは縁が薄かったから、もし過去に弟なんて話しに出たら
絶対覚えているはず。それもこんな背が高くて涼しげで綺麗な顔立ちの人。
油ギッシュで頭がやばい感じになっている父の弟だなんて、絶対おかしい。へん。

「…じゃあ、これで」
「あ。駄目だよ」
「え?」
「君、一応借金の形だから。ここに居てもらうよ」
「え?シ…シャッキン?」
「うん。君のお父さんは私に借金をしている」
「おいくらほど」
「500万くらいかな」
「はあ!?」

そんな話一切聞いてない。昨日まで何も変わりない何時もの父だった。
500万もの大金を何の為に借りた?そして何故形に自分が?
疑問符ばかりで何も分からない。もう涙も出ないほどに混乱している。
人前でも構わず大きな声を上げてしまうくらい押さえていた感情が爆発した。

「はは、面白い。表情がよく変わるんだね」
「変な事言わないでよ!普通の会社員のお父さんがそんな借金なんかするわけ」
「ほら。これが誓約書」
「え?あ。お父さんのサインとハンコ…ええ!?」

そんな亜美の慌てふためく表情を面白そうに眺める自称叔父さん。
ちょっとムカっとした亜美だったが契約書は父の字だったし判子も藤倉とある。
父がこの自分物に多額の借金をしているというのは嘘ではないようだ。
でも、腹が立つ。

「ね」
「ねって!おかしいでしょ!あんたやっぱヤミ金かなんか!?」

思ったより怖くないし穏やかな人に見えたのに子どもを形にして金を貸すような相手。
内面は凶暴な男かもしれない。いっきに恐怖に変わり警戒心が満ちていく。

「まあまあ落ち着いて」
「やくざだ…」

絶対に仲良くなれそうに無い(自称)叔父さん。
これが亜美の第一印象だった。

- つづく -

2008-03-01

....初稿2008年3月 / 加筆修正2015年7月.....


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