女の意地


短大での講義が終わって帰る為の片付けをしている教授。
亜美は人が出て行ったのを見計らい、何時になく甘えた声をだして
そんな彼に近づく。手や腰などへのボディタッチも忘れずに。

「お疲れ様ですぅ。雅臣さん」
「……、幾ら欲しいの」

淡々と片づけを続けながら叔父さんは尋ねる。

「やだ。もう。何でそんなー…1万円」

エヘヘと可愛らしくいいながらもスッと手を出す亜美。
他に誰も居ないことを確認してからジャケットから財布を取り出し
彼女が望んだ通り、1万円を渡してくれた。特に渋る様子は無い。
ただ、唐突に金を要求してきた理由には興味があるようで。

「確か今日は亜矢ちゃんと買い物するんだったね。それで夕飯でも食べるの?」
「余ったらアイスでも買います。まずは水着」
「ああ、確かにこの前見た時少しキツそうだったな」

正志もぐんと背が伸びていたし亜矢だって成長している。
なのに以前行った海の時と同じ水着だった。
亜美は新しいものを買ってあげようとしているのだ。

「亜矢の体を見てるなんてこの変態ロリコン!」
「君に関しては認めているけど、亜矢ちゃんに関しては否定する」
「えー…なんか意味わからん。そういう事で今日は遅くなります」
「分かった。彼女に似合う可愛い水着があるといいね」
「……」
「だから、その犯罪者を蔑むような目で私を見ないで」

何で亜矢の事を話すたびにロリコン扱いされるのだろう。
彼女だって立派に姪なのに。またそんな文句を言おうものなら
激しい暴行を受けるのは必至。なので黙っている。

「バイト代入ったら返しますから」
「返さなくていいよ。と、いっても君は聞かないだろうから君の好きにして」
「じゃあ行きます」
「気をつけてね。電話してくれたら迎えに行くから」
「でもそれじゃお酒飲めませんよ?」

そう言って笑いながら去っていく亜美。
彼女が居ないのに飲んでも楽しくは無い。だから問題なし。
見送ると片づけを済ませ雅臣も講堂を出た。

「お姉ちゃん」
「亜矢。待った?暑かったでしょ?ジュース飲む?」
「いいよ。お茶持ってるもん」
「そっか。じゃ行こう」
「うん」

待ち合わせ場所には既にランドセルを背負った亜矢の姿。
夕方で少し日が翳ってきているとはいえそれでも十分に暑い。
何時も一緒に帰っている正志には事前に話をしていて
今日はついて来ていない。姉妹で手を繋いで街を歩く。

「亜矢見てごらん可愛い水着いっぱいあるよ」
「子どもっぽい」
「えっ。そ、そうかな。可愛いと思うけど」
「…水着とか、そんな興味ないもん」

ショウウィンドウに飾られている子ども用の水着。
亜矢は少し反応するけれど気を使ってか食いついてはこない。
今日は母親に似合うバレッタを探すというのが表向きの理由。
この前お気に入りが壊れてしまったらしい。

「亜矢にはね、こういうピンクとかいいんじゃないかな」
「お姉ちゃん。お母さんのバレッタ買いに来たんだよね」
「そうだけど。ついでに亜矢の」
「いらないよ」
「……ぅうむ」

そう言うとさっさと売り場を去っていく亜矢。
これは難しい。どうやって選ばせたらいいのだろう。
適当に似合うものを選んで買ってプレゼントというのも手だ。
けど、やはり妹が気に入ったものがいいと思うのが姉心。

「これどうかな」
「お。いいんじゃない?花の柄が綺麗」
「お母さんならどんなのでも似合うもんね」
「そうそう。あんまりいいの買っちゃったら変なのに付きまとわれるかもしれない」
「…あ…ありえる」
「冗談だってば」

さすがに自分たちが普段行くような店のバレッタは派手だろうと
落ち着いた年齢の人が買うようなアクセサリーを売っている店へ。
いかにも高そうな空気にちょっと緊張するけれど母の為だ。

「ねえお姉ちゃん」
「ん?」
「…亜矢も大きくなったらお母さんみたいに綺麗になるかな」
「なるって。お母さんの娘だし」
「お父さんに似てたら?…亜矢、…てっぺんハゲちゃうの?」

頭をなでて心配そうな顔をする亜矢。
確かに父親は最近ちょっとばかし頭のてっぺんが薄い。

「そんな怖い似方はないから。お姉ちゃんが保障する亜矢はお母さん似」
「正志似ちゃったら…ハゲちゃう」
「あー。いいんじゃない?男だしいざとなったら坊主にすりゃ」
「そっか」
「そうそう」

正志に関しては特にフォローしない姉であった。
今頃家でクシャミでもしているかもしれない。父親と一緒に。
懐が暖かいので金銭的な問題もなく母の為にバレッタを買った。
絶対喜んでくれるよねと笑いあっていい気分。

「アイスとカキ氷どっちがいいかなぁ」
「カキ氷のアイス乗せなんてあるよ」
「お姉ちゃん太るよ〜」
「う。…カキ氷にしようかな私は」
「亜矢も!」

途中でカキ氷を買ってベンチに座る。甘くて冷たくて美味しい。
あとは帰るだけだけど、その前に水着を選んでやらなければ。
何かきっかけがあればいいのに。亜美は考える。

「時々考えるの。もし亜矢と私が逆だったらって」
「逆?亜矢がしゃっきんのかた?」
「そう。今は叔父さんが悪い人じゃないって分かってるけどさ。最初の頃は
何もわからなくて、寂しくて、悲しかった。泣いてばっかで。そんなとこに
亜矢が放り込まれたらどうしようって。凄いつらい気持ちになった」

慣れなくて夜部屋でこっそり泣いたりとか。
誰かに相談したくても借金の形なんて話しあまりしたくないし、
言っても信じてもらえなかったりで。かなり尖ってたあの頃。
それは辛かったけど、やはり行ったのは自分でよかった。

「怖いよね。寂しいよね。…亜矢も泣いちゃう」
「でも、お陰で強くなった部分もあるし。良い暮らし出来るし。どっこいどっこいかな」
「おじちゃんかっこいいし優しいもんね。亜矢好き」
「亜矢、叔父ちゃんが妙に馴れ馴れしく触ってきたら構わず蹴り飛ばすんだよ」
「え?何で?」

流石に小学生相手に妙な事はしなかったと思うけど。
不意に心配が過ぎる亜美。亜矢はポカンとしていたが。
カキ氷を食べ終えてゴミを捨てて歩き出す。

「亜矢。水着買おうか」
「え?」
「キツい水着は卒業して新しいの買おう。決まり」
「でも」
「いいから。ほら行くぞ!」

亜矢の手を引っ張り水着売り場へUターン。子ども用でも侮れない。
地味なもの可愛いものからセクシーなものまで様々だ。
戸惑う妹に亜美は笑顔で促す。好きなものどれでもいいよと。

「これとか」
「亜矢は大人っぽいのが好きなんだ」
「…似合わないかな」
「よし。こういうのじゃんじゃんもってくるから選びな!」
「お姉ちゃんそんな張り切らなくても」
「いいからいいから」

友人の何気ない言葉に置き去りにされ寂しかった自分は
実はとても恵まれているのだと気づいた。
妹弟たちには無理をさせたくないとか思いながら。
だからこんな時くらい意地でも楽しませてやらなければ。

「亜矢だけ買ってもらって正志怒らないかな…」
「どうせ男はパンツ一丁だ」
「…ありがとうお姉ちゃん」

最初はしり込みしていた亜矢だがやはり女の子可愛いものは好き。
ちょっと大人っぽい水着を買ってついでにサンダルも買って家路につく。
正志にはまた今度たこ焼きでも買ってやろう。


「亜矢!姉ちゃん!」
「正志」

家の前まで来た時、正志の大きな声。

「あのね正志」
「亜矢、母ちゃんの手伝いしないと。荷物俺もってってやる!」
「え?…うん。ありがとう」

亜矢の荷物を受け取ると彼女に台所へ行くように促す。
何時になく優しい正志を変に思いながらも母の手伝いへ。
家に入ったのを見計らって正志は亜美を見た。

「ありがとう姉ちゃん」
「いいよ。また何かあったらいいな」
「デカタコのソースたこ焼きデラックスがいい!」
「よっしゃ。絶対行こう」
「うん!…あ!…なんだよこの水着背中開きすぎだろー」
「こら。何勝手に見てんだ食べ物なんて入ってないよ?」

ごそごそと袋を開けて中を見る正志。まるで品定め。

「こんなの着て亜矢に変なのが来たら困るだろ」
「ンな。大丈夫だって」
「姉ちゃんと違って亜矢は可愛いから」
「あれ?お姉ちゃんは可愛くないのか?」
「そこそこ?」

笑いながらも殺気をこめて聞いた亜美に対し冗談めいてもなく
実に真顔で言ったので気合を入れて拳骨を頭に喰らわせた。
確かに亜矢の方が可愛いも知れないとちょっと思ってたけど。
そんなはっきり言われるとショック。

「可愛くなくて悪かったな!」
「いてぇ…うぅ…かわいいれす。きれいれす」
「嫌々言うな。もう1発貰いたいのか」
「玄関先で殴り合いはやめてちょうだい」
「あ。お母さん」
「正志、お父さんの相手してあげて」
「えー」

文句を言いながらも母親には敵わないので荷物を持って家に入る。

「あ、あれね叔父さんにちょっと借りたけどバイト代で返すしそんな全然」
「そうなの?さっき雅臣さんに電話したら亜美のお金だからって」
「え。電話したの?」
「何かとお世話になってるから今回もそうだと思って、お礼を」
「そっか。まあ、ちょっとだけね」

さりげなく去るつもりだったけれどちょっとこそばゆい。
母親が叔父さんに電話するんて考えもしなかった。
でも、確かに何かやるたびにあの人に頼っている。

「ありがとう亜美」
「ねえ、お母さん」
「なに?」
「私はお母さん似?それともお父さん?」
「どうしたの急に。…そうねえ、亜美はお爺ちゃん似かしら」
「嫌だ!」

母方ならまだしも父方だったら。嫌だ。

「そう?」
「なんとなくやだ。じゃあ、そろそろ行くね」
「気をつけてね。寄り道しないでまっすぐ帰るのよ」
「ふふ。何か変な会話。ではまた母上」

母に手を振って家を出る。寄り道しないで叔父さんが待つ屋敷へ。
すっかりそれが普通になっている。それが少し可笑しかった。
今日は冷蔵庫の中のモノを使って夕飯を作ろう。



「うまく行ったのならどうしてそんなふて腐れているの?」

何時ものように叔父さんの部屋に食後のお茶を運んできた。
帰ってきてから何となく不機嫌そうに見える亜美。
何かあったのかと聞いても何も無いという。でも明らかに変。

「別にぃ。ただ雅臣さんの愛が他所に移らないか心配なだけ」
「え?」

亜美らしからぬ発言につい飲みかけたカップを止める。

「というのは冗談ですけど、私も亜矢を見習って可愛らしくなりたいな…みたいな」
「それは新しい種類の冗談?」
「頭突きしたろか?」
「でもほら、君は考えるより先に手が出る種類の人間だから。
亜矢ちゃんのように可愛くなるにはかなり無理が」

危ないのでどけましょうねとカップを取られテーブルに置いてから
ゴツンと鈍い音が双方の頭の中でした。

「雅臣さんの馬鹿」
「痛いよ…少しは手加減してくれないかな。君が可愛くないとは言ってない。
ただ亜矢ちゃんのようになるのは君の性質から考えて難しいというだけで」
「私だってお母さんに似て綺麗になりたい。亜矢みたいに可愛いって言われたい。
お父さんに似てハゲたくないし浮気野朗なお爺ちゃんにもあんまり似たくない」
「なるほど。…兄さんそんなに…?」

亜美は先ほどよりもさらにふて腐れた顔をしてソファに体育座り。
何となく彼女が不機嫌な理由が分かった。その肩を抱いて
軽く頬と耳にキスをしたら嫌がられた。けど構わず続ける。

「んもぉ…盛るな…」
「君が魅力的なのがいけない」
「…そんな…魅力あります?」
「あるよ」

真面目にしょげているのにちょっかいを出されて迷惑そうにしながらも
彼から魅力的だといわれて本音は少し嬉しそう。徐々に受け入れてくれる亜美。
その唇を奪い手はさりげなく彼女の太ももへ。

「っ…あ…いや。…今?…お風呂の後の方が」

そのままスカートを巻くし上げられシャツも脱がされて。中断する気配はない。
亜美は汗の匂いなどしないかとちょっと心配するが、
結局は彼の好きなようにさせる事にした。こんな時つい甘くなる。
何て考えている間にも本格的に亜美に覆いかぶさり首筋に舌を這わせた。

「君にしかない良さがあるよ」
「おっぱいとか?」
「これは私のもの」

何ですかそれはと軽く拗ねた顔をして見せるがすぐに手を伸ばし、
いったん彼を押しのけ座らせると今度は逆に雅臣の膝に座った。

「よっしゃ!こうなったら意地だ!お母さんや亜矢に負けないところを
存分に教えてもらおうじゃないですか。私の魅力的なとこを!さあ!」

気合を入れブラを外しその辺に投げ捨てた。プルンと揺れる豊かな胸。
ヤケになってるのは自分でも分かっている。そしてこのテンションに
若干雅臣が引いているのも。全部わかってる。けどもうそれも意地だ。

「えぇ…」
「おっぱい以外でお願いしますよ?おじさま」

ここに来るまでに彼女に何があったのか詳しい話は雅臣は知らない。
ただ彼女の言葉からなんとなく察したというくらいで。
亜美は亜美でいいと言いたかったのに。

「亜美怖い」

実際出たのはその言葉だった。



「おじちゃんどうしたの?元気ないね」
「暑いからちょっと疲れたのかな」
「水分ちゃんと取らなきゃ駄目だよ?亜矢のお茶のむ?」
「ありがとう。大丈夫だよ」

数日後。新しい水着を着てまたあの市民プールにやってきた4人。
雅臣がイスに座ってボーっとしていると亜矢が心配そうに近づいてきた。
彼女が選んだ水着。正志は気にしているようだが似合っていて可愛らしい。

「無理しちゃ駄目だよ?」
「優しいね、亜矢ちゃんは」
「おじちゃんも優しい。亜矢好き!」
「そう?そう言われると私も」

嬉しい、と言おうとしたら背後に気配と殺気。

「亜矢、正志が呼んでたよ。遊んでおいで」
「はーい!」

亜矢をプールに戻すと空いていた隣のイスに座る。
怒っているかと思いきや思いのほか平静で。
逆にそれが怖くもあるのだが。

「あの、亜美?」
「この前の監視員さん居ないかなぁ」

声をかけてみると無視するようにプールを眺める亜美。

「どうして?あんなに君の良さについて語ったのに」
「言ってる事の大半がただのシモネタだったおっさんはお静かにしてください」
「君が積極的に迫ってくるから私も負けじと」
「うるさい。本読むんで邪魔しないでください」

視線を戻し持って来た本を眺める。でも頭には入ってこない。
此方をじっと見つめている叔父さんの視線が刺さる。
あの日の事は頭から火が出るほど恥かしくてもう忘れたい。

「探している彼が居たらそっちへ行くの?」
「行きませんよ。手掴んでるおっさんが隣に居るから」
「じゃあ、2人が上がってくるまで君のいい所を述べてみようか」
「いいです。私はセクシー路線で行くんです」
「行かなくていい。保母さんにセクシーさなんて必要ないよ」
「雅臣さんの前でだけ。ね?」

亜美を行かすまいと掴んでいる雅臣の手にそっと自分の手を乗せ、
ウルウルとした瞳で雅臣を見つめる亜美。

「……ファミレス?寿司?」
「ううん。デカタコのソースたこ焼きデラックス」
「分かった。ご馳走しよう」
「わーい。叔父さま素敵。かっこいい。ふとっぱら」
「無理して言わなくていいから、…後で優しくしてくれるかい?」
「私は何時でも優しいつもりですけど。まあ、ご要望とあらば」

さりげなく手を繋いで見詰め合う。キスしようかなとお互い思った時、
その目の前を見知らぬ子どもがガン見して去って行った。
やっぱりここでは無理そうだねと苦笑した。


おわり


2010/07/27

inserted by FC2 system