愛ある行動を!


無理だと諦めていたのに今ここにある花の短大生活。
新しく友人も出来て、比較的自由な生活を満喫している。
初めの頃は自己紹介などするたびに、
今の自分をどう説明すべきか悩んだものだが。それも昔。

「ねえせんせい」
「ん?」
「腹減ったんですけど」
「だから先に帰ればいいと言ったのに」
「まさかここまでのめり込むとは思わなかったものですから」

何時でも帰れる準備をして椅子に座っていた亜美。
待つのに飽きてだらしなく頬杖でも付いてやろうかと思ったがここは図書館。
これでも人の視線と言うものを気にするタイプだ。
視線の先の教授は探している本があるようでそれにかかりきり。

「タクシーで帰る?」
「クソクラエ」
「将来保育士になろうというそういう人がそんな言葉を使うのはよくないよ」
「じゃあ、どうぞうんこをお食べください」
「そんなものは食べないから少し黙っていてくれるかい」

屋敷に居る時は気持ち悪いくらいベタベタしてくるくせに。
短大に来ると、というか家を出るとスイッチが入ったようにクールだ。
コチラも叔父さん面してベタベタされるよりはいいけど。
あんまりにも扱いがあっさりというのも彼女としては嫌なものがある。

「…ストーカーが居るんです」
「どんな人物?」
「よくは分かりませんけど。男です。ここの所屋敷帰る途中とか視線を感じて。
振り返ったら何もないっていうのが何回か続いて。
でも見たんです電柱の影から此方をじーーーーっと覗き込む男の影。怖いです」

お腹も空いたし夕飯や洗濯物の事もあるから帰れるもんならさっさと帰りたい。
心配させたくなくて親にも言えずにいた。けどまたついてこられたら怖い。

「曜日は?毎日ずっと?」
「毎日じゃないです。曜日も金土が多いかな」

だから近くに居て彼氏でもある叔父さんには話そうときめたのに。
慌てるぶりもなく視線と手は本を探しているのが癪に障る。

「ああ。今日は金曜日だね」
「でしょ?だから」
「私はもう少しかかりそうなんだ、やはりタクシーを」
「もういいです」

亜美はブチ切れた。鞄を持って図書館を後にする。
いくら関係がバレないようにしなければならないからって。
あんまりだ。こっちは本気で怖がっているのに。
どうせ信じてないんだ。嘘だと思ってるんだ。最悪。最低。


「珍しいな。そっちから誘ってくれるなんて」
「別に誘ってるわけじゃなくて。途中まででいいから乗せて欲しいだけで」
「素直じゃないなあ。まあ、そこも可愛いけど」

短大で出来た友人の友人だった男に白羽の矢を立てる。
女友達にだって言えば乗せてもらえるが幾分か腹いせも混じって
普段なら決してしない他の男の車に乗り込む事にした。
どうせ今頃図書館で大好きな本と語り合っているのだろうし。

「へんなとこ触らないで」
「まあまあ。あ。ついでに俺の部屋とか」

駐車場へ向かう途中やたら肩を抱こうとする男にちょっと辟易。
人選誤ったかなとか今更な事を考える。そこへ。

「誰が彼と帰っていいと言った?」
「は?何ですか急」
「君が話す必要はない。私は彼女に用がある黙っていなさい」

どうやら追いかけてきていたらしい剣呑な目つきの叔父さん登場。
亜美は長い付き合いの中で数回これを見た事がある。
で、こうなったら後は大抵ヤバイ目にあうのがオチで。
つい男から逃げるように離れる。

「だから何なんですか、俺らは」
「俺ら…?」

また一段と険しい顔をする叔父さん。ダメだ。こりゃダメだ。
亜美は本能で察知して彼に謝りながら叔父さんの手を引っ張って逃げる。
あのままあそこに居たら予測不能な、でも必ず惨事になっていた。
穏やかそうに見えてこの叔父さんは結構頭に血がのぼるのが早い。


「もー。いい歳して学生と喧嘩でもする気ですか」
「彼の態度は矯正すべき点が多々あるようだね」
「イヤその前にあんたでしょうに」

何とか人気のないところまで避難して立ち止まる。
追いかけて来てくれたのは内心嬉しかったけど。
殴り合いの喧嘩までされたらたまらない。
こっちは無事に家に帰りたいだけだ。彼とあのままはちょっと怪しかったけど。

「そうだね。私は君にもっと愛情を持って接するべきだった」
「すいません言葉があまりにも寒くて凍えそうです」
「今日はもう帰ろう」

意外や意外、怒るどころか優しい言葉をかけるなんて。
これはさらに危ない兆候かそれとも彼も成長したということか。
とりあえず叔父さんの車に乗り込み屋敷へと戻る。
途中何度もキョロキョロと窓から外を見てはため息の亜美。

「私そういう体質なんでしょうか」
「そういうって?」
「変態とか変質者とか変な人に好かれるっていうか」
「それ全部同じ意味だよね」

赤信号で止まった車。ラジオをやめて自分の好きな曲をかける。
勝手にかえられてちょっと不服そうな顔をした雅臣だったが
それを気にする亜美ではない。軽く口ずさんで楽しそう。

「どう思います?」
「どうと言われても。まあ、蓼食う虫も好き好きという言葉があるくらいだから」
「ええっと。つまり今ここで俺の頭をドリルでくり抜いてくれという事ですか?」
「私はそんな君を愛してるよ」
「…蓼なんですね私は」

会話になってるのかないのか不明だがとりあえず車は青で出発。
買い物はしないでまっすぐに帰る。亜美が冷蔵庫のモノをつかって
創作料理をするとか言い出す日は決まって胃薬が居る日だ。
それにも慣れてきたけれど。

「ほらほら。おじさん居るでしょストーカー!」
「指をささないで大きな声を出さないで」
「どうして?ほら、捕まえてくださいよ。彼女が襲われてもいいんですかっ」

車を降りてすぐ亜美は自分に向けられた視線に気付く。
急いで反対側の叔父さんの下へ行きその方向を指差した。
すぐ傍の電柱からこっそり此方を覗いている影。

「自分で確かめてきてごらん」
「うわ。この老体がっ」
「酷い暴言を吐くね君。ほら、いいから」
「襲われたら叔父さんと別れる!二度と会わない!」

何でか弱い女の子に行かせるんだあの野朗。
酷い暴言を吐きながら仕方なく門を出て電柱に近づく。
腹立たしさにもうストーカーなんてどうでもいい。
変な事してきたら鞄で一発頭にお見舞いしてやろう。

「あ、あの」
「死に晒せぇ変態やろおおおおお!!」
「ぎゃああ!」

というか考える前にもう手が出てた。
ストーカーは聞いたことある悲鳴をあげて地面に倒れた。
亜美の鞄が見事に頭にクリーンヒットしたから。



「ごめんなさいお父さん」
「…い、いい…いい」
「大丈夫?病院で精密検査とか…」
「そんなもんいいさ。俺は石頭で通ってるんだ」

ははは、と笑ってくれるけどさっきまで気を失ってて
うっかり父親を撲殺してしまったかと本気で怖くなった。
ストーカーの正体は自分の父親だったなんて。

「初めから知ってたんですか」
「知らなかった。君から話を聞くまではね」
「気づいてたなら教えてくれたら良かったのに」

寝ている父を残しいったん部屋を出る。
そこには様子を見に来た叔父さん。
亜美は恥かしそうに頬を赤らめ場所を移動する。

「家に帰ってから話をしようと思ってたんだ」
「私怖がってたのに」
「もちろん君に危害が及ぶ可能性があったら話は別だよ」
「ほんとに?本の方が大事とか」

夕飯の為に台所へ。冷蔵庫を開ける前に雅臣に抱きつく。
すぐに抱き返されて頭にキスが落ちた。

「本は時間さえあれば見つけられるけど、君はそうはいかない」
「……雅臣さん」
「ほっといたら気ままに他の男の車に乗ってしまう」
「……」

あ。なんかこれヤバイ空気だ。
亜美はそれとなく叔父さんから離れようとするが
そうはさせるかとガッチリ抱きしめられていて脱出不可能。
ブワっと嫌な汗を全身にかいて心臓がやたら早くドキドキしている。

「俺たち?…冗談じゃない、君の隣は私のはずだろう?ねえ?亜美」
「そ、そうですね」
「こんなに腹立たしいのは何年ぶりだろうか」
「ストーカーの事も解決したしもういいじゃないですか。ね?」
「どうも君は忘れてしまっているようだから、もう一度確認しよう」
「何ですか」

恐る恐る顔を上げると彼の大きな手が亜美の頬を撫で。

「私はね、とても嫉妬深いんだよ」

それはそれは怖い笑みを浮かべ言うものだから、
そんなの知ってる身に染みてよく分かってるから!
という抗議の言葉が出なかった。

「………と、…さんに…おかゆ…とか…作ります」

代わりにしどろもどろの言葉を紡ぐ。
何でストーカーまがいの事をしたのか聞き出したいし
このどうにもなりそうにない空気を緩和してくれるだろう。
いくらなんでも兄貴の前でその娘にちょっかいだすとか
そこまでクレイジーな叔父さんではないはずだ。


「それじゃあ私は兄さんを送ってくるね」
「すまなかった亜美、許してくれ」
「え。あ。うん。それはいいよいいけど…」

予想に反してあっさりとストーキングの理由を話し家にかえる父。
いやもっと粘れよ。夕飯一緒に食べていけよ。気まずいよ!
娘の心の中の叫びは当然のごとく聞こえなかったようで。
叔父さんの車であっという間にさようなら。

『まあ。お父さんが?』
「そうなんだ。私に彼が出来たのかを確認する為に尾行してたんだって」
『心配性なんだから。ほんとに、ごめんなさいね?』
「お母さんが謝る事じゃないし、でも、何か悪いなぁ」
『後悔のないようにね。お母さんは、それだけを願ってるんだから』
「ありがとう!…何か泣けてきた」
『もう。亜美ったら』
「あはは」

今、ちょっとだけ後悔してるんだと言ったら何て言うかな。
電話を終えると暫くして遠くで自分を呼ぶ声がする。
父を送り届けて帰ってきたのだろう。

「ここに居たの」
「居ました」

そしてあっさり見つかる。

「その本はお薦めするよ、面白い」
「難しい字ばっかで眠くなってたところです」

亜美が居たのは書庫。もはや図書館と言っても過言ではないが。
ソファに座って適当に取った本を読んでいた、というより眺めていた。
叔父さんが入ってきてその隣に座る。

「夕飯の準備は?」
「特売インスタントラーメン或いはうどん」
「なるほど。凄い手抜きだね」
「ねえ、雅臣さん」
「ん?なに?」
「私のコレはナニ暮らしになるんでしょうね?」

本を棚に戻し尋ねる。
叔父さんと暮らしているって言うのも何かへんな返事。
1人暮らしでもない。何て表現すべきか。

「隣の部屋で考えようか」
「うそ臭ぇ」
「またそんな言葉遣いを」
「教授の嘘が臭いです。排泄物並みに」
「君ね。まあ、いい。その辺の事についても話をしようか」
「…ベッドで?」
「そう。嫌かな」
「いいえ」

結局何も答えらしいものは出てこないのだが、
このままでもマアいいかと翌朝痛む節々をなでながら思う。ついでに
自分をがっつり抱きしめいるおっさんの腕を捻ってやって。

「……ん。…痛い」
「あ。住み込みのバイト?」
「そんなのしなくていいよ」
「……介護」
「なに」
「べつに」


おわり

2010/02/11
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