その後


「ねえ、殿山君」
「はい。何ですか」
「1つ聞いてもいいかな」
「構いませんけど、理不尽な質問はやめてくださいよ?」

またか、と見えない所で苦々しい表情をする。
今日は大人しく机に向かっていると安心していたのに。
気を抜く隙を狙っていたのだろうか?だとしたらまんまとやられた。
専用のコップにコーヒーをいれるとそれを上司の机の上に置き自分の席に戻る。
最近手に入れた教授の助手という席。
だけどやっと買い換えた新品のパソコンが本や資料で埋もれている。
仕事がら仕方がないとはいえ、それが何となく寂しい。

「その、君の主観でいいんだ。どうだろう、私は臭うだろうか」
「においは誰でもするでしょう、先生に限ったお話ではないと思いますが?」
「いや、そういうにおいではなくてね。こう、人を不快にさせるようなにおいという事だよ」
「においにも趣向というものがありますから、一概にはいえないと思います。
少なからず僕は不快ではないですよ?もっと酷い人いますから研究室とかに」
「そう」
「女子生徒に何か言われたんですか?あの年頃は何かと口うるさいですからね。気にするだけ無駄です」
「いやぁ、そういう訳ではないんだけどね……はは」

そんな助手の乱雑な机と似たような状態なのがこの広い部屋の主である教授の机。
最近は何とか片付けるようになったのだが如何せん何処に何をどういう順番で並べていたかすぐ忘れる。
片付ける時間はあるのに、それをああだこうだと屁理屈をこねては片付けない。
子どもかと突っ込みたくなる。誰かに教えてもらったらしく紙に色々書いては整理しているが
それも追いつかない。何時か崩壊すると踏んでいる。

「それとも次回の論文はヒトの体臭についてですか?」
「いや、他人の体臭に対しては興味がないんだ」
「よかった。僕も興味がありませんし嗅ぐのはごめんです」
「若い者からしたら、私は臭いのかなぁ」
「若い者って、先生も十分お若いですよ。特に精神面が」
「そう……、でもね、何気ない言葉が胸に刺さるよ。やはり歳かな」
「若い女の経験値なんてたかがしれていますよ、先生のような方が気にすることはないです」
「……恋人だとなおさら」
「先生?」

助手がいれてくれたコーヒーを眺めながら、雅臣の脳裏には昨晩の出来事が甦った。


「あさって大掃除しちゃいますから。準備してくださいね」
「うん。わかった」
「慧と恒も手伝わせますんで。おじさんは自分の部屋を片付けてください」
「私も手伝うよ、何か必要なものはない?」
「大丈夫です。何とかいけると思います、また何かあったらその時に」
「わかった」

クリスマスを終えたらもう後は31日の大晦日。亜美はその大晦日前には自分の家にいったん戻る。
やはり年の瀬は家族で過ごしたいし、何より無理をして掃除をしようとしたり
おせちの準備をしようとする母親に休んでもらうためにも。
だから自分が出る前にこの屋敷の掃除やその他の準備を済ませておかなければならない。
年が明けて戻ってきたらどこもかしこもゴミと埃だらけなんて嫌すぎる。

「んっ……ちょっとっ」
「ね。今夜は一緒に寝よう」

何て思いをめぐらせていると知らぬ間に抱きしめられ頬から首筋にかけて軽くキスされる。
くすぐったくて身を捩る亜美。その耳元で雅臣が囁く。もちろんクリスマスの夜を共に過ごした今となっては
一緒に寝るというのはただ寝るだけとは取りにくい。見事に首筋まで真っ赤になる。

「……」
「駄目かな」
「……いいですけど」
「そう、よかった」
「……あ。そうだ」
「何かな」

怒られるだろうかと心の中で覚悟を決めていたのだが、特に抵抗もせず素直に受け入れてくれた。
それが嬉しいのか今までにないご機嫌な笑顔で亜美を見る。彼女は顔を真っ赤にしたまま自分を見上げた。
その潤んだ瞳を見つめながら、彼女の言葉を待つ。

「おじさん体臭とか気にするタイプ?」
「………、え?」

亜美の言葉に体が固まって返事が遅れる。聞き違いだろうか、今、彼女は。
雅臣の様子から亜美は聞こえなかったのだろうかと今度はしっかりと言う。

「体の匂いとか気にしない?」
「……うん、……まあ、どちらかというと」
「そう。まあ、そんな気はしてたけど」
「あ。でも、ちゃんと汗をかいたら着替えるしお風呂ははいるし。体も洗うよ?」
「………どうしようかな」
「あの、亜美?」
「何でもないです。じゃあ、また後で」
「うん」

結局、彼女の言葉が気になって何も出来ないまま翌日を迎えてしまった。
朝もあの言葉の意味を聞きたくて何度か挑戦したが家政婦の朝はとても忙しく取り付く島もない。
よって今、こうして自分の職場に来てまで悩んでいる。助手の言葉もあまり耳には入っていない様子。
自分は匂うのか?それとも違う意味を持った言葉だったのか?どうしてあのタイミングで?

まさか行為の後とかに臭ったのだろうか。


「ここで悩んでいても仕方ない。帰ったら聞いてみよう」
「先生」
「ん?なに?」
「12時から東城教授と昼食じゃなかったですか?」
「そうだっけ。私あまりお腹すいてないから、君代わりに行ってきて」
「ただでさえ仲の悪いお2人を何とか仲良くさせようという学部長の計らいじゃないですか。
僕みたいな下っ端が行ったら意味がないですし、何より余計東城教授を怒らせて仲わるくなりますよ」
「それが不思議なんだ。私は別に彼が嫌いじゃないし、特に何をしたという訳でもないんだ。
元々争うのは好きじゃないし、当たり障りなく接しているはずなんだけど。
どうしてなんだろう?さっぱり分からない」

殿山の言葉にハッとして卓上カレンダーを見る。確かに赤いペンで12時東城と書いてあった。
よく予定を忘れる彼にここに予め書いておけと亜美がくれたパンダの絵が描かれた可愛らしいもの。
ただいまの時間は11時50分。助手の言葉がなければすっぽかす所だ。とはいえ、気持ちは乗らない。
亜美の言葉が気になってそれ所ではない。

「だとしても、東城教授の方は怖いくらい先生をライバル視してますからね。歳も近いし。
何より恥をかかされっぱなしだし。表上は友好的かつ紳士に振舞っていても、心の中ではどうだか。
ここでの待遇にも不満があるようですし」
「はじ?」
「先生はズバっと言い過ぎるんですよ。もっとこうオブラートに包めばいいのに、たとえそれが正論でも」
「あ。もしかしてこの前の論文の事かな。あれは彼が遠慮しないで忌憚ない意見を聞かせてほしいと言うから
それに応えただけだけど」
「僕は知りませんよ。先生ご自身でお腹すいてないと教授に言ってきてください」
「そうしようかな。あ。でも、いきなり断わったら怒るかな……」
「そうですね。せめて前日あたりにお断りすべきでしたね」

この人は何時もこうだと呆れた様子で淡々と答える。自分の言動でどんな波風が立つかわかっていない。
今にも助手の愚痴が聞こえてきそうなのに、雅臣はそれに全く気付かないまま時計を見て立ち上がる。
とりあえず断わるのはやめて約束どおり昼食を食べに行くらしい。
それでも5分遅刻。相手は時間に厳しいからさぞお怒りだろう。
どうか殴り合いの喧嘩とかになりませんように、そうなったら慣れて来たばかりなのに職探しだ。



「叔父さんは今頃美味しいご飯を食べてるんだろうな」
「やめろ恒」
「ごめん」
「我慢だ。来年からはまともな飯が食べられるようになる」
「うん」


その頃、お昼ご飯に呼ばれた双子は机の上に並べられた黒い物体を見つめていた。
この屋敷を支配している鬼のような家政婦はまだ料理があるとかでキッチンに行ってしまった。
恒は勇気を出してフォークでそれを突くとドロっとしたものがこぼれる。

「いいか。恒、俺たちがここに居るのは叔父さんを母さんと結婚させるためだ」
「うん。絶対につれて帰ろうね」
「だが叔父さんは残念な事にあの女に夢中だ」
「何処がいいのかな。分からないよ、あんなの」
「そこで、だ」
「うん」

自分よりも遙かに頭のいい兄の事だ、とても良いアイデアが浮かんだのだろうと嬉しそうに言葉を待つ恒。
慧はそんな同じ顔をした弟の肩を優しく叩いて。

「お前、あいつと結婚しろ」

と力強く言った。

「はーい!お待たせ!特製サラダだ……よ」
「うわあああああああああん!酷いよ!酷いよ慧!ひどいよ!!!」
「そんな泣く事じゃないだろ、ちょっと我慢すればいいんだ」
「嫌だ!嫌だ!絶対嫌だ!そんなのするくらいなら死んだほうがましだー!」
「恒!我侭言うな!」

少し遅れて亜美がドアをあけると、怖いくらい仲がいい兄弟なのに何故か泣いている恒。
慧も何時もは冷静なのに怒って声を荒げている。さっきは仲良く料理を見つめて放心していたのに。
この数分の間に何があったのだろうかとサラダを持ったままポカンと見つめるが、
お腹が空いたので話しかけてみる。

「あの、さ。何やってんの」
「別に何でもいいだろ」
「いやだーーーー!!」

亜美の顔を見るなりまたさらに泣き喚く恒。

「喧嘩するなら外でやってよね。今からご飯なんだから」
「喧嘩なんかしてない」
「……絶対に嫌だからな」
「この話は後でだ」

とりあえず落ち着いたようなので3人で昼食。結局何の説明もしてくれなかった。
年明けには近所のマンションへ引っ越してゆく兄弟。慣れてきた所だっただけに、
憎たらしいけれど少し寂しい。食事の片づけをしながらふと思う。
彼らが居なくなったら叔父さんとまた2人きりになるのか。と。彼と一線越えた今、
何となくそれが危なっかしい気がするのは自分がまだそのテの事に疎いからだろうか。

「慧」
「何だよ」
「明日の大掃除だけど」
「ああ」

キッチンから出ると慧とすれ違う。何か飲み物を取りに来たようだ。
手には自分たちで買って来たらしいペットボトルのお茶。

「1階に開かずの間みたいな所あるでしょ」
「ああ、あの隅の」
「そこも掃除しようと思うんだけど、ドアが硬くて開けられないの。開けてくれない?」
「いいけど」
「駄目だったらおじさんに頼むから無理はしないでね」
「ついてこい。今すぐ開けてやる」
「そう?じゃあお願い」

ここぞとばかりに慧にお願いしてみる。前から気にはなっていたのだが開けられなかった部屋。
外から見てもカーテンを閉められていて何があるのか分からない。鍵はかかっていないはずなのに使っていないだけに硬い。
屋敷の主には自室以外は家政婦に全て任せるといわれている。
だから入って疚しいものはないはずだ。慧と共にドアの前へ。
他の部屋と比べると作りが違うしドア自体も大きいから部屋も結構広いだろう。

「硬いな」
「でしょ?恒も呼ぼうか」
「いい。これくらいなら俺1人で出きる」
「無茶しないでね」
「煩い」

ガチャガチャとドアノブを動かし、数分後。

「やっぱ男の子だねー凄い凄い」
「中見るか」
「あ。閉じ込めるの無しね」
「ドア開けておけばいいだろ」
「うん」

重々しいドアを開けっ放しにして、一歩中へ。
ずっと気になっていた開かずの間の正体。

「ダンスホール、か?」
「広いねえ。小さいコンサートとか出来そう」
「パーティなんかする場所かもな」
「ああね」
「明日はここも掃除するのか?」
「どうしよう。思ったより広いなぁ。慧と恒とおじさんをフル活用したらいけるかな」
「どうせ使わないんだ、ほっといてもいいだろ」

そこにあったのは薄暗い広い空間。机も椅子も飾りも何も無い。
ただ床や壁の質感が違う。とりあえずカーテンを全部開けて光を入れてもう一度全体を見た。
詳しくは知らないけれど、慧の言うようにパーティなんかする場所なんだろうな、と思う。
窓からの眺めもよく庭が一望出きるし。忘れがちだがここは金持ちが住む豪華なお屋敷。
ただ残念な事に今の持ち主は騒がしいパーティなんかしないし見える範囲にしか気を配らない。

「そうだけど、何かこう。可愛そうな感じしない?せっかくあるのに」
「他にもする事があるんだ、ここで無駄に体力の消耗をするのは馬鹿だ」
「無駄かもしれないけど。でも、せっかくだし」
「お前が1人でしろ。俺も恒も叔父さんも無駄な事はしない」
「そうやって無駄だって思ったものは簡単に切り捨てちゃうの?」
「は?」

慧のそっけない冷めた返事に何処か怒ったような表情で返す亜美。

「寂しいね」
「無駄なものばかり掴まされて身動きとれなくなるよりはマシだ」
「あ。それもそうだ」
「お前馬鹿だろ」
「半分諦めてるけどね」
「俺も、お前みたいに馬鹿だったら良かったのかもしれない」
「慧?」

窓から庭を眺めながら、何処か寂しげに呟く慧。
彼がこんな切ない表情を見せるのは初めてだ。嘘のない、本当の感情だろうか。
その理由を聞きたい衝動にかられるが、ここは彼の速度に合わせたほうがいいだろう。
間を置いてから、ようやく慧の唇が動き始める。

「父さんは酔うと何時も母さんを詰ってた。
俺たちが周りから天才だの神童だのと評価されるたびに喜ぶ所か怒って。
俺の子じゃないとかあれは雅臣の子だとか大声でさ。そんな訳ないのに、本当に馬鹿みたいだ」
「……」
「母さんはそれを俺たちに聞かれないようにしてたけど。無理だよな、相手は父親なんだから」
「だからおじさんをお父さんに?」
「それもあるけど、一番は母さんを幸せにしてほしいから。あのアメリカ人じゃ駄目なんだ」
「だけど」

亜美の言葉をさえぎり慧が睨む。最初に会った頃のような刺々しい視線。

「お前とは敵同士だ」
「そういう言い方しなくても」
「今の所は俺たちの負けだけど、諦めないからな」
「……」
「何なら恒が」
「嫌だって言ってるだろ!」
「恒」

今度は慧の言葉を大声で遮る恒。

「アンタそこに居たの」
「あ。しまった!」
「立ち聞きしてたのか。恒!」

あ!という顔をするがもう遅い。逃げても無駄な事はわかっているだろうから。
恐る恐る中へ入ってくる。慧は何時になく怒った顔をしている。

「ごめん、後で会議って言ったのに慧が居ないから」
「そうだったな。でも黙って聞いてるのはよくないだろ」
「あんまり聞こえなかった」
「そういう問題じゃない」
「会議って。まーた何か企んでんだな」
「うるさい。行くぞ恒」
「うん」

一緒に住むようになって仲良くなれていたつもりだったのだが、この問題がある以上は無理ということか。
妙なライバル関係。去っていく2人を眺めつつ深くため息をついた。亜美としては、当然彼らとも仲良くしたい。
おまけに雅臣に拘る理由を全てではないにしろ聞いてしまって、気持ちが余計に落ち込む。



「ただいま」
「……」
「ただいま」
「……」
「ただいまー」
「……」
「……ただいま」
「もう。1度言えば分かります」

何時もより早い主の帰宅。朝何も聞いていないからまた言い忘れたんだろうと予想する。
どうしてここに居るとわかったのか分からないが、とりあえず何度もしつこいので振り返って挨拶する。
何時もなら無意味に近づいてくるおじさんだが今日は何故か一歩下がってニコリと微笑んでいる。

「ここ広いね」
「パーティでもします?お友達とか呼んで」
「私にはここを満たすほどの友人は居ないよ。亜美は?」
「呼んでいいんですか?10代の煩い連中がワーワー大騒ぎなんて嫌ですよ、片付けるの私だし」
「なるほど」
「でももったいないですよね。何か有効活用できないかなぁ」
「ねえ、亜美。聞いてもいい?」
「はい。どうぞ」
「私は臭う?」
「え?………、別に臭いませんけど?」
「でもほら、夜とか」
「そりゃ無臭かと聞かれれば何かしら臭いはあるでしょうけど」
「……不快だとか」

雅臣の言っている事がイマイチ分からない様子の亜美。
訝しげな顔をして彼を見る。臭いと言われても、そんな人様の臭いを嗅ぐ趣味は無い。
何を考えているのだろうか?普段は無頓着な癖に亜美の些細な言葉にはすぐに引っかかる。
自分は何かしたろうかと記憶を遡ってみる。臭いで思い当たるといえば、1つだけあった。

「もしかして昨日の事ですか」
「……うん、まあ、そう、だね」
「ここで待っててください」

やっぱり、とため息をしていったん部屋から出る。向かったのは自室。
机の上においてあった小さな箱を手に戻ってくる。

「これは?開けていい?」
「……どうぞ」
「香水?」

手のひらサイズの小さな入れ物に入った液体。ラベルにはフランス語で何やら書かれている。
蓋はしまっているが仄かに匂いが漏れる。香水には詳しくないが恐らく男性用、だと思う。
これをどうして亜美が持っているのか。それと昨日の質問はどうつながるのか。

「この前友達と買い物に行ったんですけど、その時買いました」
「これは男性用だと思うんだけど、それが流行っているの?」
「別に香水なんか興味ないです。これはプレゼント用ですから」
「へえ」
「おじさんに」
「へえ……え?私?」

恥かしそうに俯く亜美。雅臣はもう一度香水を見て臭いを嗅いで見る。
亜美同様そういうものに興味はなく、ただこういうのが流行りなのかという感想だけで良いも悪いもない。
とはいえ、これは恋人からの贈り物であって微妙なリアクションでは悪い。ここは笑顔で喜ぶべきだ。
ありがとう、と言う前に持っていた香水を亜美に取られた。

「でもそういうのおじさんしないでしょ?だからもういいんです。誤解させてしまってごめんなさい」
「だけど」
「皆して彼に香水プレゼントするとか言い出して。私はそれに流されただけなんで。
一番安い奴だしちょっとおっさんには若いし。誰か適当な奴にあげますから」
「駄目だよ。それは私のものだ。誰にもあげない」
「……雅臣さん」
「さ。返してくれるかな」
「……はい」
「つけてみようかな」
「はい」

嬉しそうに微笑む亜美を見ていると自分も心から笑顔になれる。幸せだと、感じる。
それから亜美に教えてもらって香水を付けてみる。思っていたよりも悪くない、とお互いに思った。
ただ量が少ないからちょっとずつ大事な時にだけ使う事にした。

「臭い」
「臭い」
「え。そう?いいと思うんだけどなぁ」
「叔父さんそれはもう立派な洗脳だよ。危ないよ」
「マンションで一緒に住もう。このままじゃ完全に廃人にされちゃうよ!」

ドンッ

「何ならお前らも廃人にしてやろうか?それが嫌なら黙って飯を食べる!」
「日に日に凶暴化してるなあいつ。叔父さんが心配だ」
「うん。俺たち定期的に顔出すからね」

4人で囲む食卓も残り僅か。
慧と恒がマンションに移ったら寂しいと思ったけど、やっぱり静かな方がいい。かな。
敵視されているのも離れればさほど気にならないかもしれない。仲良くもなれないけど。

「姿は見えなくても匂いで分かります、おじさん」
「あ。バレた?」
「はい。バレバレです」

食後の片づけをする亜美。そこにふわっと風に乗って自分が買った香水の匂いがした。
振り返っても雅臣の姿は無い。もしや、とカマをかけてみたのだが。ビンゴだったらしい。
影に隠れていた雅臣が少し恥かしそうに出てくる。

「終わったら風呂はいろう」
「……いやらしい顔」
「駄目かな」
「駄目って言ったら拗ねる癖に。手伝ってくれます?」
「いいよ」

来年からはまた主と家政婦2人きりの生活。色んな意味で不安はあるけれど。
まあ何とかなる。と思う。


おわり


2008/10/06 : 加筆修正

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