暖かい距離


「いいんですか?私なんて連れてきちゃって」
「いいさ」
「知りませんよ怒られても」
「怒られるのには慣れてるよ。ほら乗って」

何時になく積極的な叔父さんに連れられて屋敷を出る。手には大きなカバン。
車に詰め込むと1泊2日のお泊へ出発。目的地は詳しく聞いてないけど彼が言うには
ちょっと遠いが4月の寒さを緩和できる暖かい場所らしい。
泊りだから家政婦の仕事である掃除も洗濯も料理も心配いらない。

「お仕事でそこへ行くんですよね。その間私何してたらいいんでしょ?」
「町を散歩なんてどうかな」
「どんなところか分からないけど楽しそう」

昨日の夜いきなり学会なんてものに出ると言われて。
またか、と亜美は呆れ返事する前に亜美も一緒にと初めから決めてたように言われた。
で。あれよあれよと一泊旅行決定。とはいえ相手はお仕事。つまりは出張というやつ。
せっかくなんだから2人で歩けたらよかったけど、これは仕方ない。
車内には亜美が友人から借りたCDの曲が流れる。

「城下町だった所でね。今でも古い町並みが並んでいて風情があるんだ。案内する」
「は?何言ってるんですか。仕事」
「学会にはそれほど興味がないんだ。特に新しい発見があるとも思えないし。まあ、適当にすり抜けるさ」
「わ、わるい奴だ!」

はははっと笑ってるけど。これっていい事なんだろうか。いや絶対悪い。
怠慢がばれて仕事をクビになったりしたらどうするつもりなんだこの人は。
亜美の方がうろたえる。何考えてるんだ。

「最初は断わるつもりだったんだけどね。大学が用意してくれた旅館がとても良くて。
亜美と一緒に行ったらいい思い出になるんじゃないかと思ったんだ」
「け、警察に捕まったりしないですよね……」
「姪とはいえ女子高生と旅館に泊まるのは犯罪だろうか?」
「私に聞かないでください」

からかっているのだろうか。でも、実際自分はこうしてのこのこと来てしまった。
まさか彼が出ないなんて思わなくて。サボってるなんてバレたら絶対やばい。
同行者は居ないようだからまだ大丈夫だとは思うが。参加しなければ不味いはず。
暢気に車を運転している叔父さんを見て頭を抱える。
お金は沢山あるんだから自分で旅館でもホテルでも何でも手配したらいいのに。

「やっぱり駄目かな」
「駄目です。………顔だけだして戻ればいいんじゃないですか?」
「そうしよう」

でも、旅行に誘ってくれたのは嬉しかったりして。

「あ。この歌好きなんです」
「そうなの?私は」
「否定的な感想を述べたら帰る」
「とても素晴らしい歌だと思います」

途中休憩を挟みつつ車は走り続け今ではすっかり何処か分からない土地。
これではぐれたらどうしようもない。財布にはそんなにお金がないし。
携帯も充電するの忘れたから電池2本というありさま。

「雅臣さん」
「なに」

コンビニで飲み物とお菓子を買って車に戻る。やはり暖房が効いていて暖かい。
雅臣にも指定されたコーヒーを買って渡す。ここで少し休憩。
運転続きで疲れているだろうし。まだもう少し到着には時間がかかる。

「もしかして夜エロいことしようとか考えてます?」
「直球な質問だね。これでもし私が考えていると答えたらどうするの」
「私まだ忘れてませんけど?」
「……」

雅臣が学会へ行く気になったのはもしかしたら一昨日の事が原因かもしれない。
時間が経つにつれて亜美はそう思えてならなかった。
亜美の言葉に雅臣は沈黙した。もしかして図星だったのだろうか。

「凍えて死ぬかと思った。変なのに声かけられるし」
「ごめん、ほんとうに」

一緒に買い物に行くはずだったのに待ち合わせに3時間も遅れて来た。
冬の寒い街をずっと立ったまま。携帯は繋がらないし。かかってもこない。
普段から忘れっぽい人だけど何時も亜美との約束だけは覚えていて守ってくれた。
それなのに。怒りのあまり遅れて来た彼に鞄を投げつけた。

「だから。やるなら、丁寧にお願いします」
「亜美」

亜美が怒っても叩いても雅臣は受け入れ言い訳をしなかった。
どんな理由があったとしても連絡もせず遅れたのは悪いからと。
彼が遅れた理由は後で知った。恒が急に熱を出して病院へ連れて行ったのだという。
慧からその話しを聞いた今はもう怒りは無かった。なのに素直じゃない自分。

「最近なんか雑だし」
「え。でも亜美が早く入れ」
「うるさい!」
「痛っ。運転中なんだから叩かないで」

雅臣もそのことを気にしているようだから、夜くらいは素直になって甘えよう。
それを口にすると恥かしくなってまた殴ってしまいそうなので堪える。
本当に素直じゃない。ボーっと前を見ていた亜美にそろそろ着くよとの声。



「ここに泊まるんですか」
「どう?中々いい佇まいだと思うんだけど」
「そりゃ…まあ。……えぇ」

まさかあれじゃないよな、と思ってたやたらでかい旅館。でも車はそこの駐車場へ。
平然と言ってのける雅臣だが亜美はビックリした顔のままポカンとしている。
旅行なんてもう何年も行ってない。もちろんこんな高級な所でもない。
修学旅行だってもっと貧相な所だった。ロビーに入るとチェックインしにフロントへ。

「亜美」
「はい」

待っている間亜美は物珍しくてついキョロキョロ。散歩できそうな綺麗な庭が見えるし
みやげ物屋も発見した。親や弟妹に何か買ってあげよう。
呼ばれて慌てて雅臣に続く。きっと部屋も凄いんだろうな、と思いながら。


「さて。私は準備をしようかな」

部屋に入ると落ち着いた和室が待っていた。広さも十分。
漸く落ち着いて背伸びをする亜美だがその隣で出かける準備をする雅臣。
今回はただ遊びに来たのではなくて彼の仕事のついでだったのを思い出した。

「じゃあ私」
「昼には戻るから」
「1時間もここで待ってろって言うんですか?」
「旅館内なら自由にしてもらっていいよ。私と一緒に行っても眠いだけだと思うから」

確かに学会なんて小難しいものに行っても仕方ないし明らかに浮いてる。
街を歩くのも2人の方が楽しいだろうし。2時間は長いけれど温泉につかったり
庭を散歩したり土産を物色していれば何とかなると思う。

「昼までに帰ってこなかったらタクシーで帰りますからね」
「わかってる。せっかく来たんだ、私も君と一緒に」
「ああーーもーー!鬱陶しい!早く行ってください!」
「……はい」

恥かしかったのか本当に嫌だったのか。抱きしめようとした手を撥ね退けられる。
彼女に悪意は無いと分かっていてもやはり多少は落ち込む。
置いてあった煎餅をボリボリ食べる亜美に行ってきますと言って部屋を出た。


「大野先生!こっちです!こっち!」
「……あ、どうも」
「何処か悪いんですか?」
「いや、そうでもないんですけど」

旅館を出てすぐ、迎えの車が来ると聞いて待ち合わせ場所に立っていたら。
同じ学会に来たらしいやたら距離の近い教授。名前は確か。いや、思い出せない。
きっと挨拶したくらいの人だろう。やたら近寄ってきて怖い。早く帰ろう。


つづく

2009/02/18

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