沈丁花 第6章 



恋の行方...92



 狭い空間でもないのにやたらと息苦しさをそれぞれが感じる中で。
事情が飲み込めずイライラが募る清十郎、困っている春花、そして仕組んだ貴也。
彼女の胸元が開けていてそれを手で隠している。何もなかったようにしっかりと身なりを整える
時間がなかったのだろうか。
 そんな事が普通に起こりうるだろうか、今まで何をしていたのかと問い詰めたくなる。

「分かった上でやっていると思わないか」
「俺にどうしろってんだ」
「本来あるべき形に戻したい。この気持は最初からずっと変わってない」
「そもそもあるべき姿ってなんだ?そんなものをお前が決めることか」
「僕だけの問題じゃない。兄さんも本当は分かってるんだろ」

 兄弟だけの小競り合いでなく家もその他勢力にとっても大きな問題。
 パワーバランスの崩れは敵対する組織にとっては好都合だ。

「お利口なお前に背負わせたのは間違いだったのは分かったよ。逃げた俺が悪かった。
家に戻るからもうこんな訳の分からん茶番は止めて帰るぞ。春花、お前も先に帰れ」

 相手が弟でなければ問答無用で殴りかかるし春花でなければ怒声をあげる。
その気持ちをぐっと堪えて冷静にとりあえずこの場からの脱出を優先することにした。
 春花は視線を2人に向けながらもそっと歩き出しす。少なくともこれで少しは気持ちも落ち着く。

「帰らないで。続きをしてもらわないと困るんですよ」

 はずだったのに、その春花の手を強引に引き寄せて抱きしめて。それで。

「……っ」

 なんて意味深な事を春花の耳元で、でも兄に聞こえるように言う。ただでさえ苛ついている男に
これはもう決定打。1歩踏み込んだのが見えたかと思えば一瞬で目の前にあらわれて
 乱暴に春花と引き離し貴也の顔面を殴り、相手はその勢いで後ろへ倒れ込む。

「清十郎さん」
「いいからお前は出てろ。さっさと行け!」
「……っはいっ」

 春花はビクンと震えながらも走ってその場から逃げていった。

「幾ら俺が単細胞でもこんなガキみたいな煽りでキレる訳ねえだろうが」
「十分キレてる」

 それを確認してから倒れている貴也の襟首を掴みその力だけで持ち上げる。
抵抗する気はない。煽るだけで彼は最初から兄への攻撃は考えていない。武装もない。
 もとより、貴也は華奢な訳ではないけれど圧倒的に兄とは男の筋力が違っていた。

「お前じゃなかったらキレてぶち殺してる」
「この世界じゃ危険分子は早々に排除するだろ?兄弟であればなおさら危険だ。寝首を掻かれる」
「やりたきゃやれよ。だが俺は例え何があってもお前は死なせない」
「母さんに惚れた手前悪いからだろ?」
「弟だからだ。テメエは俺の弟だ。都合よく面倒を押し付けたのは兄貴として最低だった。
だからって兄貴の真似してテメエまで最低になるこたないだろうよ」
「……どうやったって僕は篠之塚にはなれない。極道の血が一滴も流れてないからだ。
信頼も自信も何もない。ただ兄さんに気を使われて譲られて守られてるだけのヒヨッコだ」
「だから俺に消されたいってか。それがお前の言う本来の姿だってか」
「兄さんでなくても命じれば応じる。こんな頼れない野郎より兄さんに戻って欲しいはずだ」

 古参の連中はもとより新人たちも兄の姿を見れば気を引き締めて極道の道をゆくだろう。
 時代の流れで昔ほどの勢力は無くても篠之塚の築いた道を踏み外す事はない。

「誰一人応じるもんか。そんなカス家には居ねえよ。自分の家族信じられねえのか」
「僕が消えれば何もかも上手くいく。殺すか追放、どっちでもいい」
「死なせねえってんだろうが」
「……」
「テメエは弟だ。親父と兄貴の後ろ姿見て極道を行く篠之塚の男だ。いいな」
「……、でも」
「しゃらくせえ事言うんじゃねえよガキが。自信がねえならこっから付けやがれ。
俺に猪口才な事する知恵があんならそれをしのぎに使え馬鹿野郎!タマツイてんだろうが」
「……兄さん」
「貴也。……貴也?」
「……首…首」

 は、と気がついたら締め上げた首元が閉まりすぎて酸欠を起こし真っ青な顔の貴也。
慌てて手を離すとバタンとその場に倒れ込んだ。慌てて貴也を担ぎ上げるとそこから出て
外で心配そうに待っていた春花を連れて車に乗り込み小田の居る病院へ。
 貴也を診てもらうがとりあえず問題はなく休んだら回復するとのことだった。

「あの」
「……」

 そして残る大きなしこり。

「……、マリーさんに連絡をして部屋に戻ってもいいですか?」
「ああ」

 何となくギクシャクしながらも春花は先に部屋へと戻る。

「追いかけて気遣ってあげるべきでは?」
「小田。聞いてたのか」
「すんません。若の声がでけえもんで」

 小田の部屋へ入ろうとした所だったので彼とバッチリ目があった。
 怪我の経過はよく無事に兄弟が戻ったことを聞いて心も落ち着いている。

「2人で何してたか分からんが。乱暴にされたわけじゃなくて。何か、いい感じに見えた」
「はあ」
「……俺よりお似合いかもしれないと思っちまった自分が気まずい」

 旗から見たらこんな自分より貴也のような男のほうが幸せに出来るのかもしれない。
 いや、実際そうだ。現実を見るのは嫌だったがこんな極道よりはずっと。
 
「はあ……」
「はあじゃねえんだよ何か言えよ」
「自分の意見はいいましたよ」
「なんて気遣うんだよ。貴也にナニされたんだよってか」
「貴也さんは襲う気はありません。お嬢さんにお願いしてそれっぽく見えるように
ちょっと細工してもらうつもりだったんです。それでも十分若を激高させられると。
それで。若が始末をする時は自分がかってでて代わりにやるように言われて」
「あのクソ馬鹿野郎め。ンなこと出来るわけねえだろうが」
「若も貴也さんも相手を尊重してるだけなんです。なのになんでこう粗っぽくなっちまうのか」
「俺らは篠之塚の男だからな。しょうがねえよ」

 ぽんと小田の肩を叩いて立ち上がると清十郎は早足で部屋を出ていった。


「……はあ。怖かった」

 病院の前まで出てタクシーを待つ春花。銃撃戦や怖い人に捕まるのは経験済だけど。
本気で兄弟が殺し合う空気になったのは初めてだから。怖かった。
彼らは憎み合っているわけじゃない、むしろ大事にしあっている。血の繋がりはなくても。
 どちらにしろ無事に病院へ来れたのは良かった。ただかなり自分にとっては不利だが。

 距離が近かった事以外は貴也とは何もなかった。なのに慌ててしまって服装のチェックが
出来ないまま彼氏の前に出てしまって。オマケに不意打ちとは言えキスをされるなんて。
そんなの打ち合わせになかった。既に経験済だし今更乙女ぶるわけじゃないけれど、
 強引に抱き寄せられてのキスに若干ときめいた自分が何より嫌。

「乗せて行く」
「清十郎さん」

 どういいわけしようか考えていたら走ってくる彼に呼び止められてしまった。
 もう少し考える時間が欲しかったけれどここで逃げるのはおかしいから。

「来いよ」
「……」
「何だ」
「……怒ってない?」
「怒ってる」
「じゃタクシーで帰る。あんな殴られたら私歯が折れちゃいます」

 ユウに聞いたら普通に彼氏にボコボコにされる事案はあるらしい。わりかし多く。
 今まで一度も手を挙げられた事はなかったが、目の前でキスしたらその限りじゃない。

「お前にじゃない。貴也と俺自身だ。……頼むよ。お前と部屋に戻りたいんだ。俺たちの部屋に」
「……」
「嫌か」
「嫌だなんて思いませんよ。自分の部屋に帰るのは当然ですからね」

 まっすぐに見つめ返して清十郎の腕に絡んで彼の車で帰宅。
 その間に猪田に連絡をして話をした。
 着替えを済ませてリビングで一息ついていると隣にドスンと清十郎が座る。

「なあ。春花。今回はお前と小田を巻き込んじまったが兄弟の小競り合いだけで済んだ。
だが問題はそんなもんじゃねえ。これからでかくなっていく。どうなるか俺にも分からん」
「はい」
「お前は大事な時だってのに。足を引っ張って申し訳ねえと思ってる」
「そこは自分で選んだ事ですから」

 春花は珍しく自分から甘えるように頭を寄せて彼の大きな手をぎゅっと握る。

「実家の近所に店出すのはババアになってからでもいいだろ?」
「そうですね。今は修行をしたいです。清十郎さんの問題が解決するまで海外留学とか」
「それよか結婚して欲しい」
「はい?」
「……、わかった。じゃあいい。良いんだ気にするな俺が悪かった」
「嫌です」
「だろうな」

 そう簡単な話じゃない。親のこともある、就職に圧倒的に不利。マイナスしかない。
焦ったとはいえ、
 分かりきった事を言ったなと軽いため息をする清十郎。

「夜景がキレイな所でシャンパンを傾けてグラスに入っている指輪に気づいて
なにこれ!って驚いてる私に爽やかな笑顔と明るい声でもっと愛情込めて言われないと嫌」
「斬新な断り方だな」
「タキシードとか着ます?」
「お断りだ。死んでもやらん」
「じゃあそれ相応のプランを建ててください。そんな雑に処理されたら嫌」
「クソ面倒だな」
「そうですよ。貴方はクソ面倒な女を引っ張ってこようとしてるんです。自分の世界へ」
「この話は置いとく。まあ、そのうち考える」
「一番無難なのは私のプランですよ。清十郎さんのサイズとなると聖治さんに言えば貸して貰えると
思います。あ。でもホストさんのスーツとか派手すぎるかなぁ?でも似合うきっと」
「いい性格してるよ」

 軽く春花のおでこにキスをしてギュッと抱きしめる。相手も抱き返してきて。
それでムラムラっとしてしまいそのまま抱え込んで寝室へと強制的に連れ込んだら
 2人を心配して部屋に駆けつけてくれた猪田と幸にそんな場合かと散々怒られた。 


「大丈夫か。小田」
「こんなもんどうってことないですよ」

 夜。小田の病室に顔を出す貴也。椅子に座り状態を確認する。とても元気そう。

「敵襲だと言ったんだろ。庇うことはない。突っ走ったくせに実際死ねるかどうかも正直半々だった。
死ぬ恐怖心もあった。それを打ち消すのにお前を利用したんだ。こんなクズ野郎は居ないほうがいい」
「自分は敵襲を受け貴也さんを守るために喰らった。組じゃ英雄ですよ。いい気分だ」
「小田」
「人間なんでそりゃ迷うことはありますよ。自分は篠之塚の家に命預けてるんで。
貴也さんは家の大事な柱ですから何も惜しくはねえ。それは覚えておいて欲しいです」
「……すまない」
「良いじゃないっすか。親父さんが解体するってならそれでも。そっから成り上がりましょうや」
「ああ。そうだな。……、家族だからな」
「へいっ」

 互いに自然と笑みが出て恥ずかしい気分になった所でドタドタと騒々しい音が
 廊下からして。何事かとドアを見たのと同時に開く。

「小田さん大丈夫か!?撃れたっ……あれ」

 入ってきたのは仕事着と思われる派手なスーツの聖治。

「な。なんつう妙な格好だテメエ」
「若君も居たんだ。はあ。良かった元気そうで」

 入れとも座れとも言っていないのにさも当然のように貴也の隣に椅子を置いて座る。

「何だお前」
「何だじゃないよ若君。お友達が手術なんて聞いたら普通すぐ来るでしょう」
「おい。何時からテメエとダチなんだ」
「敵にやられたならカチコミ?」
「お前には関係ない。小田の怪我に障るからもう出るぞ」
「ごめんな小田さん急いで来たからフルーツも花もないけど。明日持ってくるから」
「いらねえよ。来て貰っただけで十分だ。……、心配してもらってどうも」
「はああ!小田さんがデレたよ若君!」
「声がでけえんだ。良いから出るぞ馬鹿ホスト」


続く



2019-11-30

........


inserted by FC2 system