沈丁花 第6章 



恋の行方...91



 買い物に出たきり戻らない春花を探している途中、別の用事で病院に居たという
篠乃塚家の者から小田が病院に運ばれたという知らせを受けた遥。
 焦る気持ちもあったけれど、まずはその様子を伺うために一人病院へ向かう。
「……スンマセン。自分は何も」
「テメエの嘘を聞いてる暇はねえんだ。いいから、何があったか話せ」
「いえ、……ほんとに、なにも」
 最近は目立った抗争はなかったが、どの組にやられたのかと殺気立っている面々。
もう少ししたら親父の代わりに智世子が見に来るらしい。小田は、急所を外れていたのと
誰かによる迅速な連絡により命には別状はない。まだ面会は許可出来ないという看護師を
跳ね除け彼の居る病室に入った。若と認識できるほどに意識はあって、辿々しくも話も出来る。

 けれど、肝心の小田が何も話さない。彼に何があったのか、襲撃なのかそれとも別のなにかか。
だが皮肉にもそれ故に相手を特定出来てしまう。この男がばう相手はとなると。
 まだはっきりと確信はもてない、もちたくない。けれど。

「襲撃されたのかそうじゃないのかだけでも言え。鉛弾喰らっといて転んだなんて言うんじゃねえぞ。
どうなんだ小田。はっきりしろ。お前のために家は報復でも戦争でもなんでもしてやる」
「若。……、……自分は」
「それと関係ないかもしれねえが、春花が不自然な消え方をした。今探してる途中だが、お前が
もし他所の連中にやられたってなら、探すのは幸に任せてそっちを先に片付ける。で。どうなんだ、
誰にやられたんだ。お前は家の大事な柱だ。だからこそ狙われた可能性もあるからな」
「……」
「おい小田。何だお前、泣いてるのか?どうしたってんだ」
 そんな男ではないことを遥はよく知っている。が、今現に小田は唇を噛み締め、子どものように
ポロポロ涙を落とす。落ち着けない様子で何かいいたそうにしながらも中々言葉を出せない小田、
 怪我人とあって、せっつくこともできず。ただ無言の時間が暫く過ぎ去って。
「お嬢さんの場所は分かります。でも。……行けば」
「何があっても構わねえ。場所を教えてくれ」
「若」
「お前は家の大事な柱だ。何があっても、折れるんじゃねえぞ。あと野郎がメソメソすんな格好悪い」
 まだなにか知っている様子だが深い事情は敢えて聞かず、春花が居るという場所を聞き出して
足早に病室から出る。心配して探し回っているであろう幸と猪田にはメールで簡素に送っておいた。
それでも恐らく到着するのは自分よりも後だろう。援護は何も期待していない。
 小田の様子を見て、話を聞いて、もうだいたいのことは理解しつつある。



 今頃、あの人は自分を探しているのだろうか。それとも気づいてないだろうか。
小田は無事に病院に運ばれて、ちゃんと休めているだろうか。
ただでさえ、疲れている様子だったから。春花は連れてこられた貸し倉庫の2階、
事務所のソファに座って、ただじっとしている。
こんな風にさらわれて閉じ込められるのは過去にもあったので、最初ほどの恐怖心はない。
 攫った相手が自分がよく知っている相手だというのもあるけれど。
「どうぞ」
 部屋は空調が効いていて温かいけれど、雨で濡れた服が体温を奪っていく。
震えているとバスタオルを用意してくれて、それにくるまって。またぼんやり。
「ありがとうございます」
「今連絡があって、小田は無事に病院で処置を受けたそうです。
誰がやったのかは喋らず。家の連中は襲撃にあったのだと勘違いして、戦争の準備だ」
 小田を撃ったあの時は、いつもと違う貴也だと思った。でも今は何処か落ち着いている。
「貴也さん」
「どうして?って聞きたい顔ですね。それはそうか。昔貴方にしたことと同じことをしたわけだから」
「理由も同じなんですか。私が、邪魔、だから?……ずっと、そう仰ってましたし」
「さあ。どうでしょうね。でもこれですぐ、ここに兄は来るでしょう」
「……」
 はっきりと答えないということは、上京して、遥たちと暮らすようになって最初の頃さらわれたの
とは違う理由なんだろうか。でも、小田を撃つほどの覚悟はあるのだから生半可な覚悟ではないはず。
何をしようとしているのだろう、春花はちらっと横目で彼を見る。
血の繋がりのない兄さんとは全くタイプの違う、整った綺麗な顔。しっかりと見ると怒られるし、
 いつも突き放されて距離も遠かったけれど。今は同じソファの隣りに座っていて、とても距離が近い。
「春花さん」
「えっあっはい、なんですか?」
 ついジーっと見ていたら相手もこちらを向いたので目がバッチリ合って恥ずかしい。
さらわれておいて、もしかしたら命の危険もあるかもしれないのに。だ。
 もうそれくらい貴也と接していて、彼に対しての警戒心がないのだろうけど。
「お願いがある。そんなことをする資格がないことは理解した上で」
「……」
 何を言われるのか、怖いようなドキドキするような。変な空気になっているような。
 必死に落ち着こうとして、結局視線が泳ぐ春花だが体を離すことはしないで。
 貴也と向き合ったまま。続きの言葉を待つ。

「少しでいい。貴方の時間がほしい」
 
 それは今まで見たことがないくらい真摯で。優しい瞳と、暖かな声だったから。
 でもどこか、辛く、寂しそうだったから。

「……、はい。貴也さん」

 彼が胸に抱いている何かを察したように、春花は静かに頷いた。



それから、30分ほど経過して。


「この場所。既視感があるんだが……、まさか同じ展開なんてしねえよな?」
「そうですね。もしかしたら、影から雇った連中が出てきて兄さんを殺すかもしれないな」
 小田の情報を元に一人で倉庫に入ってきた遥。さらった奴はここに立て籠もる気はないようで
鍵はかかっていない。音も気配もしない、敵の待ち伏せは無さそうだ。薄暗い中に踏み込みゆっくり
 と注意しながら歩き、2階の事務所から出てきた貴也に怒るわけでもなく、軽いため息をした。

 やっぱりお前だったのか、と。
 
「俺とさしで喋りたいならそう言えばいい。春花は関係ないだろ」
「取り繕った話はしたくない。本音で話がしたい。そのために彼女は必要だった」
「若造じゃねえんだ。いいからさっさと春花をかえせ、俺は残るから。あいつは何処だ」
「2階でお休みですよ。少し、疲れたみたいだから」
「んだと……?お前はもう少し話の分かる男だと思ってたが。そんな幼稚な嘘で俺を怒らせて何がしたい」
「たとえ嘘でも本当でも、結局は怒るんだから。兄さんはわかりやすい」
 良からぬ想像を掻き立てて、イラついた表情をする兄を見て、少し楽しげに笑みを向ける。
2階の事務所は電気はついておらず、誰かが出てくる気配も今の所はない。
 兄弟の声は聞こえているはず、だが。もしかしたら部屋に閉じ込められているのかもしれない。
「貴也。親父の遺言の話は聞いてるんだろ。俺が継げば家は存続、お前が継げば家は解体。
それが不満で。親父を説得するより俺を脅したほうが家が存続できると思ってこんな」
「そうだな。少しだけ違うけど、でも兄さんを脅したいと思ってる」
「脅す必要なんてない。お前は俺に戻って欲しいんだろ。家に戻る。俺があとを継ぐ。
それで家のことが落ち着いたら、適当な理由つけてお前に継がせる」
「それでは不満だと言ったら?」
「貴也。いい加減に」
「二人とも。その。お、落ち着いてお話をしませんか」
「春花。……お前」
 2階から降りてきた春花。鍵はかかっていなかったらしい。だがその格好は明らかに不自然。
 本人はそれをあまり気にした様子はなく、階段を降りて2人の間に立つ。

「貴也さん、やっぱり。……私には無理そうで」
「どういう無理だ。お前、あいつに何をさせようとした」
「……」
「おい貴也ちゃんと言えよ。コイツを連れてきたのは俺を呼び出すだけじゃなかったのか。
お前の言う、本音で話をするってのは春花を汚して俺を怒らせることなのか。それがお前のやり方か」
「清十郎さん」
「俺はお前の欲しいものを全部渡すって言ってるだろ。なのになんでカタギの春花に手を出す。
こいつは俺の……俺の、……、…全てなんだぞ」





続く



2018-12-25

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