沈丁花 第5章 



息抜き...79





「やっぱりそういう話しでしたか」
「……」
「お嬢さんを責めるような言い方をしたかもしれませんが、本当のことが知りたかっただけなんです。
悪いのは一人で行かせちまった自分ですから。何が何でもついて行くべきだったんだ」
「私があの場に居なければ貴也さんは怪我をしなかったんです。私がもっと気をつけていれば回避できた。
でもほんと、知られるのはあっという間ですね。隠そうとしたってじきに清十郎さんもわかっちゃいますよね」
「……それは」
 問題を起こした双方このことは内密にしておいて欲しいはず。だけど情報屋である志賀にはあっさり
察知されて。怪しんだ小田が彼から情報を得て、問題の裏に春花の存在を疑ったのだから。どのように
聞いているのかは分からないが怖いくらい真剣な表情の小田に春花はあの夜の事を全て話した。
とても真面目な人だから声を荒げて怒るんじゃないかと内心怯えていたけれど、小田はただ静かに
 頷いたのみ。ただ、いつものような優しげな表情には戻らず怖い顔のまま。
 「仕方ないですよね。そうなっちゃったものは今更もうどうしようもないし。……それで叱られても」
 その間春花の隣りに座っていた聖治は口出しすることもなく紅茶を飲みながら静かにしていた。
「他所の組からの襲撃やら若衆どもの一悶着なんざざらにあります、最近は落ち着いてきてましたが。
そもそも因縁つけてくる連中が悪いんですから。若はお嬢さんを責めたりはしませんよ」
「……」
 今のところ誰も春花を責めてはいない。けれど、肝心な人ときちんと話をできてない。
「春花。ケーキ食べないとクリーム溶けちゃうよ?」
「あ。そ、そうですね。食べ…ます」
 思い出してまた落ち込んでしまう春花にフォークを渡して食べるように促す聖治。せっかく注文したケーキ。
美味しいうちに食べないといけないのに、時間経過により若干クリームが溶けてしまい水っぽいけれど
気にせず一口。美味しいとは正直いいづらいものではあったが甘いモノが欲しかったからちょうどいい。
 小田は相変わらず難しい顔をしたまま。やはり怒っているんだろうか。
「話は終わったんでしょう?じゃあもう帰ってもらっていいですかね?」
「聖治さん」
「そんな仏頂面で何時迄も座ってられると空気悪いし食欲なくすし。何より。
春花がこんなに落ち込んでるのに見えてないんだから、言わなきゃわかんないんだよね?」
「……、すみません気がきかねえで。自分はこれで。邪魔をしました」
「いえ。…あの」
「自分から若に何も言うつもりはありません。それじゃ」
 小田は聖治には視線を向けず春花だけを見てそう言うと会計の紙を持って席を立つ。春花は何か
言わないといけないと思いながらも言葉が見つからず何もできず、そのまま彼はお店を出て行って。
 ぬるくなった紅茶と微妙なケーキと、なんとも言えない空気だけが残った。

「清十郎には俺が話をするつもりだったけど。どうする?自分で話をしたほうが良さそうかな?」
 沈黙のままケーキとお茶を頂いて、何時迄も座っているわけにも行かずお店を出る。その間聖治は
ずっと黙って見守っていてくれたけれど、ついに彼から切りだされた。黙っていれば春花の存在を口には
しないだろう、はじめから無かったことにしてくれる。それが春花にとって最良だと思う。
 けど、本当にそれでいいのだろうか?彼に嘘をついたまま笑顔で居られるのだろうか。
「結局どうしたって迷惑しかかけないんでしょうかね。私って」
 バレた時の事ばっかり考えて。でもスパっと彼に話をつける勇気もない。どうしようどうしたらいい?
そんな事を何度も何度もグダグダと考えこむだけ。そのくせ結論は何時までたっても出てこない。
「迷惑、ね」
 そんな事をずっと気にして落ち込んで、気が小さい自分が嫌になる。
「やっぱり相手に迷惑かけるくらいなら、距離を取ったほうがいいのかな」
「それは清十郎と別れるってこと?」
「……。…そ、そういう感じ」
「ははは。そんなの無理って顔に書いてるけど?」
「そ、…そんな顔してます?」
「してる。春花ってほんとに真面目だよね。誤魔化そうとか適当にやり過ごそうとかって思わないんだからさ。
それくらい真っ直ぐなほうが職人さんにはいいのかもしれないけど。たまには息抜きもしないと」
「息抜きですか」
 新旧問わず美味しいと評判のお菓子のお店巡りとかランチ巡りとか。主に食べ物を食べて息抜きは
しているつもり。でも、他にももっとなにか趣味を持つべきなのだろうか。食べ物と離れて?
 イマイチその辺が疎いので分からない。聖治のほうが知識があって慣れているだろうけど。
「そうそう。例えば」
「げ!兄ちゃん!」
「宗太?お前こんな時間になにやってるんだ?」
 息抜きについて聞こうとしたら向こうから歩いてくる私服の宗太。
「あ。い。いや。…ちょ、ちょっと休憩中で。…えへへ」
「お前何を隠してる?今俺見てげ!って言ったろ」
 明らかに兄の姿を発見し気まずそうな顔をして視線を巡らせた。何か隠してるのは春花も分かった。
「な、なんのことかな。あははは。い、いや。ほら。兄ちゃんが昼間にデートしてたから!」
「お前がそれくらいでそんな驚く訳ないだろ?なんだ。俺に言えないような事やってるのか?」
「……うぅ」
「宗太」
 本気で脅すような怖い顔や声ではないけれど、厳しい視線。家族独特の間というか。
 心配して言ってるんだろうなというのが伝わってくる。たぶん宗太もそれは分かっている。
 兄弟の居ない春花には新鮮な光景だ。
「……ごめんよ兄ちゃん。これ買いに来てたんだ」
 兄ちゃんには強い。そして弟はとても純粋な子のようだ。あっという間に白状する宗太。
「アイドルのCD?」
 差し出した袋の中にはサイン入りのCDと水着の女の子が写っている小さいポスター。
 人気のアイドルだろうか?春花はよく知らないが聖治は知っていたらしい。
「今日買いに行くと先着でサインもらえるんだ」
「なるほどな。お前、これあすちゃんにバレたら殺されるぞ」
「だから兄ちゃん黙っててくれよ!頼むよ!俺のささやかな生きがいなんだよー」
「お前の部屋じゃすぐあの子に見つかるから、俺の部屋に置いとけ」
「うん。ありがとう!春花さんも内緒な」
「え。あ。はい」
 とっさに返事をしてしまったがあすみと宗太の趣味について話す機会はたぶん無さそうだけど。
 なにせ未だに近づくと不機嫌な顔で去っていく。隠す気がない素直な子というか分かりやすいというか。
 宗太を奪う気なんて無いのにすっかり自分は彼女にとっての悪魔か疫病神に認定されて警戒されている。
「それよりさ。春花さん顔色よくないよ?兄ちゃん無茶させすぎじゃない?」
「そんな事ないですよ、聖治さんには無理に付き合ってもらって。ありがとうございます」
「へえ!まじか!春花さんってやっぱ親父が言った通りの」
「宗太。それ以上言うとげんこつが飛ぶって言ったろ。ほら、ソレ持って家に戻れ。怪しまれるぞ」
「あ。そうだ!春花さんまた店に遊びにきてくれよな!それじゃ!」
 CDの入った袋を大事そうにかかえお店へ戻っていく宗太。老舗和菓子店の跡継ぎとして
お菓子と強気な許嫁だけだと思っていたが意外にもアイドルにも興味があるらしい。あれが彼の
息抜きということか。なるほど、ああいう熱中するものか。春花は軽く頷く。
「あいつアイドルとか興味あったのか…そういえば店に連れて来いとか言ってたっけか」
「アイドルか。私もアイドルのCDとか買ってみようかな」
「え?」
「お菓子以外の趣味を持ってみようかと思って。スポーツとかはちょっと苦手だから。
今は沢山居ますしね。好みの人がいるかもしれない。ユウさんに聞いてみます」
「まあ、うん。良いとは思うけど、春花もバレないようにしないとね」
「あ。そっか。……うーん」
 彼氏にバレたらたぶん酷いことになる。宗太なみに。いや、宗太以上か。
 じゃあどうしようかと苦悶の表情であれやこれや考えこむ春花。
「ははは。ほんと面白いな、春花は」
「どうせ何も知らない馬鹿な田舎ものです」
「ごめんごめん。そういうつもりで言った訳じゃないんだ」
「いいですよもう」
「そんな拗ねないでよ。ほんと可愛すぎ」
 彼にそんな気は無いのだろうと頭では分かっていても、やはり自分が気にしているからか
田舎者と馬鹿にされているようにしか見えない笑みを浮かべられて春花はちょっとムキになる。
私だって上京して少しは変わった。最初よりはずっと。土地勘もついてきたし人と話をするのも
慣れてきた。地下鉄だって乗れるしバスも。駅だって迷わない、一部は。
 言葉とは裏腹にふくれっ面をする春花だがそれがまた面白いようで隣で笑っている聖治。
「今に見ててくださいよ、私だって出来るっていう所を見せますから」
「あそう。へえ。何を見せてくれるの?そこまで言うんだから凄いことなんだろうね」
「………す、凄いですよ。もう、びっくりするんだから」
「そう。じゃあ楽しみにしてるね。連絡待ってるから」
「……」
「今からでもいいけど?」
「こ、こんどで」
「…ふっ…ふっふっ……はいはいっ」
「……」
 もはや何を言っても笑われるだけ。完璧に馬鹿にされている。けど、言い返す材料もなく
 春花はただふくれっ面で部屋まで送ってもらった。


「……姉ちゃん?」
「……。だめ。幸さんを巻き込んじゃ駄目だ」
 その日の夕方。猪田に誘われてこっそりと迎えの車に乗り込み事務所へやってきた春花。
久しぶりに夕飯を4人で一緒に食べようと言われて、そっと裏口から中へ入ったら幸がいた。極力
人目を避け見つからないように来たはずが最初から春花だと分かっていたようで彼は嬉しそうに
 出迎えてくれた。
「殿様。屋上」
「そうですか。じゃあ、私はマリーさんのお手伝いしてこようかな」
「……クッキー焼いた」
「幸さんが?」
「…マリー、と」
「美味しそう。後で頂いてもいいですか?」
「うん」
 何も知らないからか、何時もと変わらず喜んで迎えてくれる幸にほっとする。
一緒に事務所まで入っていって、猪田に挨拶をして。夕飯の手伝いをすると行ったら
幸がいるから大丈夫だと言われた。
 それはまるで、彼と話をしてこいと言われているようなきがして。
「……ん?お前、何でここに?」
 導かれるように階段をあがり屋上へ向かった。ぼんやりとタバコを吸っている彼氏。
 彼は春花が来ることを聞いていなかったのか姿を見て驚いて、慌ててタバコを消す。
「清十郎さんに、……話が、あって」
「話し?」
「……」
「そんなシケた面すんなよ。別れ話でもしようってのか?」
 真っ直ぐな言葉に胸がズキっとする。何時もならここで心が折れる所。
「……もし、そうだったらどうします?」
 だけど今回は怯まずに返事した。しっかりと彼の顔を見ることは出来なかったけれど。
「どうするかな。自分でもわからん」
「……」
「で?どうなんだよ。春花」



続く



2016-01-10

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