沈丁花 第5章 



心配性...70




「はあ。皆若くて綺麗だったなぁ」
 最近出来たという洋菓子店へ見学も兼ねて行ってきた春花。実はそこのお店でバイトを募集しており
もし雰囲気が行けそうなら応募してみようかななんて僅かな期待を持っていた。真新しいオシャレな佇まい
広々としていてお菓子の数も多かった。皆キラキラして宝石みたいで。全部制覇したくなる可愛さで。
これだけ街に洋菓子店があるのにどれも個性があって飽きない。
出来立てでなおかつテレビなんかでも取り上げられる有名パティシエがプロデュースしたお店。
 お客さんはやはり多かったし、迎える店員さんも皆綺麗でハキハキと受け答えして。
「……ちょっと違う…かなあ」
 そこに自分が加わって先輩のお菓子を間近で学びながら作っていく姿は想像しがたい。綺羅びやかなの
は表だけで裏では日々慌ただしい戦いが繰り広げられているのだろうし。だけど、修行するならそれくらい
シビアな世界が本当はいいのだろう。でも、ああ、やっぱり弱腰になってしまう駄目な自分がいる。
 年齢とかやる気とかそんなのは都合のいい言い訳だけど。
「春花さんもそこのお菓子買ったんだ」
「翔さん」
 脳内で言い訳をしながらトボトボと歩いていたら後ろから声をかけられた。振り返ると馬宮。
 手には春花と同じお店のロゴの入った袋。彼が他所の店のお菓子を買うなんて珍しい。
「俺もなんだ。どんなもんか見に行こうと思って」
「珍しいですね」
「まあね、ははは。うちみたいな昔からの店はああいう流行りを取り入れたキラキラしたような
店が近くにポンポンできちまうと目に見えて売上が減るんだ」
「……」
「だからさ、うちも改装してあんなふうにしようって言ってるんだけど。
母さんに言ってもそんな金はないとかって全然やる気ないんだよな。
まあ、この前機械壊れて直した借金もまだちょっと残ってたりするし」
「やっぱり翔さんは後継者なんですね。しっかりお店のことを考えて」
「俺が継いだ途端潰れたら死ぬまで母さんに馬鹿にされるからな」
「翔さんなら大丈夫ですよ。お店の常連さんたちとも仲がいいし」
「これから暇?ならさ。家で一緒にこれ食べない?」
「……あ。…でも。私も買っちゃったし」
「母さんのぶんもあるしまあ適当に食べようよ。盗める所はキチンと盗んでさ」
「あの。翔さん」
「なに」
「……こ……、…幸さんもよんでもいい?」
「そんな可愛い顔で言われちゃうと断れないよね……」
「え?」
 行き先を馬宮の家に変更し共に歩きながら幸に電話をかける。が。不通。
 何時もなら春花のコールにすぐに出るけれど、お店が忙しいのかもしれない。
 タイミングが悪かったのだろうと今度はわかりやすくひらがなでメールをして携帯を仕舞う。
 密かに馬宮が嬉しそうな顔をしたけれど、春花ちょっと心配そうな顔をした。

「あ。春花さんもやっぱこれ買った?美味しそうだよね。見た目もいいし」
「はい。他のお客さんもこぞって買ってたから、抑えておこうと思って」
「だよね。じゃあ、コレはお互いに1個食べるとして。もう1個くらいいけるよね?」
 難なく家に到着し彼の部屋に通されて、買ってきたケーキの箱を開ける。春花は3個。馬宮は母親の
分も合わせて5個。2個ずつお皿に置いて後は冷蔵庫に入れてもらった。簡単にお茶もいれてもらって、
プロのケーキの見た目を気にしつつ一口。春花はお安いケーキでも感動出来る人間なので幸せな顔。
 だが馬宮は意外にもちょっと渋い顔。食べたのは春花と一緒のケーキだ。
「翔さん?」
「……見た目で期待しすぎたかな。なんか思ったよりふつー」
「そう?クリームの加減が甘すぎなくて美味しいけどな」
「でもフルーツのバランスが悪いしちょっと舌触りも良くないかな。
数も多かったし、値段も他のに比べたら安かった。こんなもんかな」
「なるほど」
 一見完璧に見えるケーキでも真面目な顔で採点をする馬宮。春花はただ頷くばかり。
 自分はどうも甘いモノなら何でも弱いらしい。もっと舌を鍛えなければ。
「偉そうに言っておいてうちでこれと同じようなものを作れっても割りに合わないんだよね。
所詮街のしょぼい菓子屋。理想と現実って奴だよね。ほんと」
「こうなったら翔さんが有名になるしかないですよ」
「それが手っ取り早いか。よし。賞をとりまくってテレビに出て!」
「有名人ですね!」
「そう!有名人!バンバン名前を売り込んで業界に名を轟かせて!」
「可愛いモデルさんといっぱい知り合いになって!」
「美人女優とお忍びデートして!……じゃない!じゃないよ春花さん!」
「ごめんなさい。あはは」
「……ひ、ひどいよ。年下を苛めないでくれよ。……ノッた俺も馬鹿だけど」
「翔さん?……いちご食べる?」
「うん。たべる」
 それからもケーキを食べながらココがいいとか悪いとかの話をしてあっという間に夕方。
結局幸は最後まで姿を見せなかった。運転手として何処かへ駆りだされているのかもしれない。それとも、
自分には会いたくないのだろうか。あんな意地悪な別れ方をした後だから春花は少し心配。こっそり彼に
会いに行こうか。でも、もう遅いから帰らないといけない。夕飯を一緒にと進められたけれど帰りの時間を
考えて丁寧に断ってケーキの箱を持ってまだ外を一人で歩けるうちに帰路につく。その間携帯を見ていたが
やはり幸からの返信も着信もなかった。忙しいから、そう思いたいけれど。流石に夕方になろうという時間に
 なってくると段々と不安な気持ちになってきた。

思い当たるフシもある。

「まさか…危ないことはしてないよね。言ったもんね、しないでって。ちゃんと言ったもの」
 嫌な予感がして、不意に立ち止まる春花。大丈夫、幸は一度言えばきちんと聞いてくれる素直な人。
でも唯一気になるのは危ないことはしないでね、という春花の言葉に対し「はい」と言わなかったこと。
春花がそういえば何時も何かしらの返事をするのにあの時はしなかった。もしかして、もしかして?
 単身で黒蜂の家とか乗り込んでたりする?いくらなんでも一人で行くなんて危ない。
「……だ。大丈夫。そんな事するわけないもの。幸さんが。そんな事しない」
 でもこんな長い時間連絡が取れなかったことは今まで無い。もう一度彼にかけるがつながらず。
不安だけがどんどん広がっていく。悪い方へ悪い方へ考えてしまう。どうしよう、こちらから彼氏へ
電話するのは控えていたが今はそんな事を言っていられない。春花は幸への電話をやめて
 急いで彼氏の番号へかけようと携帯を操作する。
「……」
 が、その必要はなくなって。乱暴に携帯をカバンに投げ入れた。
「幸さん!どうしたの!?幸さん!」
「ね。…ね、ちゃ」
 勢い良く走りこんだから幸に軽くタックルをかけているが本人は気づいていない。
 幸か軽く後ろへ飛ばされるが気にせず春花にバシバシ体を触られている。
「血!?血なの!?幸さん!血!?」
 薄暗いところに座っていたからはっきりとは見えないが全身濡れている。服も濡れてる。
 薄暗い空で確認したら色も赤い。匂いなんて感じている場合ではない。幸が怪我をした。
 やっぱり黒蜂の人の家に突撃したんだ!春花の頭のなかはソレでイッパイ。
「ち、ちが」
「血なの!?ど、どうしよう、け、警察!?駄目だ警察だめだ!救急車…救急車!」
「……俺怪我してない」
「わかった。わかったから落ち着いて幸さん。落ち着くの!」
「……。うん」
「そ……そう!そうよ!まずは血を洗い流そう!ばい菌入っちゃう!」
「……うん?」
 不思議そうな顔をする幸の手を引っ張って春花は目についた建物に臆する事無く入っていく。
ここは彼氏の知り合いのお店。何度となく利用もしているし使い勝手も分かっている便利な場所。
部屋に入るなり速攻で幸を風呂場に投げ込み服を脱がせシャワーを浴びさせる。一緒に行こうかと
 迷ったがもし生々しい傷があったら気絶しそうだと外でそわそわしながら待つことにした。
「幸さんちゃんと洗えた?傷痛む?どう?見てもいい?結構深い?」
 でもやっぱり心配で気がかりでちょっとだけドアを開けて中は見ないで問いかける。
「姉ちゃん」
「わっ」
 見るきはなかったが彼がおもいっきりドアを開けた。咄嗟に視線をそらす春花。
「俺、怪我してない」
「でもあんな血まみれで」
「……俺の血じゃない」
「そ。そうなの。……分かったから。ドアしめてもいい?」
「服」
「これきて」
 汚れた服は春花が洗って部屋に干し。代わりに浴衣を幸に着せた。
 彼の容姿とはあまり合わないけれど、素っ裸でいられるよりはマシだ。
 彼氏だったら容赦なく全裸で歩きまわるけれど。

「酔っぱらい。喧嘩してた。俺。通ったら。酒かけられた」
「それで殴っちゃったの?」
「殴ってない。無視して、行こうとした。でも。また酒。投げてきた」
「ひどい」
「だから。まとめて、蹴った。……ごめんなさい」
 ベタベタついていたのは酒で血液は酔っ払った知らないおっさんの鼻血だそうで。
ベッドの上で正座して何が起こったのかを淡々と説明する幸。聞く春花。危ないことをしないで、
と言ったのを気にはしてくれていたようで春花に申し訳無さそうな顔をする幸。春花は少しでも
 疑って怪しんでしまった自分が申し訳なくなってきた。
「そうだ。ケーキ食べる?ちょっと時間たっちゃったから形くずれてるかもしれないけど」
「姉ちゃん作った……?」
「お店で買ったものです。でも。美味しいから。ね?幸さんが好きそうなのを選んだんです」
「……うん」
「そのまえに」
「……」
 そっと幸の手を掴み。頭を撫でて。軽く抱きしめる。
「怪我がなくてよかった」
「……姉ちゃん」
「本当によかった」
「……」
「ということで。今後も怪我のない安全で平和な人生を歩みましょうね?」
「……はい」
「素直で宜しい」
「姉ちゃん。怖かった」
「え」
「……すごい顔。してた」
「も。もういいの!必死だったんだから仕方ないでしょ!ケーキ食べましょ!」
「……もうちょっと。…一緒がいい」
「一緒に居るからさっきのは忘れましょうね」
「……はい」
 幸せそうな幸の頭を撫でつつ、さっきまでの自分の慌てふためきぶりを思い返し消えたくなる春花。
お前は幸に過保護だとか心配性すぎるだとか彼氏に散々言われてきたけれど、これを話したら
そら見た事かと馬鹿笑いされる。出来たら黙っていたい。そうだ、黙っていよう。
 幸も話したりしないだろうし。ただこのままお泊りは不味いので猪田に連絡をして来てもらうことにする。
「はぁい。幸ちゃんを引き取りに来たわ」
「すいません」
「まあまあ。で。はるかちゃんは専用のお車用意したからそれでかえってね」
「はい。あの」
「若には何も言ってないわ」
「すいません」
「もうお帰りなさいな。幸ちゃんも幸せそうな顔してるし。少しは落ち着くでしょう」
「はい」
 猪田が来てくれたらもう安心だ。春花は幸に声をかけてから部屋を出る。

「大丈夫でしたかお嬢さん」
「え。ええ。私は大丈夫です」
「兄貴から聞きましたよ、柄の悪い連中に絡まれたとか」
「あ。ああ。そっち」
 待っていてくれたのは小田の車。たまに別の若い人が運転してくれることもあるけれど、
やはり小田のほうが安心感が違う。後ろに乗り込むと何も言わずに貴也が座っていて驚いた。
 慌てて距離をおいて座り直す。もしかして何処かへ行く途中だったのだろうか?
「……」
「もうすぐ聖治さんの誕生日ですよね」
「……」
 無言。そして何時にもまして不機嫌そう。眉間のシワがすごい。
 が、春花は気にせず話しかける。小田は苦笑しながら構わず運転。
「プレゼント何にします?男の人だからやっぱり身に付けるものとかも違いますよね?
聖治さんブランドとかこだわりそうだもんな。時計とかでしょうかね?となるとちょっと厳しい」
「……祝ってやる気持ちがあれば何でもいいでしょう」
「じゃあ肩たたき券とか」
「あの男にそんなものを渡して肩だけで済むならいいですけどね」
「貴也さんは?」
「……何が友達だ。何が気持ちで十分だ。誰が祝ってやるかあんな奴」
「じゃあ一緒にプレゼントしましょう。肩たたき券。貴也さんも一緒なら大丈」
「お断ります」


続く



2015-10-14

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