沈丁花 第4章 



彼女に必要なもの...53




「実際の所どうなんだ。息子のお前には腹ぁ割った話してんだろ?親父さんは何もするなと仰ったが、
まさか本気でにこのまま他所もんにええようにされてるのを黙ってみとれとは思っちゃいねえよな?」
「篠乃塚にだけ尻尾振ってわしらには挨拶もろくにできん新参に好き放題されてこれ以上黙ってられんぞ」
「せやで。この土地で長年シノギ削ってきたわしらがこのまま馬鹿にされたままで終われるかい」
 遥が呼び出されたのは連中がよくシノギや遊びに使っているという料亭の一際豪華なお座敷。
経営者もその息のかかった者のようで入るなり気を利かせて他の客払いがされていたり、女がすぐに隣りに
座ってお酌したりと何かと準備がいい。お供に連れてきた幸は部屋の外で待機している。呼び出した連中の
部下たちも同じように廊下で待機中。言葉は発しないし視線も合わせないが牽制し合い僅かな動きも見逃さ
ないとてもピリピリした空気。
 中はそれ以上に緊張しているけれど。物騒な物音を立てない限りはこの均衡は保たれる。
「家の方針はかわらねえ。それが不服なら自分らでなんとかしろ」
「親父さんは入院のし過ぎですっかり頭が鈍ってしもたんや。親父さんにはまだまだ長生きして
体を大事にしてもらわなあかん、ここらで新しい後継者を立てる時やないか?遥」
「後継者なら居るだろうが」
「そうは言うても所詮素人女の連れ子やないか。偉大な親父の血の濃さではお前しか居らん。なあ?」
「ああ。お前になら従うっつう連中は多い。お前には親父さんの立派な血筋も極道の頂点を張る度量も
器のでかさも十分にある。何が不満だ?考えなおせ、俺らが後押ししてやる」
「なるほど、そうやって連中をダシに俺を担ごうって魂胆か。悪いが親父の意思は貴也に決まってる。
俺もそれに不服はねえ。お前らがどうあがこうが何の旨味もねえんだよ」
 遥の言葉に苦笑してみたり苦々しい顔をする男たち。皆傘下に入っている組の上級幹部。
会合などではそれなりに発言権はあるがまだまだ決定権など無い。とにかく上へのし上がりたい欲の塊。
そんな連中だから遥の言葉は図星で痛いところだったのだろう。もちろん黒蜂の存在を疎ましいと思っている
のは確かだろうが、それよりも一大勢力のトップである篠乃塚家の跡目。
確実に長となる若君に付け入って甘い汁をすおうとしている。
 馬鹿どもめ、と心のなかでぼやきながら酒を飲む遥。適当に切り上げて帰るなら今が潮時か。

「そういえばお前の女、なんてったっけな」
 さも今思い出したようにニヤっと笑いながら問いかける男。遥は一瞬だけ反応し無視する。
遥の弱みを握ろうときな臭いのが周囲を嗅ぎまわっているのは変態ストーカーの報告により知っている。
春花のことはおおっぴらにしてはいないが秘密にしていた訳でもない。素人である彼女の親や友人関係には
出来るだけ気を使ってはきたけれど。
 どうせそう毎日会うものでもないと適当に考えていた自分をここで少し後悔。
「今は菓子屋にも勤めてるんだろ?なんだっけか、菓子職人は…パテ…」
「それがテメエに何の関係があんだ」
「親父さんところにもちょくちょく顔をだしてるそうじゃねえか」
「だから?」
「しかも噂じゃ親父さんはその女をたいそう気に入って後継者の嫁にすると決めてるとか。
てえと、何か?お前は自分の女を弟に譲るのか?お前なら女には困らんだろうがなあ?」
「何の話だ。どこからそんな話し仕入れやがった?」
「まあまあ、落ち着かんかい。噂やろ噂。…そんな慌てた顔してどうした?」
 ニヤニヤとこちらをからかうような視線を向ける男たち。春花の事を知ることは安易だ。
 問題なのは彼女をどこまで調べたかということ。そして、それを利用して何をやらかすか。
 ここは今後のためにもこの連中を締めあげて警告してやろうか。遥は静かに睨み返す。
「それなら俺もその女の相手に立候補しようか。そしたら俺が後継者だな」
「はっはっは!そらええな、俺も立候補しよか。女を口説き落とすんは得意や」
「お前はだいたい襲って無理やりモノにしてんだろ」
「嫌がるフリしてほんまは悦んどるんやで。この前もな」
 その瞬間、パンッと威勢のいい音を立てて酒の入っていたグラスを地面に叩きつける遥。
「いい加減にしとけや鬱陶しい。……幸!帰るぞ!」
「そんな慌てなさんな、ゆっくり飲んでったらええやないか。昔のよしみもあるんやし」
「お前が始めた商売の話も聞かせてくれよ、なあ?」
「悪いがこれ以上テメエらと糞不味い酒なんざ飲みたかねえ」
 立ち上がりふすまを開けると幸が廊下に座っている。他には誰も居ない、静かなものだ。
遥の言葉に立ち上がり一緒に店を出て行った。

「何や付き合いの悪い。やけど、ああも動揺するとはなぁ」
「様子を伺うつもりだったが、遥の女…そんないい女か?」
「そこまではな。もういいだろ、ほっとけ。あれは冗談だろ。女に手なんかだしゃ殺されるぞ」
「いや、これはあるかもしれんぞ。もっと調べさせよう。おい!……おい!何処行きやがった!おい!お前ら」
 1人が外にむけて声をかける。遥を追跡させて女の住処を暴いてやろうと。
だがいくら呼びかけても誰も出てこない。他の男達も不思議に思い廊下に出て、庭を見る。
「……あ、あのガキが?」
「嘘やろ」
 いざというときのために10人は配備していた部下が皆揃って隅にまとめて放置されていた。
最初殺されたかと冷や汗をかいたがどうやら気絶しているだけの様子。何の気配もしなかった。
なんの音もしなかった。ついさっきまで警備の報告をさせていたのに、一体いつの間にやった?
男たちは顔を見合い、苦笑いして、何も無かったことして再び酒を飲み始めた。
 下手なことをしたらお前たちもこうなる。そう脅されていると馬鹿でも察する。
「幸」
 憂鬱な気分を抱えながら車に乗り込む遥。幸はいつもの様に黙って車を走らせる。
「殺してない」
「そうか。なら、いいか」
 幸が外の連中を全部片付けていたのに気づいたのは廊下に出た時だ。少し離れた所で宴会も行われて
いたし行き交う人も少なからず居たはず。なのに誰にも気付かれずに速やかに敵を仕留められるように
 なっていることに殿様として喜ぶべきかあるいは大人として子どもの教育の失敗というべきか。
「……あいつら、姉ちゃんの邪魔する。さっさと、始末すべき」
「流石に始末までは行きすぎだ。もしちょっかい出すなら腕の2、3本折っとけ。足も適当に折っとけ」
「わかった」
「幸。お前、どこまで強くなる気だ?もうちょっと年頃のガキっぽく何か趣味でも持てよ」
 元々幸には強さへの欲求はそこまでないと思っていた。それが春花と出会って歳相応のガキになって。
今でも十分にバケモノだがそれ以上に自分を高めようとするには理由があるのだろう。
「姉ちゃん、殿様守れって、言ったから。俺は、…今まで以上に、強くなる」
「そうかよ。結局あいつがらみか」
 返事を聞いて納得する。春花とは一度教育について話し合う必要がありそうだ。
 今や幸にとって春花の言葉は絶対であり、殿様である遥よりも上に位置しているのだから。
心配しているだろうから彼女に連絡してやろうと携帯を取ると珍しい人物からの履歴が残っていて
不可解ながらも気になったのでかけ直す。

「加勢に来てやったんだぞ喜べよ」
「終わってから来やがって何が加勢だ」
「お前が電話取らないからだろ?場所わかんないんだから聞くしかないじゃん」
「アホか」
 指定された店に行くとのんきにラテなんて飲んでいるホスト野郎。渋々遥も席につく。
 幸は車で待機中。ウェイトレスが注文を聞きに来てコーヒーを頼む。
 酒を飲んだ後であまり飲みたい気はしなかったが何も注文しないわけにもいかない。
「俺だってヤクザの手伝いなんかしたかないよ。犯罪者とかいやだしあいつら暑苦しいし。
でもさ、春花が泣きそうな顔で俺の手とって助けてくださいって」
「そうか、そら悪かったな。……手をとって?」
「あ。やっぱそこ食いつく?でも嘘はついてねえからな?それくらい彼女は真剣だったんだよ」
 本当は彼の元へ行くから付いてきて、と言われたのだが。それを言うと怒りそうなので言わない。
「そうか。……とりあえずテメエの指折らせろ」
「嫌だ。通報するぞ糞ヤクザ」
「……春花、そんなに心配してたのか」
「どうせ意味深な事言ったりオーバーなことして彼女に心配かけたんだろ?」
「そんな事するか」
 ただ彼女の所へ行って、少しだけその話をして。ほんとうにそれだけのつもりだった。
「自分ではしてないつもりでも彼女からしたらお前が辛そうで苦しそうにみえたんだろうさ。
で、危ない場所へ行くって思って。それで俺に助けを求めてきたんだ。…会ったのは偶然だけど」
 もし自分と会わなかったら彼女は1人で探しに行ったのだろうか。あの子ならやりかねない。
「……」
 何も知らない春花からしたら清十郎の話はとても重い話に聞こえたかもしれない。
心配をかける気はなかった。でも、少しくらいは彼女に分かってもらって心配して欲しいなんて
そんな浅はかな欲があったかもしれない。
 そこを聖治に見ぬかれないように、でも多分この男は大体は察していそうだけど。無視する。
「なるほど。結局はヤクザの跡目抗争に行く着くわけだ。ヤクザって皆頭が悪いんじゃないの?」
「…おい」
「そんな事よりさ、春花にメールしてあげてよ。すげえ心配してるから」
「そうだった」
「心配かけてゴメンな春花愛してるぞハートマークで」
「その脳みそいっぺん出して別のと入れ替えてやるよ」
「この脳みそ結構気に入ってるんだ。だからほらさっさとメール出せよ糞ヤクザ」
「黙れアホホスト」


何処にいても何をしていてもソワソワして何も手につかず、結局ユウと2人で事務所に戻ってきた。
彼氏からの連絡をずっと待って待って携帯を握りしめて俯いている春花。
 様子見と加勢を頼んだ聖治からの返事もない。幸もまだ帰ってこない。どうなってるんだろう。
大丈夫だったんだろうか。危ないことになってないだろうか。やっぱり他の人達にも声をかけるべき?
猪田と小田とあと貴也と、お父さんと知世子とか。ああ、どうしよう。怖い。不安。私に何ができる?
 「メールだ」
 やっと着信音がなる。急いでメール画面を開いた。

 『話は終わった。何の問題もない。今何処にいる?』

無事だったことに心から安堵して春花は今いる場所をすぐに返事をする。ユウにもすぐに報告して
一緒に喜ぶ。すぐ返信があって一緒に飯でも食おうと誘われて、もちろん待ってます!と返した。
聖治も一緒にいる。彼も無事で安心。ということは幸も当然無事。不安が杞憂で終わってよかった。
「姐さんよかったね」
「はい。……けど、清十郎さん怒るだろうな」
「え?なんで?」
「だって。来るなって言われたのに、いったってどうせ何も出来ないくせに私は傍へ行こうとしてた。
勝手なことして、聖治さんにも迷惑かけて。お前は何様だって絶対怒られる。
だからきっとメールで呼び出されたんだと思うんです」
「そ、そうかな?遥さん、姐さんに怒るイメージ全然ないんだけど」
「せっかくユウさんに誘ってもらったのに。今日は本当にごめんなさい」
「大丈夫です。私何処までも姐さんにお伴します。怒鳴ったりしたら言い返してやりますから!」
「ユウさん」
「だから。ね。行きましょう!怒られてもいいから早く会いたいんでしょ?」
「……うん」

続く



2015-08-25

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