沈丁花 第4章 



動と静 ...50



「若。…どう、しなさったんですか?とんでもねえ不愉快そうなツラして」
「ああ?ンなもん、不愉快な事があったからに決まってんだろが」
「お嬢さんと喧嘩ですか?相変わらず仲がいいっすね」
「……」
「え。マジな奴ですか?若、何やらかしたんです?」
「あの馬鹿女。……小田。久しぶりに行くぞ付き合え」
「そりゃお供しますが…ちなみに何を?」
「お前にもじっくり熟女の良さを教えてやるってんだ、光栄に思えよ」
「……自分、用事が」
「今来たばっかりだよなあ?来い」
「……へい」


猪田に教わったおしゃれなサロン。春花もここを利用していて幸もなし崩しに利用中。
 本人は涙目で嫌だとお姉ちゃんに直訴するけれど、あれこれ店を変えるのはよくないですと
 言われて結局我慢の2時間を過ごすことになる。今も拷問シャンプーとドライを終えてカット中。
「幸君結構伸びたねー何ヶ月ぶりかな?結構経ってるよね」
「……」
「今日は終わったらお姉さんとお買い物?」
「うん」
「そっかーじゃあさ、気分をかえるのにカラーリングとかはどう?」
「やらない」
「パーマとかも似合うよね」
「やらない」
 金髪の派手な格好の姉さんが常に喋りかけてきて鬱陶しいやら煩いやらで幸は不機嫌な顔をする。
「お姉さん可愛いね」
「うん」
 付き添ってきた春花は雑誌を読みながら幸が終るのを何時も待っている。居づらくて外に出ようとすると
幸が1人になるのを嫌がって逃げようとするので。彼女の姿を確認してやっと椅子に座る。最初は驚いた
顔をしていたサロンのスタッフも今では見慣れた光景で特に何も言っては来ない。
「お茶どうぞ」
「ごめなんさい、私邪魔ですよね」
 居心地の悪さを感じながらも大人しく座っている幸を確認しつつ座っていると目の前にお茶。
「いえいえ。お姉さんが居てくれるからこそ幸君が大人しく我慢してくれますから」
「すいません。もう二十歳になるのに。…女の人に囲まれるのが慣れてないみたいで」
「そんな感じですね。でも、そこも可愛い弟君って感じで人気なんですよね」
「そう、ですか?」
「ええ。幸君をいかにして口説いて更にイケメンに変身させるかで皆で競い合うくらいで」
「あはは」
 受付は何時も春花がする。彼女もあまりヘアスタイルのことは知らないからだいたいで
すっきりしたら後はお任せとアバウトな注文をするので毎回見事に違う髪型にされる。
 どれも幸には似合うけれど、本人は早く終わって欲しいので拘られても困ると嫌そうな顔をする。
春花はそれを慰めつつご褒美にパフェを食べて帰るのが決まりとなっている。

「……うるさかった」
「新しい人が何人か入ってましたね。チェーン店らしいし、入れ替わり激しいのかな?」
「……」
「今風のイケイケな兄ちゃんみたいですよ幸さん」
「……いけいけ」
 お店を出てやっと開放されたと背伸びをする幸。春花はそれに笑いながら何時ものカフェへ。
今回もやはり前とは違う髪型にされていた。でも、持って1ヶ月。すぐに伸びて何時もの髪型へ戻る。
 そしてまたお店に行ってお姉さんたちに流行のヘアスタイルにアレンジされるのだろう。
「今日はチョコにしようかな。それともフルーツもいいなあ」
「俺いちご」
「幸さん頑張ったからデラックスにしましょう」
「うん」
 幸を連れて何時ものカフェへと向かう春花。寄り道したい気持ちにかられながらも
やっぱりまずは甘いモノが食べたい。心は決まった。今日はチョコパフェにしよう。今から行く店は値段は
 そこまで高くないのにボリュームが満点のパフェが自慢。味も美味しい。のでちょっと足早に移動。
「…本日…定休日……」
「……いちご」
「定休日って。なに?今日は…え?でも、いっつもやってたじゃない。なんで?え?なんで?」
 何時もは人が沢山入ってるのにやけに静かだなとは思ったけれど。その看板を見て納得。
休業日。それも臨時の。ショックでその場から動けない春花。だって気分はもうチョコだったのに。
生クリームとチョコとアイスの幸せなハーモニーが奥地の中に広がる予定だったのに。立ち直れない。
「……ごめんね幸さん、…いちご」
「……うん」
 幸も同じようなもので酷く落ち込んだ顔をしている。ここで待っていても店は開かない。
仕方なく別の店にはいろうとまたきた道を戻り繁華街をブラブラと歩いてみる。
 幾つかユウに教わった店があるけれど何処も人気店で人が多くてすでに待っていて、幸が嫌がった。
「こんなんじゃなかったのに。…こんなんじゃ」
「……」
 結局目についたソフトクリームをテイクアウト。春花はチョコ。幸はバニラ。
 ベンチに腰掛けて文句を言いながら食べる。歩きまわったせいか甘いものが美味しい。
「でも、甘いものっていいですよね。なんだか気持ちが落ち着いてきた。食べたら何か
見たいものあります?服とか靴とか。もちろん、幸さんのですよ?」
「……俺の?」
「そう。幸さんも欲しいものあるでしょ?それを一緒に見に行きましょう」
「……」
「それとも1人の方がいいですか?男の子のお買い物ですからね、私じゃわからないかもだし。
あ。そうか、清十郎さんが一緒に行けばいいんだ!…あ。だめだ。あの人のセンスは怖いもの」
 黒一択だった幸にまであのいかにもな怖い格好をさせられたらたまったもんじゃない。
 せっかく最近は春花が選んだ平和的な可愛らしい歳相応の服を選んで着せているのに。
「特にない。けど、姉ちゃんと歩きたいから服みる」
「決まりですね」
 しゃべっている間にあっという間にソフトは無くなってゴミを捨てたら出発。
 幸に服を選ぶようになって男の子の服をメインに置いている店もいつの間にか覚えた。
それも春花が幸に着せてあげたい穏やかな可愛らしいデザインの服。男なのに妙なもんを着せるなと
彼氏に散々言われているけれど気にしない。そういえば今朝もそれで喧嘩したきがするけれど、
 もちろん気にしない。

「……」
「珍しいですね。1人ですか?」
「……ええ、まあ」
 繁華街を目的地であるお店へと向かって歩いているとカフェから出てくる見たことある人。
視線が合って距離も近くて声をかけないわけにはいかないタイミングで春花は近寄る。
 男の方は不味いのに見られたな、という憂鬱な顔をしているけれど。
「そっか。貴也さんだって休日はカフェでのんびりしたいですよね」
「……」
「あ。もしかして」
「残念。デートじゃなかったんだなあ」
「聖治さん」
 渋る貴也の代わりに明るく言うと後からひょっこり顔を出した聖治。
 2人でコーヒーでも飲んでいたのだろうか?昔からの知り合いっぽいし。
「話を聞いていただけです。この男の店の近くで黒蜂が何か動きがあったようなので。それで」
「最悪だよ春花。俺夜から仕事じゃない?で昼間は寝てるでしょ?無理やり起こすんだもん」
「お前に合わせてやる必要はない。もういいぞ、帰れ」
「ね?聞いた今の?人に情報よこせっていってこれだよ?酷いよね?ね?」
「そ、そうですね。駄目ですよ貴也さん、きちんとお礼を言わないと」
「情報提供感謝する。以上。さようなら」
「酷い」
「ひどい」
 ひどいひどい。貴也の左右で酷いコール。男はまだしも女は無関係のくせに。
今顔を合わせて事情をさらっと聞いただけのくせにずっと一緒に居ましたみたいな顔して。
そしてその後ろに居る男は姉ちゃんを取られたとでも思ったのか睨んでくる。
貴也は咄嗟に携帯を取り出してコール。

『どうした貴也』
「兄さんの女だろ。回収してくれ」
『ああ、あれか?今は無理だわ、忙しいんだ。幸が居るだろ?ほっときゃいいって』
「それでいいのか?」
『いいんだ。お前も何時迄もそこにいると馬鹿のペースに飲まれちまうぞ。さっさと逃げな』
「…わかった。そうする」

 すぐに取ってくれたが奥から女の声が複数聞こえる。こんな時間から酒でも飲んでいるのか。
春花を女にしてからは他所の女に手を出すことはなかったし、お店へ行くのも無くなったと思ったが、
やはり父親と同じなんだろうか。いや、今はそんなことはどうでもいいか。貴也は携帯を仕舞う。
「そっかー彼の服を見に行くんだ。じゃあ俺も一緒に行っていい?同じ男だしさ、
メンズファッションなら春花より俺のがわかってると思うんだよねどう?後悔はさせませんよ?」
「ほんとに?じゃあお願いしようかな。でも、眠くないですか?」
「ああ。大丈夫。もう目冴えちゃったし、久々に春花に会えてテンションあがってきたしさ」
「じゃあ。お願いしましょうか。ね。幸さん」
「……死ねカス」
「え?」
「……」
「でさ。それから一緒にご飯食べようよ。ね。若君!」
「え」
 ここはもうコイツ等で勝手に盛り上がるだろうとさっさと背を向けて歩いていた貴也。
呼び止められて思わず素で返してしまった。何が面白いのかニコニコと笑っている2人。
その後ろで憂鬱な、精神が屈折してそうな顔で睨んでくる男。

 やばい、これはもうすでに馬鹿どものペースにはまりかけている!

「ささ!行きましょう貴也さん!」
「若君も服みてあげるよ!」
「やめろ。僕はいい、近寄るな。いいから。やめろ…あっちへいけ!」
「あ。逃げられちゃう。幸さん。お願いつかまえて」
「……ころしてもいいかな…」
 馬鹿1と馬鹿2が両サイドに来やがったので貴也は急いで踵を返し逃げる。
全力で走ったら流石にかっこ悪いので早足で。すかさず春花のお願いで幸が動く。
 物騒なことを口走っているが春花は聞こえていない。結局幸は本気では追いかけずに
貴也に逃げ切られる。
 残念そうな春花、あと違う意味で残念そうな聖治。憂鬱な顔の幸。
「若君ってあれで結構シャイなんだよね」
「そうなんですか?兄弟でもやっぱり全然違いますね」
「仲はいいと思うんだけど性格がまさに動と静だもんね、凄い極端。
2人足したら極道の大親分として十分な人間になるかもね」
「……だったら今のままでいいです」
「あ。そっか。ごめんね」
 立っていても仕方ないと聖治の案内で歩き出す。春花は嬉しそうだけれど、幸は渋々。
でも姉ちゃんが喜んでいるのならいいか、と内心葛藤中である。
「いえ。…聖治さんアドバイスお願いします」
「任せてよ。俺が彼を一流のホストにしてあげるから」
「いえ。幸さんはホストにはなりません」
「そうなの?俺てっきりこっちに来るのかと思ったよ。髪型とかイケイケだし」
「これは一時的なものですから。幸さんには真面目に地に足の着いた立派な大人になってもらうんです」
「……春花、すっかり教育ママだね?」
「父親代わりの人があまりにも不真面目すぎるので私がしっかりしてないと駄目なんです」
 聖治はちらっと春花の後ろにいる幸を見る。睨まれるかと思ったが無視された。
視界に入れたくないのかと思ったが違う。彼は常に警戒しているようだ。敵が居ないか。
 何時攻撃を受けても回避しなおかつ反撃が出来るように。姉ちゃんを守れるように。
「……なるほどねえ」
 まっすぐに春花だけを見ているのかとおもいきや、意外にきちんと幅広く見ているようだ。
この男は自分の仕事が何なのか分かっている。何を求められているのかも。
彼女は幸をまだまだ子ども扱いしているけれど、本当はもっと大人びているのだろう。
ただやっぱり構ってほしいからそこは見せないでいる。本当はやり手なのかもしれない。
と、聖治はちらっと思うのだが。

「……」

目があったら睨まれた。自分も彼にとっては十分警戒する「敵」のようだ。
結局真偽は謎のままである。


続く



2015-08-10

....初稿2008年 / 加筆修正2015年7月.....


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