若君


その電話をもらった時は心底驚いた。
かけ間違えたのかな?とか思ったりもしたけれど、ちゃんと会話もした。
予定の時間より10分ほど早く到着。緊張しながらも相手が来るのを待つ。
会わないと駄目な話、電話では出来ない話。何だろう。怖いような。

「貴方なら5分前で十分だと思ったもので。すいませんお待たせして」
「い、いえ」
「どうぞ」
「…はい」

なんとなく失敬な発言があったような気がするけど、言われるままに車に向かう。
パッと見ると運転手は居ない。彼が運転してきたようだ。何時も小田だったり
誰かしら運転手がいるから不思議。もしかしてプライベートなんだろうか。
極道さんのプライベートというのがまず分からないけど。

「僕の隣は嫌ですか?」
「えっあ。…い、いいんですか?」
「別に貴方の運転手じゃないんですから、構いませんよ」
「……そ、そうですよね」

2人きりという気まずさに後部座席へ行こうとした春花だが、
相手は顔色一つ変えず助手席へ座らせる。これはまさかお説教フラグ?
もしかして怒ってるんだろうか。でも何に?何か怒らせるような事したろうか?
でも彼と会うと必ず何かしら怒らせるから。思い当たる節は山ほどある。

「突然電話して驚いたでしょう」
「…え、ええ。私、また何かやらかしました?」
「何かした覚えがあるんですか」
「…いえ、その、無いから」

春花が何もしてないつもりでも、兄が素人の女と付き合っているのがまず気に入らない
というのが弟である彼の変わらぬ意見だ。基本的に好かれていない、むしろ嫌われている。
最近では単に嫌いなだけじゃなくて心配してくれているのでは?と思う事もあるけれど。

「無いならそんな変な顔をしなくてもいいでしょう」
「……変ですいません」
「いえ。別に。我慢できる範囲なので気にしないでいいですよ」

兄と違い生粋の極道人生ではない彼は何処か他の人たちとは違う。
何が違う?と聞かれてもはっきりとは言えないけれど。
何処か、何か。
春花はちらりと運転中の彼を見る。兄とは血縁関係がないのだから
似てないのは当然として。単純に彼が見ただけでは極道に見えないからかもしれない。
話してもたぶんその素性を察することは出来ないだろう。落ち着いている気品ある男性。

「あの。何処行くんですか?」
「特に決めている訳ではないので、少しドライブでもしませんか」
「ええ!?」
「煩いな。運転してるんだから、行き成り声を上げないでくれますか」
「…す、すいません」

特に怒った様子はない。ただ淡々と叱られて春花は黙ってただ座る。
正直何で彼からドライブに誘われるのかさっぱり理解不能。
まさかドライブと称してどっかの海に捨てるつもりでは?あるいは山に?
怖い想像をたくさんする春花だがどれもハズレ。

「先に何か飲みますか。それとも少し歩きますか。貴方が決めてください」
「え。え。と。……あ、歩きます」
「行きましょう」
「…はい」

全く会話が成立しない静かな車内。たどり着いたのは謎の町。
自分で契約しているのだろうか。月極駐車場にとめた。
繁華街よりはだいぶ遠いけれど山も海も見えない。
大きな建物はなくてどこか古めかしい家やアパートがいくつかぽつぽつあるだけ。
後は廃屋だったりすでに駐車場になっていたりただの土地になっていたりする。
詳しい説明を求めたいが聞ける空気ではないので彼の後ろをついていく。

「何か」
「え。あ、あの、ここ、入るんですか…?」

無言でついていったら彼はひときわ古いアパートの敷地内に入り
階段をあがっていく。洗練された身なりには似合わない場所。
あまりに自然に玄関のカギを開けようとするから慌てて声をかけた。

「嫌ならここで待っててください、すぐですから」

そう言って彼は鍵を開けて中へ入ってしまった。
待っている間住人らしき金髪の兄ちゃんがジロジロと見てきたり
管理人ぽいオバサンが住人らしき外国の人に何やら怒鳴っていたり。
これならついていけばよかったかも。と後悔しているとドアがまた開いて。

「あの」
「行きましょう」

さっぱり分からないまま春花は来た道を戻り駐車場まで来た。
そのまま車には乗らず彼の後ろをついていく形で歴史がありそうな
これまた古い喫茶店へ入った。入るなりコーヒーと古い漫画雑誌の匂い。
日焼けして色あせた椅子に年季の入った椅子。
壁にはかなり古いアイドルのポスター。
喫茶店は昔一度だけ幼いころに祖父に連れて行ってもらったきりだった。
あの時も確かこんな雰囲気で。

「いらっしゃい。何処でも好きな所座ってって」

きょろきょろしていると店の店主らしき女性に言われて我に返る。
愛想などなく言い方がぶっきら棒でなんとなく睨まれている気がして怖い。
彼はとっくに着席していて慌てて春花も座った。

「好きなものをどうぞ。といってもここにはあまりメニューはありませんが」
「…えっと。じゃ。じゃあ。…ケーキとかいいですか」
「どうぞ」
「注文は決まった?」
「あ。はい。このモンブランとショートケーキと季節のロールケーキ。
飲み物はアイスティで。後でもう一つくらい……まあいいか。貴也さんは?」
「……」
「……」
「…え?何か?」

どうしたんですか?と不思議そうな春花。ぽかんとしている2人。

「あんたは…あれかい…?大食い選手か何かかい?」
「大食いってほどじゃないんですけど。単純にどれも選べなくて。
とりあえず全部試そうと思っただけです!あ。もちろん貴也さんも食べるかなって」
「だそうです。それでお願いします、僕はコーヒーで」
「あ。う。うん。分かった。少し待っててね」

店主は驚いた顔をしながらも奥へ入って行く。
他にバイトは居ないようで室内のBGMだけが響いている。
最初は戸惑ったが慣れてくると楽しいかもしれない。

「楽しみ」
「ここのケーキはすべて手作りだから、気にいると思いますよ」
「実は自家製って書いてあったのですっごい期待してます」
「…そういう所は目ざとい訳だ」
「え?」

軽いため息をする彼を他所に春花は早くケーキが来ないかわくわく。
謎のドライブや謎のアパートは置いといて、ケーキが美味しかったら最高。
そんな思考を読み取られているのかもしれない。何て春花は考えてもない。
暫くすると先に春花のアイスティとケーキたちが来る。頼んでないのも一緒に。

「貴ちゃんの彼女だものね。サービスしないと!たくさん食べてってちょうだい」
「こんなに?いいんですか?」
「いいからいいから」

最初怖い人のように思えた店主は意外にも気さくで。
貴也の事を知っているようだ。春花の前には山盛りのケーキ。
嬉しいけど、困る。
ちらりと目の前の人を見たら視線を反らされた。

「貴也さんって…もひかしてこういう隠れは名店的なおひへがふひなんでひ…か?」
「小学生以下か」
「……、すいません。つい。美味しかったので」

嬉しくて食べながら喋ったらお母さんみたいな口調で怒られた。

「この店は母が働いていた店です。夜はバーになるから、帰りは何時も遅かった。
腹が減っても自分じゃ何もできなくて。駄目だと分かっていてもよく裏口で母を待っていた。
あの店主はそんなガキにも飯を恵んでくれたり母が仕事を抜けても見逃してくれた」
「……」
「最初は男も一緒だったそうですが、それが相当なクズで。
子どもと借金だけ残しどこかへ消えたそうです。母は何も言わなかったけど、
そういう事情は案外簡単に他人に漏れるものですからね」
「…そう、なんですね」

じゃあ、もしかしてあの古いアパートは。

「僕の父親は1人なので。特にどうとも思いませんが」
「……貴也さん。ここに私を呼んだのは、どうして?」

やっぱり彼を諦めさせようとしてる?

「何処でも良かったんですよ。ただ、用事があって。それで」
「用事…?」

何を言われるのだろうかと不安そうに見つめる春花。
そのまっすぐな視線を受け、彼は視線を反らし。
何処か面倒そうな顔をする。

「……、貴方の言動にはいい加減うんざりしている。だから。静かな所で話をしたかった」
「そうかもしれないけど。で、でも。でも。私。嫌です。…清十郎さんと別れたくない」
「……」
「こ、こういう世界の事は、あまり分からないけど。それが普通なんですよね?
他に遊ぶような女の人が居るのは。…本当に好きな人が居るとしても。でも。その。私は」
「そうやってまた何時もの言い訳ですか。全く、女っていうのはどうしてそう鬱陶しいものか」
「……」

普段そんな表情を変える事のない男が嫌悪感を露にしている。
よほど不愉快なのだろう。許せないのだろう。
春花はフォークを落としそうになるがなんとか膝の上に置く。

「もう母を引き合いにだすな。アンタの糞みたいな言い訳には反吐がでる」
「……」
「そうやって不幸に酔いしれて自分はいいかもしれないが毎回毎回母を引き合いに出され
悪者にされる此方の気持ちも考えろ。母はもうこの世には居ないんだ」
「わ、悪くなんて思ってないです。そんなつもりは」
「母が居るから兄さんはあんたのモノにならないんだろ?」
「……」
「邪魔者が居なければ良かったな。…もう、…居ないのに」
「…そ、れは」
「どうせアンタは極道に入るような人間じゃないんだ、今だけでもせいぜい楽しめばいい。
だからもうこれ以上勝手な妄想で母を貶めないでくれ。あの人が何をしたって言うんだ。
もうこれ以上僕と兄さんの思い出の中まで無理に入ってこないでくれ」

彼女が居るから自分はずっと本命にはなれない。
彼女が居るから彼を独占できない。
彼女がいるから。彼女がいるから。全部彼女がいるから。

彼との間が上手くいかなくてくじけそうな時はそう毎回自分に言い聞かせてきた。
泣きそうなくらい落ち込む時は心の中に押し込めるだけでなくそれを周囲に漏らしてきた。
それが息子である彼には不愉快だった。だから、こうして話をしにきた。と。

「……ごめんなさい」

春花にはそれしか言えない。そんなつもりはないと思いながら、
どこかで今はもう居ない彼女を理由に自分を正当化していただけかもしれない。
自分の愚かさに、醜さに、酷さに。俯いてどんどん涙目になっていく春花。
どうしよう。こんな話とは思わなくて馬鹿みたいに頼んでしまったケーキが涙でにじむ。

「どんな理由があっても女の子を泣かすのは駄目だね」

もういっそ声に出して泣いてしまおうかと思った時、春花の隣に誰か座る。
そして肩を抱かれ抱き寄せられた。この香水の香りは覚えがある。

「…へ」
「よしよし。泣かない泣かない。この人、重度のマザコンな上に意外に口下手なんだよね。
でもちゃんと俺と一緒。春花の事は好きだから。ね。小姑と思って落ち込まない気にしない」

よしよしと頭を撫でてくれる大きな手。見上げたら懐っこい笑みを浮かべるホストさん。

「行き成り現れたかと思ったら…、お前は相変わらず頭の病気だ」
「それは否定できないけど。春花を泣かすのは断固反対でーす」
「泣かしてない。迷惑をこうむったのだから、当然の主張を」
「そんな面倒な言い回ししないで素直に母親の事はもう過去なんだから
気にしないで君は兄さんと仲良くしていいんだよって言えばいいのに」
「どうしてそんな事を。僕は彼女を認めている訳じゃ」
「じゃあそっちこそもう春花に執着すんのやめなよ。それこそ頭の病気なんじゃないの?」
「何が執着だ。目障りだから仕方なく忠告しているだけだ」

何か分からないけど急激に険悪になる空気。間に挟まれた春花。
涙目のままどうしたらいいか分からずオロオロ。

「あ。あの。その」
「髪アップにしたんだ。可愛いね。似合ってる」
「…ど、どうも」

すかさず身なりの褒めが入るあたりホストらしい。なんて考える春花。
促されるままに飲み物を飲んで。甘いケーキを食べて落ち着く。
でも相変わらず冷たい空気とにらみ合いは続いている様子。

「そもそもどうしてお前がここに居る」
「あれ?忘れてない?俺の隠れ家もこの近くだって事。で。
久しぶりにママさんのオムライス食べようと思って来た訳です」
「……」
「若君にしたって春花にしたって、瑞香さんは何も望んでないと思うけどな。
皆仲良くしたらいいじゃない。いがみ合う必要ないよね。それこそガキ以下だし」
「お前の話でもないのに。何時からそんな説教臭くなった?」
「若君こそ。何時からそんな人間臭くなっちゃったの?」
「飯に来たんだろ。さっさと注文して食べて帰れ」
「もう頼んだ」
「じゃあ席へ戻るんだな」

指さしたのは1人用のカウンター席。

「何で?せっかく春花が居たんだから春花と座る。考えたら1人で飯って嫌いだし。
自分こそ言う事言ったんだし。帰れば?…ね。後であーんとかして欲しいな。いい?」
「…テメエ」
「あ。怒った。若君怒るとここの筋がぴきーんてなるよね。ガキの頃から全然変わらない」

笑う男今にも殴りだしそうな男。2人に挟まれた春花。
違う意味で泣きそう、にはならずに。すっかり落ち着いて。
今度は必死にメニューを見つめている。

「ない」
「ン?何が?」
「ここオムライスメニューにない」
「ああ。無いよ。ここ恐ろしいほどにメニューが偏ってて。甘いのはそろってるのに
飯ものが極端に少ないんだよね。定番のカレーもないし。
で、オムライスは俺が我儘言って作ってもらう訳。美味いんだなあこれが」
「……」
「どうしたのそんな真剣な顔して」
「…食べたい」
「え?」
「オムライス食べたい!」
「…わ。すごいキラキラした目」
「でもケーキも食べたいな」

春花はキラキラした目で聖治を見つめ。協力してほしいな、と無言の催促。
すぐに負けたという苦笑いで残りのケーキを食べ始める聖治。
今度は視線を反らしていた貴也をじーーーっと見つめ倒す。
1分くらい頑張ったら同じく負けたようで貴也もケーキを食べ始めた。

「久しぶりの集会は楽しい?悪ガキども」
「まあまあ楽しいよ」

半分ほど減った所で大盛りのオムライスが登場。
見た目は昔ながらのオムライス。でもそれがすごく食欲をそそる。

「ははは。あんたはほんと変わらないね。ホストなんて女相手の詐欺なんかやめて
貴ちゃんを見習いなよ。そしたらいい嫁さんみつかって家にも顔出せるんじゃない?」
「詐欺って酷いな。極道になるよりはまだマシでしょ?」
「あたしには違いなんて分からないね」
「あ、あの!あの!私もオムライスが欲しいです!ぜひ!」
「悪いけど今ので卵使い果たしちまった。そこの悪ガキから幾らでも貰ってっていいよ」

という事なので春花の視線はオムライス。

「どうぞ。あ。でも後であーんしてね」
「はい。じゃあ。まず最初の一口どうぞ。あーん」
「あーん」
「馬鹿か」
「若君も食べたいみたいだから春花食べさせてあげて」
「いらない。もう十分食べた。…残りは詰めてもらう」

もうしばらく甘いものは欲しくない。げっそりした貴也を他所に
春花は嬉しそうに聖治から分けてもらったオムライスを食べた。
あれだけケーキを食べていたのに。よく食べられるものだ。
呆れた視線を向ける彼に気づかず幸せに浸っていた。


「本当は違う事言おうとしたんだよね?」
「…自分の飯代は自分で払え」

貴也はケーキを箱に詰めてもらいホクホク顔の女をひとまず店の外に出す。
自分も出すと言っていたが面倒なので無視した。

「今まで通り瑞香さんの影に囚われてるほうが若君には都合がいいのに。
そこを徹底的に責め立ててやれば彼女の心を壊してやれたのにね。
兄さんから邪魔な素人女を追い出せたろうにね。
許せないとか言いながら甘いんだよ。結局お前は優しいんだ。昔と一緒」
「……」
「いや。昔とは違うかな。兄貴とは違う道を行く侠客って感じ。変わりたいなって
思っても結局何も変わらない、変われない俺は…、ちょっとだけ羨ましいよ」
「……、…お前も変わった」
「そう?」
「会うたびに頭が腐っていくようだ。一度病院で見てもらえ。クズ野郎」

割と本気で言ったが相手は冗談と受け取ったのか笑っていた。
会計を終えて先に外へ出る。彼女は日陰で1人待っている。
さっきまでは明るい表情を見せていたが今はまた少し落ち込んでいるのは
貴也と2人きりに戻るからだろう。さっきまでは明るい聖治が居てくれた。

「……」
「あのキチガイのせいで話がぶれた」
「…お会計」
「あいつに今度出させますから。飯代まで払わされた」
「……」

春花は沈黙する。何をどう話したらいいだろう。
食べ物を前にすると勢いがついて話が出来るのに。
それもなくて。聖治も居なくて。どう彼と向き合おうか。
何を言っても自分は彼を傷つけるだけのような気がする。

「帰ります。貴方は歩いて帰りますか?」
「い、いえ。ここ、どこか分からないし」
「行きますよ」

でもとりあえずここからは出たい。
彼の少し後ろについて行って車に戻ってくる。
それからまた沈黙が続いて。
春花のマンション傍まで来た所で車がとまる。

「……私」

どうしようか戸惑う春花。何を言うべきか。どうすべきか。

「……」

貴也は黙って小さな小包を春花の膝に置いた。

「あの」

返事は無い。開けろということか?
春花は黙ってそれを開いた。

「……腹が立ったんだ。あの時、貴方は母と兄の事で悩んでいたのに」
「だ…だからそれはそのほんとうに本当にすいません!ごめんなさい!」
「兄さんに酷く、腹が立った」
「顔は…いえ!指だけはっ……え?今なんと?」
「それが許せなくてイラついてた。それを抑えたくて貴方を呼んだ。
本当はもっと冷静に話をしたかった。それだけは信じてほしい」
「…貴也さん」
「篠乃塚家と何の繋がりのない素人だった自分が極道らしくないことは自覚しているし、
無理に背伸びをしても兄さんの足元にも及ばない事も分かってる。
未だに甘いだのヌルいだの…お坊ちゃま扱いな事も知ってる。
それでも極道で生きていくと自分で決めたことだ。父さんの後を継ぐのも…光栄だ。
この世界は厳しい。だからこそ、貴方にはこの世界に安易に入って欲しくない」
「……」
「でも兄も貴方も止まりそうにない。…困った人たちだ」

そういうと貴也は自然と笑った。
少し口角を上げてとかでなく目を細めにこやかに。
絶対怒られるから言わないけど、笑う顔がとても優しくて、ちょっと可愛い。
全く意識してなかったから春花は少し驚いて。少しドキっとする。

「……あ、あの。えと。その。こ、これは?この、箱は?」

裏返った声でさきほどの包みの中にあった箱を見せる。

「貴方が賞を貰ったとかで兄さんが喜んでプレゼントしようとしていたものです」
「確かに賞はもらったけど先月だし学校内の本当に些細なもので…でもなんで貴也さんが?」
「あの人が女性のアクセサリーなんて扱えると思いますか?」
「ああ」
「その上人に頼んでおいて存在を忘れる始末」
「なるほど。さすが清十郎さん…」
「女性が…いや、貴方が喜ぶものなら何でもいいと言わたので、お菓子でもやればいい
と言ったらどうせなら形に残る物がいいとか。…女みたいなこと言ってましたよ」
「…清十郎さん」
「受け取ってください。…それは貴方のモノだ。僕が持っていても仕方ない」
「あ、ありがとうございます。でも、いいんですか?」

中をそっと開けると小さくて可愛いケーキの形をしたトップが付いたネックレス。

「どうせ分からないだろうから」
「そっか」
「また今度つけて見せてください。選んだ側としての権利として」
「はい。…ありがとうございます。あと。ごめんなさい」

貴也は返事をしなかったが春花は構わずに車を降りた。
彼はとても複雑なのだろう。それでもこれを渡してくれた。
無視していれば良かったのに。教えてくれた。
春花は喜ぶし彼氏への想いは深まるかもしれないのに。
実際今すごくうれしくて彼に会いたいと思っているのに。




「貴也。悪い。俺さ、先月お前に頼んだモンあったろ?」
「さあ。知りませんね。先月の話でしょう?」
「そっか。そうだよな。あーくそー。今さら何をやりゃいいんだ」
「食事でも行けばいいんじゃないですか」
「結局食い物か。…まあ。あいつならそれで喜ぶからいいか」
「ええ。今ならとても喜ぶと思いますよ」
「あ?どういう意味だ?」
「電話ですよ兄さん」


終わり



2014/09/18

inserted by FC2 system