沈丁花

第1章 /  第17話 






 
 ようやく見つけた花屋の仕事を辞めさせられた理由はそれ。
少しだけ遥が目をかけてくれたというだけで、幸とは直接の関わりはないのに
 彼女から陰湿な虐めをずっと受けていた。洒落にならない目にもあいかけた。

 そして今、こうして2人でお菓子を買いに来る光景なんか見せられたら
罵声も浴びせたくなるというもの。
 ということでいいのだろうか。長井の感情の激しさに戸惑うばかりだ。

「私は消えません。ちゃんと理由があってここに居るんです」
「じゃあその理由無くなったら消えてくれるんだ」
「……」
「教えなさいよ、今すぐにぶっ潰してやるからさ」
「何でそんな攻撃的なんですか?幸さんは仕事場の仲間です。
それだけですから、貴方には関係ないでしょう?」
「あのさ。調子のってっと痛い目みるよ?いいの?田舎に帰ったほうがいいと思うよ?」
「わ、私は」

 彼女のことだから、何か怖いことを企んでいる?攻撃される?
でも、そんなものを受ける謂れは無い。自分はただ必死に生きているだけだ。
足掻いているだけ。それを伝えたくて一歩前に出たけれど、その前に拳を握って
此方に向けてくる長井が見えた。このままだと顔面殴られる。
 怖くなって反射的に目を閉じた。

「……」
「お帰りなさい、幸さん」

 幸が来て慌てて拳を隠したのだろうか、目をあけると何も無かったように
している長井。春花は怖くなって何も出来ない。口も上手く動かない。
なにより彼女のにらみが余計な事を言うなと脅す。もう怯えることは無いのに、
 何故だろうその視線には逆らえずに彼女を見送った。

「……ぁ」

 姿が見えなくなって。バランスを崩してその場にしゃがみこむ。
でも、ここは店の前。だから何とか自力で起き上がって車に乗り込んだ。

 心臓が痛いくらいドキドキしている。非常に強い恐怖心のために。

 でも、今あったことを全部話したら幸は何をするのだろう。
野崎と鉢合わせた時みたいに怖い顔をしないだろうか。
 ここは何もなかったように黙っていたほうがいいような気がして。

「……」
「プリン、買えました?」
「2つ」
「え。それだと」
「殿サマ。食べない。マリー。エクレア」
「ああ、なるほど。美味しそうでしたもんね」

 お菓子の話題をふる。でも、何処と無く機嫌は悪そう。

「あの女。……嫌い」
「幸さん」
「不愉快」
「帰りましょう」

 幸から渡された袋からは甘い良い香りがする。

 不思議とさっきまでの恐怖が少し和らいだ。ビルに戻ると改装工事の機材が
ゴロゴロ置いてあって、音が盛大して。耳を押さえながら事務所に入る。
 この部屋は防音が効いているらしく比較的静か。

 3時のおやつにとっておこうと冷蔵庫にプリンとエクレアをいれておく。
マリーも忙しいからおやつを作る手間が省けていいだろう。
席に戻ると再び電話番を始める。後ろには幸。
 何時も覗いていた窓からも近いし、彼の定位置になりつつある。

「ほら。幸さん見て、今週はウェディングケーキ特集ですよ」
「……でかい」
「でしょ。私昔はこれ全部ケーキなんだと思ってました」
「……」

 何となくトゲトゲした空気を打破すべく雑誌をめくり、ウェディングケーキの
沢山乗ったページを開く。大きくて綺麗なデコレーションをされたケーキに驚いた
様子で食い入るように見る幸。
 気に入ったようでよかったと内心喜びつつ話を続ける。

「ケーキもいいですよね。あ。そうだ、誕生日ケーキ作りますよ。何時ですか」
「……、…知らない。……一応。1月1」
「一応?縁起がいいですね」

 困った顔をしたから、聞いたら不味い話題だっただろうか?
 1月1日。でも、一応ってどういう意味だろうか。

「誕生日。でかい。ケーキ。食う?」
「ここまで大きいのは食べ切れませんからね。だいぶ先ですけど、ケーキ作ります」
「……うん」

 深く突っ込んではいけないのだろうと敢えて何もいわず、そこからは機嫌よく
ケーキを眺めていた。でも後で考えたら自分なんかよりもずっと上手なマリーが
いるのだから出過ぎた事をしたろうか。
 少し恥かしくなったけど言ってしまった手前引っ込められず、お昼になった。


「はるかちゃん、プリン買えた?」
「はい。あ。でも、2つしか」
「いいのよ、他に買ってくれたんでしょ?」
「はい」
「あと、お昼なんだけど若が寿司食べにつれってやるってメールきたの」
「お寿司ですか!すごい!私何年ぶりかなぁ」
「パチンコで大勝ちしたんですって」

 作業を一旦止めてきたマリーと歩いてパチンコに行った遥を待つ。
ビルの下に来たら電話をするとメールにはあったらしい。
暫く待つと着信あり。
 寿司を食べられるとあって大喜びの春花にマリー、そして車の鍵を持って幸。

「パチンコってそんなに儲かるんですか?」

 下へ降りて遥と合流。車に乗り込む。

「賭け事ってのは波があるからよ。儲かる日もありゃすっからかんの日もある」
「若の場合99パーセントがすっからかんよねえ」
「そのかわり残りの1パーセントがでかけりゃいいんだ」
「その結果が回転寿司だものねえ、ほんと大きいこと」
「いやなら食うなツルハゲ」

 街に出て流行の回転すし屋に到着。拘ってそうな遥の事だからもし格式が
ありそうな寿司屋に連れて行かれたらどうしようと思っていたけど、これなら安心。
店員に促されるままに座席に座ってさっそく食べ始める。
 昼時とあって客はどんどん増える一方。いいタイミングで入れたようだ。

「あの。こういう場所で何ですけど、宣伝方法について少し」
「あぁ?幸をホストにするって話ならもうやめたぞ」
「そうじゃなくて。こう、なにか目立つもの。売り。とか」
「売りねえ。確かにそういうのあると目だっていいかも。マスコットとか」
「人形とかですか?それだと可愛らしい動物なんていいかもしれませんね」
「この俺が」
「冗談ばっかり言ってないで真面目にお願いします。社長」
「……若、お気を確かに。アイデアはいいんですから、アイデアは」
「お前もそこを強調するな」

 皿の山を築きながら作戦会議。といってもアイデアを出す遥の案は
 どれも微妙。何かないだろうかと悩んでいると。

「あの、そういえばチラシってどうなってました?進行状況……といいますか」
「え?若が作ってるんでしょ?」
「俺はカタログ担当なの。チラシはお前らだろ」
「つまり何もしてない」
「週末には店が完成するぞ」

 店を作る事とどうやって店を飾るかという事しか考えてなかった。
考えることは他にもまだいっぱいあるけれど、また増えた。
といっても悩んでいるのはマリーと春花だけで、満腹になった遥は喫煙場所に
 わざわざ移動して煙草をふかし幸はまだ食べている。

「凝ったものは難しいから、取り敢えず派手なチラシを作ってポスターも作って、
ネットで宣伝もしましょう。お友達にそういうの得意な人が居るから」
「すいません、私電話番しか出来なくて。呼べるようなお友達も居なくて」
「いいのよ。気にしないで」

 2人の視線を感じてか食べるのをやめた幸。そろそろ帰ろうと遥を呼んで店を出る。
 車の中でも今後どうすべきか会議は続いた。

「とにかく。俺が手当たり次第に宣伝するからお前ら適当にチラシまけ」
「それって、熟女の方ばっかりですか?」
「大丈夫若い姉ちゃんも声かける」

 難しい顔をしてしんとした空気が嫌になったのか遥は後は任せろといって
会議を打ち切った。程なくしてビルに到着し事務所に戻る。
遥はそのまま部屋に行かず屋上へ上がっていった。マリーと幸はテレビを観て、
 春花はその隣で教材を広げ電話の番。

「あーあ。ドラマって何でこういい所で終わっちゃうのかしら…明日も観なきゃ!」
「……」
「幸ちゃんも気になるでしょ。あの子どっちに転ぶかしら。金持ちの御曹司か、
それとも貧乏だけど未来ある芸術家か。2人ともタイプは違うけど
イケメンだし。ああああ素敵!私も素敵な男性に取り合いされたーい!」

 昼のメロドラマにはまっているらしいマリー。ドロドロした展開に大興奮。
幸は特に表情を変える事無く、そのハイテンションにも慣れているのか
 適当に相槌を打っている。
 
 横目に見ながら自分にはメロドラマは向いてないと思う春花。
三角関係や不倫ものは苦手。恋愛物自体があまり得意ではないかもしれない。
 アクションものやコメディなんかは好きなのだが。








                                    つづく
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