沈丁花

第1章 /  第14話 






 3人との生活にも慣れてきて、会社の方針も決まり。順調な日々。

「社長!駄目ですって。買いすぎですよ」
「気にすんな。金あるんだし、こんくらいいいだろ」
「駄目ですってば」

 マリーから注意してねとは言われていたがこれほどとは思わなかった。
買い物カゴをカートに乗せて慌ててその場から逃げる。この人と買い物は行っては駄目だ。
 くじ引きでこういう組み合わせになってしまったのが悔やまれる。

 預かった財布を渡さなくて本当に良かった。
 渡してたらもっと恐ろしいことになっていただろう。

「じゃあこれだ。これ」
「あああ!勝手にカゴに入れないでくださいよー!」
「重いか?俺がかわりにもってやるよ」
「結構です」

 財布と一緒に預かったメモには必要なものだけが書かれている。それも昨日皆で会議を
して決めたもの。遥にはそれが不満だったのか、それとも色んなものが置いてあるスーパーの
商品棚を見て欲しくなったのか。やめろというのに直感で欲しいものをドンドン入れてきて、
 それを返すので無駄な時間と労力を費やしている。

「猪たちちゃんと場所取れてんだろうなぁ」
「大丈夫ですよ。マリーさん場所とりのプロだって幸さん言ってました」
「あの図体でこられたら誰でもどくよなあ」
「……」

 遥がそれとなく入れるものをまたそれとなく棚に戻す春花。この不毛な攻防戦は思いのほか
長く続き、メモにあったものを漸くそろえてレジに向かうまで続いた。
それでも何だかんだと理由をつけて買おうとする。時刻は予定よりも大幅に遅れて、
これじゃ怒られますと半分涙目になって訴える春花を見て観念したのかようやく会計を済ませた。
 それでも袋に入れてたら知らない間につまみが数点。

「こんなもんか、よし、公園に行くぞ」
「マリーさんに連絡しておきましょうか、場所も聞かないといけないし」
「ああ、いいって。みりゃ分かる。それに絶対何か文句言われるしな」
「なるほど。…って、……社長の所為じゃないですか」

 車に乗り込むと目的地の公園へ。その公園の桜が見ごろだと教えてもらったとかで、
急遽決まった花見。ビル街からは少し離れた所にあってマリーたちは先に友人の車で行った。
春花の実家の近くにも桜はあったけれど、花見というものをするのは初めて。
どんなものだろうとワクワクする。
助手席に乗って遥の運転で公園へ向かう。ビル街を抜けて、街を抜けて、
 どんどん山へ近づいていく。

「そういや、姉ちゃん酒はいけるクチか?」
「それが。あんまり飲んだことがないので、よくわかりません」
「まあ、果実酒くらいならいけるかな。やっぱ花見酒はいいよな」
「どんな桜なんですか?大きいんですか?」
「何だ?田舎にはねえのか」
「ありましたけど、あの頃は花を楽しむような余裕もなくて。どんな色だったかも
あんまり覚えてなくて」
「じゃあ、楽しみにしてな。綺麗だからさ」
「はい」

 公園の駐車場は他の車が犇いていて駄目で、少し離れたもう1つの駐車場に
誘導されてとめる。見るからに即席であまり綺麗な場所ではないし、
目的地まで少し歩く事になるけど。こればかりは仕方ない。
荷物を持って公園への坂道をあがる。重いものを持ってもらって楽だけど、
 遥は辛くないのだろうか。

 すぐに文句を言う人なので、何時切れるかとそれとなく隣を見る。今の所普通。

「おお、幸。持ってくれ」
「……持つ」
「ありがとうございます」
「おいこら。姉ちゃんのじゃなくて俺のだよ。俺の」
「殿サマ。余計なもの。買った」
「げ。バレてやがる。猪め…」

 同じく花見に来た他の人たちと共に坂を上がっていくと入り口付近で待っている幸の姿。
此方を確認するとすぐに駆け寄ってきて春花の荷物を全部持ってくれた。
彼の案内でマリーが陣取ったという花見の場所へ向かう。

 既に陽気な歌が聴こえたりお酒の匂いもしている会場。出迎えてくれた沢山の桜に囲まれ
てつい見蕩れていると遥がはぐれるぞと声をかけてくれて、慌てて続く。

「若!はるかちゃん!お帰りなさい。どう?いい場所でしょ?」
「本当に。綺麗に見えますね」
「あーー。しんどい。ビールくれ」
「まったく余計なものばっかり買ってきて。ビール多すぎじゃないですか?若」
「すいません…」
「はるかちゃんは良いのよ。貴女も何かいいのあったら買ってきたらよかったのに」
「お前な。いくら新人でも甘やかしすぎはよくないんだぞ」
「これ以上無いというほど甘やかされてる若に言われたくありません」

 他の人のシートを掻き分け奥へ奥へ進んだ所でマリーが手を振っているのが見えた。
シートに4人が座ってもまだ少しスペースがある。買って来たものを広げて、
 朝作ったお弁当も広げてお花見開始。

 ビールを飲みながら愚痴る遥を他所に、マリーはかいがいしく料理を小皿にとりわけ、
幸は料理を黙々と平らげ、春花は桜を見上げてひとり感動。まだまだ寒い日が続いて、
 今日も少し寒いけど。青空に桜が映える。記憶に残しておきたい景色。

 この感動をお菓子に反映できないだろうか。何てそれらしい事を考えてみる。

「うるせぇなあ」
「まあまあ。カラオケくらいいいじゃないですか。私たちも持ってきたら良かったわねぇ」
「お前の歌はマジで勘弁」
「下手じゃないんですからいいでしょぉ?んもう。若の意地悪」
「幸さんはお茶でよかったですか?ジュースもありますけど」
「茶」
「はい。どうぞ、少し熱いですから気をつけて」

 誰かと笑い合ったり相手を気遣う、そんな心の余裕が出来た自分にびっくりだ。

「おう。やっぱりお前らか」
「棚田か。お前も花見か?」
「どや合流するか?若い姉ちゃんからお前の好きな熟女まで呼んで楽し」
「あんらぁ。たっきー!」
「ご……伍郎」
「あら?それで呼んだら背骨へし折るぞって言ったでしょう?はい、もう1回」
「……ま、マリー」

 だいぶ前から公園に入り飲んでいたらしくニコニコ笑って登場の棚田は顔が赤い。
それでも歩みはしっかりしていてさすがだとは思うけど、かなり酒臭い。
出来れば彼らの組の人たちとは合流はしたくない。もう会いたくない。
今でもあの時の恐怖は残っているし、棚田にも尻を触られて正直いい印象も無い。
 もし遥が行くといったら自分は残ろう。

「お前んとこの馬鹿どもと飲む酒はねぇよ」
「言うてくれるやないかい」
「ちょっとちょっと、2人ともこんな所で喧嘩しないでちょうだいよ!」
「睨むなや坊主。分かった分かった、邪魔者退散ってか~つまらんなぁ」
「私でよかったらたっきーに付き合ってあげちゃうわよ?」
「心臓止まるわ」
「どういう意味よ」

 不満そうな顔をして険悪な空気。だが、棚田は大人しく引き下がる。
何時でもこっちへ来いよ、と自分たちの居るほうを指差して。皆がそっちを見た瞬間、
置いてあったつまみを盗んでから去っていった。あの野朗と悔しがる遥だが、
 何故か春花はそれが面白くて。駄目だと思いながらも声にだして笑った。

「何だ。姉ちゃん笑い上戸か?」
「え?私まだ飲んでませんけど」
「それ酒だぞ。チューハイ」
「え!?あ。ほんとうだ」
 
 遥が指差した方を見る。確かに自分が紙コップに移して飲んでいたのは酎ハイ。
ちょっと何時もと違う味がするけど甘かったからてっきりジュースだと思っていた。
 通りで体が温かいわけだ。皆知ってて教えてくれなかったのだろうか。少し恥かしい。

「知らないで飲んでたのか?あんがい酒豪かもな」
「そういう若こそ。ビール何本目ですか?飲みすぎはよくないんですからね」
「いいだろぉ?運転は幸がいるんだしよ」
 
 ビール缶の山を呆れながら片付けるマリー。春花もゴミを片付けるのを手伝う。
この人の場合は花を見に来たのか酒を飲みに来たのかイマイチわからない。
 でも、棚田の誘いを断わってくれたのは自分の事を少しは考えてくれたから。
 だと信じたい。

「あっ」

 視線を他の場所の桜に移すと、見知った顔を発見して思わず声に出す。

「どうかした?」
「……あ、いえ、あの。なんでもないです」

 視線の先に野崎の姿を見た。見間違いじゃない、はっきりと確認できたから。
慌てて視線をそらし影に隠れる。他にも知らない人が数名居たから職場の仲間たちと
花見だろうか?何でここに来たのだろう、会いたくない。気付かれたくない。

 明らかに怪しい人たちの酒の席に居る自分。下手をしたら親に報告される可能性もある。
 そうなったら今この楽しい日々があっという間に終わってしまう。

 終わりたくない。まだ、始まったばかりなのに。








                                    つづく
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