良い兄さん




「片倉さん」
「平良」

階段を上がってきたのと降りてきたの、視線が合った瞬間
まるで示し合わせたかのようにぴったり同じタイミング。

「…なんだ?」
「なんすか」

お互い柄にもなく一瞬の譲り合いなどをしながら視線で合図を出し合って
なんとなく一緒に歩く。女子じゃあるまいし野郎が仲良く2人連れだって
ダラダラ歩くのは気持ち悪いがとにかく歩く。間の会話は特になし。

「…あのさ」
「なんすか」

適当な場所を探し立ち止まる。
あまりにも人気のない場所も変だから廊下のすみ。

「お前さ、その、…何か、あったか?」
「それ俺のセリフなんですけど」
「え?」
「うちのチビども昨日帰ってくるなり俺の部屋にきて散々泣きわめいて。
ケーキ買って来いだの一緒に風呂に入れだのしまいにはキスしろだの」
「……」
「何時もの馬鹿騒ぎにしちゃマジで泣いてるから」

悲しいというよりは詳しい腹立たしくて泣いてる感じ。
ただノックもなく行き成り入って来てまとわりついて
ステレオで絶叫される平良はもう苦痛でしかないが。

「ささらもさ。昨日すげえ辛そうな顔してて。どうしたって聞いたら理由も言わないで泣き出してさ。
必死になだめるんだけど泣き止まなくて」
「……」
「たしか、さ。昨日はお前んとこの妹らと買い物…行ってたよな?共通で好きなキャラクターのグッズ買うって」
「…何か、うちのチビやらかしましたかね」
「いや。ささらかもしれない。でも、あいつが人を、それも小さい子を傷つけるとは思えない」

でも双方お買い物から帰ってから様子がおかしい。一応、翌朝には泣き止んで学校へ行ったけれど。
やはりどこか元気がなくて。落ち込んでいて。兄貴としては物凄く心配。
どうやらそれは諒太郎だけでなく平良もみたいだ。普段は気にしてないそぶりでつれない態度なのに。
それくらい本気で妹たちが泣いていたという事か。彼もやはり兄貴。

「俺もそう思います。いくらあいつらがクソガキでも…ただ、何があったかくらいは知りたいじゃないすか」
「まあな」
「さんざん泣いて喚いて走り回って抱き付いてそこらじゅう涎まみれにしやがって」
「お前のとこは激しいな」
「馬鹿なんすよ」

どうやらお互いに分からないようなので。当人たちもいくら聞いても答えてくれないので。
ここはもう、頼るのは1人だ。


「んっとぉ。カツサンドと焼きそばパンといちごミルクとあと杏仁豆腐プリンとチョコケーキね」
「……」
「…クソアマ」
「わかった。じゃあ諒兄ちゃんにだけ教えてあげる」
「……」
「平良っちはぷらすでミルクココアキャンデー」
「……いいから、早く言え」

不本意この上ないが彼女は何でも知っている。ささらが信頼しきっているからいつも筒抜け。
大事な親友でも彼らからしたら悪魔でしかないエリ。
呼び出して注文を聞いて渋々教えてもらう。

「で。ささらと平良の妹たちは喧嘩したのか?理由は?聞いてるんだろ?」
「まあね。今朝…すごい深刻な顔して話てくれたよ」
「やっぱり」
「で?」
「今日って11月23日でしょ?イイニーサンの日でしょ?」
「…で?」
「わかんないかなー」
「分からん」
「分かるかよ」
「きっかけはほんとしょーもないことなんだよね。どっちがイイニーサンかってことで
不毛な言い争いをしちゃったのよ。で、激しく後悔してるとこ。相手はお子ちゃまだもんね」

ささら自身もそういう所は引けを取らないお子ちゃまだけど。エリは酷く面倒そうに事情を説明した。
3人で仲良く買い物をしている途中で売り物のカレンダーを見てどちらが先か「1123」を発見。
お兄ちゃんといえば、でささらと彼女たちの小さな、でも譲れない戦争勃発。
どちらもお兄ちゃんが大好きでお兄ちゃんに誇りを持っている高校生と園児。
これに健太郎の妹も加わっていたら更に不毛で煩い三つどもえだったろう。
はたから見ればただの兄貴自慢でありどうでもいい些細な喧嘩。
高校生であるささらが譲ればよかったのかもしれない。普段ならきっとそうするはず。
でも兄貴の事になると人格が変わるから。いいお兄ちゃんはゆずれなかったのだろう。

「…そっか。それで」
「でもなんで両方泣いてんだ?」
「むきになって言い合ってるうちに感情が高ぶっちゃったんじゃない?
で。後で冷静になったら相手が羨ましくなって悔しくなって。自分も!ってなって。
諒兄ちゃんは平良っちとは違うわけだし、どっちのが良いとかでなくて。
それはそれでいいと思うのにね?私にはその辺の事はよくわからんわ」

きっと最初は些細な話だったんだろうけど。
いつの間にか白熱して引くに引けなくなって言い争い
羨ましかったりむなしくなったりで泣けてきたのだろう。
納得の顔の諒太郎と平良。とにかく、平和でよかった。


「良い兄貴か」
「そんなの片倉さんの圧勝でしょ。あんな鬱陶しいもん構う気もないし、柄じゃない」
「構ってやってないって割にマコもリセもお前に懐いてすげえ慕ってるだろ。
だからこそささらに言われて悔しくて泣いたんだ。一番の兄貴はお前だって思ってる」
「まさか。あの馬鹿どもはただの負けず嫌いですよ」

渋々割り勘してエリに貢いでから2人また特に当てもなく歩く。
妹たちに何が起こったのか理解してすっきりはしたけれど。

「俺だって。ただの良い兄貴で終わる気はないから。
あんまりそこだけをあいつに意識されても困るしな」

複雑な気持ちもある。

「どうせなら片倉さんにあいつ等もまとめて面倒見て欲しいくらいですけどね。俺としては」
「はは、楽しようとすんなよ。ガキんちょまで見る体力ねえって。…さて。
傷ついた可愛い俺の妹ちゃんを慰めに行こうかな。お前も何か言ってやれよ」
「遠慮しときます。昨日散々あいつらに付き合ってやったんで」

平良はそういうとさっさと自分のクラスへ戻っていく。
諒太郎は特に何も言わず自分も戻る。軽いため息だけして。



「お兄ちゃん?」
「ん」
「…どうしたの?何時もなら寄り道しようって」
「うん。今日はまっすぐ帰ろう」
「わかった」

放課後。急いでささらのもとへ行き彼女と一緒に帰る。
何をどう言おうか。あまり追及するような言葉を使うとまた傷ついて泣いてしまうかもしれない。
言い争うなんて不毛な事をした自覚はおそらく園児の2人よりはあるはず。

「どした」
「…なんとなく。だめ?」
「いいよ」

少し距離を置いてどうしようか考えているとその間が寂しかったのか
ささらから寄り添ってきて手を握る。握り返すと嬉しそうにはにかむ。
それが最高に可愛くてつい口元がだらしなく緩んだ。

「…お兄ちゃん」
「ほんと可愛いよ。お前は」
「そんな事ない。あのね、私ね」
「やっぱ予定変更してお菓子でも買ってくか。面白いテレビしてたらいいけどな」
「じゃあ。映画借りる」
「そうするか」
「寝ないでよ?」
「たぶん」
「もう。…じゃあ。ちょっと寄り道ね」
「だな」

やっと穏やかな笑みを見せるようになったささら。
兄貴としてはそれが嬉しい。けど。奥底は複雑。
どうせなら良い兄貴じゃなくていい男として見てほしい。
手を繋いでDVDを借りてお菓子を買って。

「あ」
「ん?」

さあ帰ろうという所でささらが何かを発見する。

「にーちゃんにーちゃん!マコおかしかってほしい!」
「リセも!リセも!」
「買ってほしけりゃ昨日お前らがグシャグシャにした雑誌弁償しろこのボケどもが」

買い物ちゅうの平良と彼の後ろにくっついている妹ズ。
平良が呼んだというよりは彼女らが兄の行動パターンを読んで
ついてきたというほうが正しそうだ。

「ねーちゃんはいっつも買ってもらってるもん!」
「あれは特別」
「…リセもほしい。リセも。リセもぉ」
「マコも」

お姉ちゃんは兄ちゃんに買ってもらってるのに。また泣きそうな顔の2人。
何時もならそんなの無視の構えの平良だが。

「テメエで稼げるようになってから菓子でもなんでも好きなだけ買え。
爺やら親どもが甘やかすから調子乗りやがって。だいたい飯前に菓子を食うな。
だから虫歯になんだ。痛い思いしたくなったから我慢しろ。帰るぞ」
「…にー」
「…にぃ」

まだ納得できなくて2人して兄のズボンを弱く引っ張る。
平良は軽いため息をして。

「お前らは俺の妹だ。他のどんな奴よりももっと強くなれる。だろ?」
「……うん。わかった!にー!リセがんばる!」
「マコもがんばる!」
「だから手!手!」
「てー!」

園児にそんな冷たい事言わなくても。もう少し優しく接したらいいのに
諒太郎は内心そう思ったけどいつの間にか仲良く手を繋いで帰っていく。
幼い妹たちもすっかり笑顔で嬉しそうにしているし。それはそれで兄妹の形。
諒太郎はそう思いつつ、隣の妹を見たら泣いてた。

「ど、どうした?」
「……だって」
「俺はそんな事思ってないから。あいつみたいに厳しくないから。な」
「…もし、平良君がお兄ちゃんだったら私はきっとスリムだろうなって…」

彼は自分にも人にも厳しくて貪欲に自分を高める努力をするお兄ちゃん。
自分にも人にも甘い今のささらに必要なものだ。
そんな彼の影響で幼い妹たちは逞しく強く育っている。羨ましい。

「はあ?」
「……でもやっぱりお兄ちゃんがいい」

けど。私のお兄ちゃんだって真面目に誠実に自分のしたい事に打ち込んでいるし
時には厳しい事も言うし。すぐ優しくフォローしてくれるし。かっこいいし。
負けないもの。誰にも負けない。そして、どれだけ自分が駄目な妹であっても
お兄ちゃんは誰にも渡したくない。取り換えてって言われても絶対に嫌だ。
ささらは少しふくれっ面をしていたがすぐに何時もの顔に戻り兄に寄り添う。

「複雑だけど。ま、いいや。帰ろう」
「うん。帰って映画だよ。映画」
「はいはい映画」
「…お兄ちゃんと観たいなって思ってたやつだから。寝たら泣くからね」
「そう言われると弱いな。真面目に観るしかないか」
「あ。やっぱり寝る気だったんだ!酷いな。もう」
「だってほら。寝ると膝枕してもらえるし」
「…じゃあ今日は私が先に寝てやる」
「いいよ。でも、目覚ましたら俺のベッドかもな」
「……もう」

おわり

戻る

2014/11/23

inserted by FC2 system